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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第2部───第四章:平和を獲得するための闘い
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(6)

 エリスは、自信満々だった。対闇術士対策は、ニーベルンの高名な研究家達に、しこたま叩き込まれている。なにせ、こちとら七歳の時に母に拾っていただいてからの五年間、ひたすらエンティナス・コールを倒すことだけを考えて術の勉強に打ち込んできたのだから。

 今まで、ニーベルン国内でやってきた手合わせとは全く違う。最悪、相手を殺してしまってもいいと言うことは、手加減は一切不要と言うことだ。自分の力を、思う存分振るえる、生まれて初めての機会だった。

「エリス、手筈は、理解しているだろうな……」

 傍らの焔術士は、念を押しておいた。正直、隣で目を爛々と輝かせている陛下の最終兵器が、気味悪くて仕方なかった。

「分かってますよ、おっさん。せいぜい、僕の足を引っ張らないでくださいね」

 ……この、下賎が。焔術士は心の中で、この小さな化け物への悪態を吐いた。

 闘いが始まるとすぐに、予想通りエンティナス・コールは、さっそく召喚術を使った。

 インプの群とは!こちらの出方を見ようと言うのだろうが、喚び出す意味もあるのかというような代物だ。呪力の無駄遣いではないのか。

「〝焼夷〟」

 焔術士の炎は、インプを一掃する。

 だが、コールの術は一枚上手だった。

 気を抜いているところに、隠れていた死霊が姿を現し、焔術士に死神の鎌を振るう。

「なに……!?」

 焔術士は痛みに耐えかねたか、その場に倒れた。

「なるほどね、面白い手だ。勉強になりますね……」 

 エリスは、余裕綽々で、得意の召喚術を放つ。

「〝スプリットの召喚〟」

 わざと鏡のように、コールと同じ術を返す。

 現れた死霊達は、コールの死霊と闘い、相殺し合って消えていった。

 エンティナス・コールと、クアナ・リオン、二人の驚きが伝わってくる。

 まさか僕が、闇術士だとは思わなかったでしょう。

 びっくりさせてごめんね、おにいさん、おねえさんたち。僕は、あんたらより、強いよ。

 次は、こちらからだ。

「ティエム、そろそろ出てきていいよ」

 エリスは、隠れ潜ませておいた相棒を呼び出した。人語を理解しているかのように、賢いワイバーンは、エリスの意思に従ってその姿を現す。

 黒い翼の小型の竜だ。


「ワイバーンだと……?」

 コールは驚愕の声を挙げる。

「〝肉体の強化〟」

 傍らの焔術士が、ワイバーンにバフを掛ける。

 アタッカーである焔術士には珍しいサポート系の術。深紅らしく捻りのない単純明快な攻撃力の強化だ。

 『召喚獣にバフを掛ける』……?

 コールの常識が覆された瞬間だった。

 コールの使役する召喚獣は、討伐され、一度死して深淵へ堕ちた者達が、再び召喚されたものだ。深淵へ堕ちた者はその時点で能力が固定されてしまうため、バフを掛けることなど出来ないはず。

 だが、考えている場合ではない。

「〝深淵からの召喚〟」

 巨大な槍を掲げた騎士の姿のグールが現れる。中級のグール『見棄てられし騎士』だ。

 ワイバーンと黒い騎士が激突する。

「そんな、中途半端な召喚で、バフの掛かったティエムと互角にやりあえると思うの……?」

 エリスは楽しくて仕方なかった。帝国最強の術士が聞いて呆れる。エンティナス・コールは何一つ分かっていない。本当の、闇術の使い方を。

「く……やはりバフが掛かっているからか。攻撃が重い……」

 クアナは、ハラハラしながら見ていた。コールには、クアナに指示を出す余裕もないようだ。

戦況を好転させるには何をすればよいだろう、何か、クアナの手持ちの術で出来ることはないだろうか。

 エリス、もしくはワイバーンに対する『絶対防御』をコールに掛けるか……?

 でも、それでは呪力の消費が大きすぎる。エリスだけでなく、その隣には焔術士もいるのだから。この間の戦いと同じだ。今はワイバーンへの付与魔法に呪力を注いでいる状況だから心配はないが、焔術士の強力な火焔が来た時、コールを護れるのは水術が使える自分しかいない。

 ここに、オーランドが居てくれれば……。戦況を瞬時に判断し、的確な助言をくれる師匠の存在が、どれ程大切な存在だったか、身を持って痛感させられているクアナだった。

「〝鉛白(えんぱく)の刃〟」

クアナは漆黒の騎士への攻撃に掛かりきりになっているワイバーンに向かって一歩踏み出し、近距離攻撃を打ち出す。

すかさずワイバーンはクアナに向かって、威嚇するように漆黒のブレスを吐き掛けてきた。

「ダメだ、クアナ!ドラゴンに近付くな……!」

 すんでのところで騎士のグールがクアナを庇い、ブレスの直撃を受ける。

 どうやらクアナは余計なことをしてしまったようだ。

「〝(いかづち)〟」

 焔術士の一撃が、ダメ押しのように黒の騎士を貫く。

 コールは完全に、押されていた。

「情けない……俺も、焼きが回ったようだ、クアナ。『オーランドならどう考えるか』なんて……そんな風に考えてばかりいるとは。俺のやり方は、頭脳戦なんかではなかったはずだ」

 コールは、吹っ切れたような顔をして、クアナに言った。

「クアナ、もう呪力の温存などという姑息なことを考えなくていい。最大火力で押しきるぞ。俺の合図で、同時に『召喚』しよう。……クアナは黒のワイバーンを、俺は焔術士を倒す」

 クアナも、顔を綻ばせた。

「そうだね、それでこそ、私たちの隊長だ……!」


「〝深淵からの召喚〟」

「〝一角獣の召喚〟」


 闇術士と聖術士が、同時に召喚術を唱える。

 永久とこしえの闇と、神罰のような目映い光が、二人の身体から同時に放たれる。離れた場所から見ていたケンとフリンの目には、圧巻の眺めだった。

「ついに隊長の、〝シノンの神龍(ドラゴン)〟を見られる時が来たか……!」

 三年半前、隊長は黒龍を調伏したはずなのだが、今の今まで、誰一人として、彼がそれを喚び出すのを目にしたことはなかった。

あまりに危険すぎ、あまりに消費呪力が大きすぎるので、使いどころがなかったのだろう。

 漆黒の翼を広げ、巨大なドラゴンが現れる。壮麗という言葉を使いたくなるほどの、圧倒的な存在感だった。

 そして、その隣に佇むのは、『動』の黒龍とは対照的な、『静』なる雰囲気をまとった一角獣だった。

「聖術の召喚術……?待ってよ、そんなの、きいてないよ……!」

 ニーベルンの術士たちが、誰も教えてくれなかった術を目のあたりにして、エリスは初めて余裕の表情を崩した。

「あなたも知っているでしょう、聖術は、闇の魔物に『特効』です」

 クアナは、厳かに、致命的な事実を告げた。

 一角獣の角から、神の怒りのような、清浄な一撃が、漆黒のワイバーン目掛けて放たれた。

「ティエム……っ!」

 エリスは一撃必殺をもろに受けた相棒に、慌てて飛び付く。倒れたワイバーンはかろうじて、苦し気な息をしている。

 同時に、ニーベルンの焔術士は、ドラゴンの闇のブレスの直撃を受けていた。

 焔術士には、速攻が必要だ。

 ドラゴンの弱点が焔術士の雷撃であることは、誰よりもコールがよく知っていることである。

 ただし、コールは傍らのクアナのために、焔術士が命を落とすことのないように気を遣って、ドラゴンにブレスを吐かせた。

 純白の呪力の持ち主であるクアナの存在は、たしかにコールを『丸く』していた。コールが敵対する者に対し手加減をするなんて、軍隊に入って十数年来、初めてのことだった。

 焔術士は戦闘不能に陥り、その場に倒れ伏した。

試合終了(ゲームセット)、と、言うところか?」

 闘いの成り行きを見ていたケンが呟く。

 闇術士の少年は、ワイバーンの傍らでへたりこみ、呆然としていた。

「決闘は、終わりだ」

 コールは、少年術士の元へ一歩、歩み寄り、静かな声で告げた。

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