(4)
キリエ・カイルは、結界の修復を進めていた。
副隊長はキリエに言った。
――君に、突貫で結界の修復術を教えておいてよかったよ。
傍で魔獣を切り刻んでいる彼が、自分をクエスト派遣の人員に選んだのは、そのためだろう。
「時空系の術か……」
水を扱う基本の水術を、完全にマスターした後の、次の段階の術だった。苦手であれば、一生できない人もいる。
キリエは、九歳で止まっている水術のスキルを、一から思い出す必要があった。それでも、カイル家に生まれて、九歳までは、けなされながらも死ぬ気で水術をやっていたんだ。
「〝時の巻き戻し〟」
水の流れが巻き戻るように、破られた結界が、元に戻っていく。紺碧の呪力の持ち主であるキリエの目には、その様が手に取るように理解できた。
不思議だ。あんなに深い心の傷を負っていたはずなのに、もう、二度と、水術はやらないと心に決めていたはずなのに……。
『エリンワルドをも超える最強の戦士になるかもしれない』――副隊長がくれた言葉が、お守りのように、キリエの心を支えていた。
水術に関して、兄の実力に追い付くのは、一生かかっても無理かも知れない。ただ別に、超える必要なんてありはしないのだ。キリエはキリエのやり方で、最強を目指せばいい。そう、背中を押されているみたいだった。
「副隊長、修復が終わりました」
「ナイスだ」
キリエが封印の修復をする傍で、副隊長は、ギアを一つ上げたように、鬼神のごとくモンスターを片っ端から片付けていた。
その集中力たるや、話し掛けるのが躊躇われるほどだった。
我が儘な貴族の次男坊と呼ばれ、一見ヘラヘラしているだけに見えるのに、本当はすごく、責任感のある人だ。
彼はエンティナス城に残してきた仲間のことが、心配で仕方ないに違いない。
「……任務完了だ。さっさと城へ帰るとしよう。キリエのお陰で、思ったより早く片付いたよ」
二人は騎馬をギリギリまで急がせ、エンティナス城へ取って返した。
ところが、そこで二人を待っていたのは、想像を絶する光景だった。
「……いったい何が、どうなってる……?」
どうやら、コールとクアナは、ニーベルンの術士と、二体二の闘いを繰り広げていたようだ。
ニーベルンの術士の一人は、戦闘不能に陥り、倒れていたが、傍らに佇むのは、漆黒のローブを纏った少年。年齢は、十代前半といった雰囲気だ。それだけでも充分異様な光景であるのに、コールの傍らではシノンのドラゴンが漆黒の翼を広げ、こともあろうに、黒いドラゴンは、クアナの小さな身体に向かって、襲いかかろうとしていた。




