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そして、それから数刻もしないうちに、エンティナス城に、『ニーベルンからの使い』と名乗る者が現れた。
「我々は、ニーベルン国王ベアトリス陛下からの使いである。陛下から、エンティナス公へご提案がある」
エンティナス公を名指ししてきた敵国の使いは、堂々とした物言いだった。
「永年続いた領地争いに決着を着けるため、エンティナス公に『決闘』を申し入れる。こちらからは代理人として、術士エリス・ヨハンソンとギルフィ・レイフスの二名を派遣する。闇術士エンティナス・コール、聖術士クアナ・リオンとの二対二の、術による決闘を行い、ニーベルン側が勝てば、『ランサーは、今後一切ニーベルンの国境を侵さない』と言う約定を結び、逆に、エンティナス側が勝てば、ニーベルンは、『ランサー帝国への恭順』を約束する」
エンティナス公は、城の玉座でノエル、コールとともに、この不遜な使者の提案を聞いていた。
「術士同士の『決闘』だと?」
エンティナス公は、想定外の事態に色めき立つ。
たしかに、西大陸では、領地争いに、領主同士の決闘が行われることは伝統的にあることだった。双方に代理人が立つことも、ままある。だが、術士同士の決闘とは……。
「国際法の、裏をかいたな……。たしかに、国際法は、『戦争への術士の投入』を禁じているが、そこに、『術士による決闘』を禁じる文言はない」
コールは、考えをまとめるように呟いた。
オーランドの言う通りだった。コールは、顔の見えない敵――ニーベルンの狡猾さを、じわじわと感じていた。
もしも、術士がたった二人で敵地に乗り込んできたとしたら、決闘云々など無視して、数的優位で叩きのめすこともできたが、それを防ぐために、敵は各地に魔物を発生させ、術士の力を分散させることに成功している。
ニーベルンは、こちらが決闘を受けざるを得ない状況を作り出した上で、使者をこちらに差し向けているのだ。
それに、極めつけはニーベルン側の要求だ。
ニーベルン側が勝った場合の要求が、『ランサーは今後一切ニーベルンの国境を侵さない』と言う約定を結ぶこと、だと……?『エンティナスをニーベルンに帰属させる』ではなく……?
さらに、エンティナス側が勝った場合も、『ランサー帝国への恭順』などと言う、極めて抽象的、曖昧な文言となっている。
領地争いへの決着を着ける決闘と言っておきながら、実際にはそれにはあまり意味をなさない決闘。エンティナスにとって、負けてもたいして痛みのない話だ。
つまり、こいつらは、ただ、二対二で闘わせたいだけなのだ、ニーベルンから連れてきた術士と、自分達とを。
「兄さん、受けて立つ必要はないですよ……!こんなのは、明らかな『罠』です!」
全く、ノエルの言う通り、これはすなわち巧妙な『罠』だろう。
「だが、同時に、長年目の上の瘤だったニーベルンを、永久に黙らせるこの上ない好機とも言える。『ランサー帝国への恭順』とは、大きく出たじゃないか……父上、貴方さえ望むなら、受けて立ちますよ。むしろ二対二と指定してくれるなら、非常にやりやすい」
コールは、いつもの調子を取り戻して言った。
「陛下も、こうなることを予期して、お前達をここに据え置いていた、と言うことなのだろうな。陛下のお考えに従うならば、受けて立つべきなのだろう」
腹立たしいほどに自分と考え方の似ている父は、コールの考えを引き継ぐかのように、そう言った。
そうだ、皇帝は、わざわざ自分達をエンティナスに逗留させていたのだ。それはつまり、自分達にニーベルンへの対処は任せたと、そう言うことだろう。
「『ニーベルン国王ベアトリス』とは、なんとも不遜な物言いだ。『ニーベルン大公ベアトリス』の間違いであろう?……コール、傲慢な彼奴らを、我がランサー帝国に、見事『恭順』させて見せよ。『名誉ある死』など、お前には許されんぞ」
ノエルは一人、頭を抱えた。
『罠』と分かっているのに……。この人達は、挑発に乗せられやすいんだから、まったく……!




