(10)
クアナは、自分の怪我の手当てをしてもらうよりも先に、敵兵の、手厚い埋葬を、騎士団に頼んでいた。
そして、リティアで犠牲になった領民たちと、自分達が屠った敵兵たちのために、長い、長い哀悼の祈りを捧げていた。
「クアナ……。これが、『戦争』だよ」
オーランドは、聖女のような、隣国の王女に、そっと声を掛けた。
純白の呪力を持つ聖術士は、神聖で潔癖。曲がったことが容認できない、自己犠牲と献身の精神を持ち合わせた平和の求道者だ。
クアナは頷く。
「分かってはいるつもりだ……。私も、一国の王族として生まれて、教育を受けてきたからには……」
それでも、今回、たくさんの人間が死んだことに、胸が痛まざるを得ない。
「だから、オーランドは、なんとしても、術士による国際戦争を、避けようと言うんだろう?」
オーランドは優しく苦笑した。
「うん、……まあ、そんなに高尚な考えでもないけどね。僕は、ただランサーの利益のことを考えてるだけだから」
でも、詰まるところは同じはずだ。
「私は、術士が魔物の討伐だけをしてればいいような、平和な国を目指すことにする」
クアナは、いまや、南方諸国への先鋒となっている、故郷リオン王国のことを想いながら言った。
「クアナ、傷の具合はどうだ?」
城の医務室で、お抱えの医師の手当てを受けているクアナの様子を見に、コールが現れた。
「大丈夫だ。大事には至らなかった。数週間もすれば治るらしい」
「傷跡が……残るかもしれないな……」
コールは静かな表情で、包帯の巻かれたクアナの右腕にそっと触れた。クアナはたったそれだけのことで、顔を赤く染めている。
「た、隊長?そちらのお嬢さんは……?」
クアナはたじたじしながらコールに尋ねた。
コールが引き連れて来た、品の良いドレスに身を包んだ黒髪の令嬢は、なぜか物凄く怨めしそうな顔で、クアナとコールのやり取りをじっとりと見詰めていた。
「ああ。妹のメラニーだ。クアナのことを心配して、着いてきたんだ。メラニー、うちの、期待の若手、クアナ・リオン殿下だよ」
コールが、軽くお互いの紹介をする。
「ご高名はかねがね、承っております」
メラニーは淑女らしく、優雅なお辞儀をした。
そう言われれば、コールに似て物凄い美人だ。年の頃は、クアナより少し年上ぐらいだろうか。なぜ、怨みのオーラを向けられているのかが、よく分からないのだが。
「お兄様の、『生涯の伴侶』となる御方だと言うお噂も……」
一瞬、その場の全員が、凍り付いた。
「だ、誰がそんな馬鹿なことを……っ?」
クアナは真っ赤な顔をして慌てふためく。
「そんなわけがないだろう!」
世間の噂とは恐ろしい。いったいどんな噂が囁かれていることやら。
当のコールは、二人の少女の、蛇と蛙のにらみ合いのような、なんとも言えない光景に、思わず吹き出して笑っていた。
「メラニー、お前はどう思う?俺の生涯の伴侶に、リオンの王妹殿下は、相応しいと思うか……?」
「こんな素敵なご令嬢、お兄様には勿体ないぐらいだと思いますわ……!」
メラニーはいまや、涙目で、抗議でもするかのように言い放つ。大好きな兄を、これ以上ないぐらいの完璧な相手に奪われる、妹の心境である。
「メラニー、そんなことを言いにここに来たわけじゃ、ないだろう?」
コールは、これ以上は自分にはどうにも収拾が付けられないと思い、メラニーに当初の目的を思い出させることにした。
「そ、そうでしたわ……。今回の、皆様のご活躍を労って、ささやかですが、祝宴をご用意しております。ご体調がよろしければ、ぜひ、お越しください」
「あ、ありがとうございます。ぜひ伺わせていただだきます」
クアナは、居たたまれない状況から解放され、心底ほっとして言った。




