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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第2部───第二章:恋愛云々はさておき、もちろんオーランドも男なので、憎からず思っている愛弟子に、ここまで言わせる悪い魔法使いに対して、全く嫉妬を感じないわけではなかった
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(3)

 エリンワルド・カイルの妹、キリエは、別の意味でそわそわ落ち着かない気持ちで居た。

 キリエの斜め向かいでは、隊長とクアナ姫が二人並んで、一幅の絵画のような麗しい構図を描きながら、仲睦まじそうに話をしている。非常にお似合いの二人だとは思うのだが、隊員たちはいったい、どんな気持ちでいるのだろうか、パーティーのメンバー同士が『付き合っている』と言うのは……

 今まで所属していたタイタン第一中隊でも、惚れた腫れたと言う話が無いわけではなかったが、ここまで露骨な話も無かった。

ダメだ……。これでは、普通に会話することもままならなさそうだ。

「キリエさん。変わった食べ方ですね……フルーツにパテを載せても、美味しくないと思うんですけど」

「は、はい……っ?」

 フリンに急に話し掛けられて、キリエは飛び上がった。

「ほ、本当ですね、……何やってるんだろう私は……」

 キリエの左手には、スモモが載っかっていて、その上に小魚のパテを擦り付けていた。勿体ない。真面目なキリエは、涙目でスモモにかじりついた。

「キリエさんって……ほんとに面白い方ですよね。見た目がほぼほぼエリンワルドさんなので、ギャップがすごいです」

「失礼ですね、君は……」キリエはむっとした顔で言う。

「えっと……フリンくん、でしたか。入隊何年目ですか?」

「三年目になります。貴方より、ずっと年下なんですから、敬語は止めてください」

 フリンの言葉に、キリエはぴくりと反応して言う。

「ずっと年下、と言うのは失礼ですよ。私はまだ二十四歳です。貴方と大して変わりません」

 むす……として言う。

 挙げ足取るなあ。真面目すぎて、めんどくさい人かも知れない。

「異動先が、コカトリス第三小隊と聞いた時は、動揺したんじゃないですか?……変な噂、いっぱい聞くでしょう?」

 フリンは、キリエの動揺を隠せない様子から、彼女の胸中を察して、含み笑いしながら言った。

「うん。正直、人生詰んだ、と思いました。エリンワルドの妹だ、というだけで、どんな魔窟に放り込まれるのか、と……。とんでもないイロモノの集団だと聞いています」

「貴方も十分、『素質アリ』ですよ……僕なんか、霞んでしまうほどです」

 コール隊長とオーランドさんのケンカを仲裁するだけでも精一杯なのに、そこにこのクソ真面目そうなスパイスが入ったら、いったいどんな料理が出来上がるのだろうか。

「パーティーのメンバー同士が、付き合っていると言うのは、いったいどんな気持ちなんでしょうか……?入隊してから六年間、そんなシチュエーションは初めてなので、どう対処したらいいのやら……」

 これには、フリンは一瞬、固まった。

 ん……?付き合っている……?

誰と、誰が?

「ええと、それは、つまり……、呪力の黒い人と、白い人の、お話ですか?」

 フリンは直接言葉にするのも恐れ多くて、こそこそと暗に聞いてみた。他に思い当たるカップリングはない。

「うん。どんな破廉恥な集団かと心配していたけど、思ったよりマトモな人達だったから、妙に納得したんです。お似合いの二人、ですね」

 くくくく……。フリンはこれはヤバい、と思った。お腹が痛い。いったい世間では、どんな装飾の付いた噂話をされているんだろう。

「何がそんなに可笑しいんですか……?」

 キリエは、爆笑寸前といった様子の年下の術士を前に、首を傾げている。

「……そうですよね、まあ、ほぼほぼ間違ったことではないですもんね。あのお二人の場合」

 どうやら、とんでもない勘違いをしているらしい、この堅物のお姉さまを、あまりにも面白いので、しばらく真相は明かさずに泳がせておこう、と思う、案外腹黒いフリンであった。

「優しく見守ってあげてくださったら、それで充分だと思いますよ。不器用なお二人ですから」


 一行が目的地に着いたのは、山の稜線に、日が落ちる少し前だった。

 遠く、その地を見渡すことのできる丘の上で歩みを止め、腕を広げて、ノエルは言った。

「兄さん、どうですか……?『シノン』です」

 たしかに、夕暮れの茜色の光に染められたその景色は、コールの胸を突く眺めだった。

 数年前、自分たちがここを訪れた時、荒れ放題だった平原は、開拓され、羊たちが草を食み、家々が軒を連ねる小さな町まで出来ている。

「皇帝陛下からのプレゼントです。今は直轄領ですが、陛下は、将来的に、貴方に爵位を与え、シノン公に封ずることをお考えのようです。そのために、貴方がシノンのドラゴンを討伐した直後から、国家の財力を投じて、開拓民を集め、鉱山を発掘し、領地の経営をなさっています。まあ、実質、実務的なことはすべて僕に任されているので、非常に忙しくて、迷惑してるんですけどね……」

 ノエルは誇らしげに言った。

「『シノン公コール』……。なかなか、いい響きだとは思いませんか?」

 その言葉を聞いたパーティーのメンバーたちは、あまりのことに、しばらく誰も、口を聞けなかった。

「術士に、爵位を?……また、大それたことを考えたな、皇帝も。口うるさい諸侯たちが、黙ってはいないだろう……」

 コールは、衝撃の冷めやらぬまま、そう口にしていた。

「ええ。だから、今は他言無用にとのことでした。兄上には、諸侯を黙らせるために、これからもっともっと名声を上げてもらわなければならない、と……」

 ふ……コールは思わず笑っていた。あの人の考えそうなことだ。目の前にニンジンをぶら下げて、馬車馬のように働け、と?

「受けて立ってやろう、皇帝」

 コールは、今頃ランサー城で優雅に茶でも嗜んでいるであろう、銀髪の皇帝の顔を思い浮かべながら呟いた。


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