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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第2部───第一章:魔女狩りクエスト
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(4)

「フリン……、思い出すな」

 リティアへ向かう道中、コールは傍らを進む弱冠二十歳の地術士に声を掛けた。

「ええ……」

 ちょうど、十年前のことだ。

 当時、コールはまだランサー帝国軍入隊一年目。ワイバーン第二中隊の一兵卒だった。初めての『魔女狩りクエスト』で連れていかれたランサー東部の町は、今のリティアの状況と酷似していた。愉快犯の焔術士は、呪力の限りを尽くし、フリンの故郷、ウルスラッドの町を焼き尽くしていた。

 ワイバーンから、多数の術士が投入されたが、まるで戦禍に遭ったかのように、悲惨な現場だった。

「お父上を、助けられなかったことは、本当に申し訳なく思っている」

 フリン・ミラーの父は、金を取って町や要人の警護を行う在野の地術士だった。

 今の時代であれば、軍隊に登用されていてもおかしくない腕前だったが、フリンの父が術士となった時代は、皇帝の勅令も出される前であり、そこまで術士の登用に力が入れられてはいなかった。

 フリンの父も、民間人ながら町を守るために戦い、その中で死んでいった者の一人だった。

「隊長に謝っていただくようなことではありません。誰にも、どうにも出来ない現場でしたから」

 現場の地名からウルスラッド事件と名称が付けられ、事件から十年たった今でも、人々の口に上ることのあるほどの大事件。

 フリンがコカトリス第三小隊に配属されて二年以上が経つが、二人が当時のことを話すのは、実は今日が初めてのことだった。コカトリス第三小隊の他のメンバーは誰も知らない、二人だけが共有する記憶だ。

「あの時からすでに、隊長はキレっキレでしたよ」

 フリンは隊長の心をなごませるために笑顔で言った。

「僕は、そんな隊長に憧れて、コカトリス第三小隊を希望したんですから」

 コールも頷いた。

「みなまで言うな……知ってる。俺の部隊を自ら志願するやつなんて、まずいないからな。人事院も即決だっただろう」

 二年前にフリンが新規入隊者としてコカトリス第三小隊に来たとき、コールはもちろん、きちんと彼のことを覚えていた。ウルスラッドの街で、父親の死を悼んで泣いていた十歳の少年のことを。

 あの時の少年が、その後帝都の養成学院に入り、八年の修学の後、自ら希望してコカトリス第三小隊へ入ってきたのだった。 

「光栄の極みです。この超エリート集団の一員として、僕を選んで頂けたのですから」

 コールは苦笑した。

「……前々から思ってはいたが、呆れるほど真っ直ぐなキャラクターだな、お前は。後ろの二人に見習わせたいぐらいだ」

 どんなに先輩たちが、コールの悪口を言ようとも、フリンが絶対に同意することだけはしないのは、このためだった。フリンは、心からコールのことを崇拝していた。

 地術士として、最強の盾役(タンク)となり、この偉大な人達を守ろう、それが、フリンの当面の目標だった。



 戦場は、呪力の業火に晒されたリティアの町の焼け跡だった。

「町半分潰したぐらいで、本当に出て来てくれるとはね……ランサー帝国の、『最終兵器』が」

 クセのある長く赤黒い髪をなびかせ、焔術士は静かにコールを待っていた。

 フリンの顔が強ばる。見覚えのある顔だった。

 男はこれから始まることが楽しみで仕方ないというような、歪んだ笑みを浮かべた。

「自ら罠に飛び込んでくるとは、愚かな羽虫だな」

「〝深淵からの召喚〟」

 お喋りに付き合っている場合ではない。

 コールは手筈通り、地獄の猟犬(ケルベロス)達を呼び寄せた。

 中級の召喚獣だ。

 闇色をした猟犬たちは、唸り声を挙げながら焔術士へ向かって駆けていく。

「魔獣だと……?バカか……?こんなもの、我が焔の前では虫ケラも同然だ」

 スペルすら必要ない、とでも言うように、焔術士の右手から流れ出す焔は、次々と猟犬達を焼き殺していった。

「イヤな眺めだな」

 クアナは、コールの大事な魔物達が焼き殺されて行く姿を、心を痛めながら見ていた。

「コールの飼う魔物のこと、あんなに怖がってたのにね」

 オーランドはくすりと笑いながら言った。

「何笑ってやがる、オーランド。余裕ぶっこいてんじゃねえ」

 ケンが隣で突っ込む。

「申し訳ないけど、やっぱり楽しいんだよね。術士同士の戦いって、そんなにしょっちゅう見られるものでもないし」

 コールは、魔獣が次々と焼き殺されて行くにも関わらず、まったく手を緩めることなく、召喚をし続けた。

 焔術士の射程圏内に入り込む訳には行かないからだ。コールは自らの身を守るために、召喚術を使い続ける必要があった。

 一方で焔術士も、身を守るために、コールの召喚獣を焼き殺し続ける必要があった。

「我慢比べだな……呪力が先に尽きた方の負け、というところか……」

 ケンが呟いた。

「バカはどっちさ……」

 オーランドは相変わらず余裕の表情で言った。

 そっちは町を焼き払うのにも呪力を消費してるって言うのに、呪力お化けのコールに、我慢比べで敵うわけがないでしょ。

 まだまだ充分に余裕のあるコールに対し、敵はジリジリと呪力を削られることとなった。

「〝遼原(りょうげん)の火〟」

そして、ついに我慢が出来なくなり、強力な焔術を一発放って全ての魔獣を焼き払うと、コールの懐に飛び込んで来た。

「〝雷撃(らいげき)〟」

「〝思考奪取〟」

 互いの術が、ほぼ同時に放たれる。

「……っ……!」

 コールは雷撃の一端を浴び、身体の一部がビリビリするのを感じた。

 しかし、次の瞬間、相手の動きがぴたりと止まる。入ったな、

「……からの、〝拷問〟」

 コールは残酷に言い放った。

 耳を塞ぎたくなるような激しい呻き声を挙げながら、焔術士は、のたうち回った。〝拷問〟は、その名の通り、相手の脳に直接、拷問の痛みを与える精神攻撃だ。

「チョロいね……口程にもない」

 オーランドが呟く。

 フリンは圧倒されていた。

 十年前、取り逃がされた愉快犯の末路だった。あの時、ワイバーンの主力部隊が取り逃がした犯人を、十年の月日の後に、コールとオーランドのタッグは、瞬殺してしまった。

「リティアの報いだ。精神が崩壊するまで、拷問の苦痛に耐えるがいい……」

 闇色のオーラに包まれたコールの声は、呪いの言葉のようだった。

 こ、怖すぎる……。

 フリンとクアナは、同時に震え上がった。

「もし、あれをやられてたら、クアナも詰んでたな……」

 ケンは思わずつぶやく。

「いや、さすがの隊長も、クアナ姫にあれは、やらないでしょう……」

 フリンは冷や汗をかきながらそう言った。



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