(5)
「伝令……!伝令……っ!」
息せき切って駆け付けた伝令の甲高い呼び声が響いた。
「すぐに、エンティナス城へお戻りください……っ!リティアは陽動です!反乱の本当の狙いは、エンティナス城の、騎士団です……!」
「なに……っ?」
コールは慌てて術を解き、隊員に命じた。
「今すぐ騎乗せよ!城に戻るぞ……!」
コール達は、ほぼほぼ死に瀕している焔術士を棄て置き、全速力で城へ取って返した。
騎馬で一刻ほどの道程が、信じられないほどに遠く感じられた。
父上……、ノエル……!
コールは、家族の無事を祈った。
騎士がどれだけ勇猛であろうとも、術士が相手では、赤子の手をひねるようなものだ。
古今東西、武装した兵の戦いは、必ず武装した兵同士の戦いとする、それが、礼儀だった。そこに術士が介入すれば、戦いではなく、一方的な蹂躙となってしまう。もしもその禁を破れば、相手国にも全く同じことを返される。そして戦いは泥沼化し、両国ともに疲弊の一途をたどる結末となる。
お互いそれが分かっているから、西大陸の各国の間では、国際戦争への術士投入を禁じる国際法が成り立っているのだ。
「エンティナス城の騎士団の詰め所に現れた術士は、数は多くはないようでした。せいぜい五、六人程度でしょう」
伝令の兵士は状況を手短に説明する。
「僕が、先読みし過ぎたことが仇になったか……」
珍しくオーランドがへこんでいた。
万一ニーベルン兵が攻めてきて、北部国境が破られた時のために、騎士団の詰め所には、多くの団員達に詰めてもらっていた。そこを、術士集団に襲われたのだ。
「僕は、騎兵が来ると思っていたんだ。まさか、術士が来るなんて……」
さすがに、敵がそこまで無茶をするとは思わなかった。
「やはり、ニーベルンなのか?」
コールはオーランドに意見を求める。
「そうでないことを願いたいね……。ランサー国内の反乱であってほしい。さもなくば、大規模な戦争が始まることになってしまう……」
未来図の見えるオーランドだからこそ、その場にいる誰よりも、想定外の事態に焦っていた。
テロに見せ掛けてエンティナス騎士団に壊滅的な打撃を与え、そこに正規の兵団を送り込み、まんまとエンティナスを陥落させる……それがニーベルンの筋書きだとしたら……?
国際法がある以上、これまで数百年、侵されることのなかったこの上なく卑劣な手段を、ニーベルンは取ると言うのか……?
一刻掛かる道程を、馬を限界まで走らせ、半分ほどの時間で辿り着いた。
そこで繰り広げられていたのは、コールが恐れた通りの、一方的な蹂躙だった。
ただ、コール達は、そこでたった一人、エンティナスの騎士達を守り、奮闘している術士の存在を認めた。
長い黒髪を高く結び、瞳の色は深い藍色。ランサーの紺の軍服を着ている。唇を固く引き結んだ淡白な顔立ち。どこか見慣れたその姿は……
「エリンワルド……?」
コールは思わず口にしていた。
だが、グリフォンの小隊長を任されたはずの、彼がここにいるはずはない。
「遅い……!エンティナス・コール……っ。私が貴方の隊に配属されたと言うことを、よもや忘れていたわけではあるまいな……っ?」
あまりの剣幕に、コールはたじたじだった。
「す、すまん……そうだった」
人事院からは、たしかに告げられていた。ちょうどコール達が、クエストでエンティナスへ向かうため、タイタンからの異動者である入隊六年目の風術士が、エンティナスで合流することになる、と。
名前は伝えられていなかったので、誰が来るのかまではコールも知らなかったのだが、もしやこの出で立ちは……
「くくく……ようやく真打ち登場と言ったところか……?」
コールの思考は敵方の術士の言葉に遮られた。
「想定よりずいぶん早いじゃないか?あのおっさん、思ったより使えなかったな……」
彫刻で切り出したように彫りの深い顔立ちに、白い肌、薄い髪の色、明らかに北方系の顔立ちをしていた。
「これは……」
オーランドが呻いた。
「貴様、ニーベルン人だな……?」
コールが問う。
「だったら、どうする……?」
相手方の口調には、北方系の訛りもあった。
オーランドの心の中に、絶望が広がる。
「皆殺しにするまでだ……」
コールがキレている。状況は、マズいことだらけだ……。
「コール、落ち着いてくれ。まずは、騎士団を逃がさなければならない。そうしないと、オチオチ戦闘も出来ないだろ。それが、相手の一つ目の狙いだよ」
「タイタンに、援軍を要請してはどうだ?」
ケンが聞く。
タイタンの主力は、焼かれた町の救助に向かっているが、一部を回してもらうことは出来るはず。
「……それは、ダメだ」
オーランドの苦しげな口調に、コールは驚いて聞き返す。
「なぜだ?」
「隊長、よく聞いてくれ。ここが一番重要なところだ。ここに『ニーベルンの術士が来ている』、その事実は、僕達だけで対処して、揉み消さないといけない」
オーランド以外の五人は首を捻る。なぜ……?
「『ニーベルンが国際戦争に術士を投じた』、この決定的な事実が明るみに出れば、国際秩序を守るために、各国は術士を使って、戦争をしなければならなくなる。西大陸全体を巻き込む、世界大戦になる。そして、そうなった時、圧倒的に不利なのは、術士の養成が間に合っていない『ランサー帝国』なんだ」
「いや、だが、今回の場合、被害者はランサーだろう?各国はランサーの肩を持ち、ニーベルンに制裁を加えるだけだ」
コールは言い返す。
「ことがそう単純に進むとは限らないんだよ。術士投入が許された世界で、世界情勢がどうなるかなんて、僕にだって想像が付かない。でも、一つだけはっきりしていることは、ランサーは術士後進国だと言うこと。皇帝陛下はそれを憂慮してあらゆる手を講じているけど、リオンを味方に付けたぐらいでは、引っくり返せないぐらいの差がまだあると思う。今はまだ、早すぎるんだ。ランサーが術士戦争に踏み切るには、時期尚早すぎる……」
オーランドは必死で自らの隊長に訴えた。
援軍を呼べば、この致命的な事実がランサーの上層部へ伝わり、ランサーはニーベルンに対して、抗議をせざるをえなくなる。それを防ぐために、ここは自分達だけで対処し、事実を揉み消さなければならない。
二つに一つだ。コールの判断次第で、世界情勢が動く。オーランドにはそれが見えていた。
「……分かった。分かったが……、ここでもし、俺たちが破れれば、お前の話云々の前に、全てが終わるぞ。エンティナスを落とされたら、ランサーは北部を守る要塞を失うに等しい」
コールの言いたいことも理解できる。それでも、目先の防備よりも、さらにその先のことを考えて行動する必要があるのだ。
「大丈夫だよ、隊長。弱気なことを言わないでくれ。……僕達は、強い!」
隊員全員が、オーランドの言葉に思わず苦笑した。




