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「これが、エンティナス城か……!」
クアナは、思わず歓声をあげた。広大な領地を見下ろす高台に広がる、要塞のような堅牢な城だった。
「まるで、一国の城主のようだな……リオンの領土と比べても遜色ないくらいだ」
クアナが感心して言うと、パーティーのしんがりを彼女とともに勤めていたオーランドが答える。
「まさに、その通りなんだよ。エンティナスは、その昔、ランサーに刃向かう敵方の領主と争って、この広大な領地を見事勝ち取った、勇猛な騎士の末裔だからね。その栄誉を皇帝に認められ、初代エンティナス公は、武家でありながら、公爵に次ぐ爵位を与えられた、と言うわけ。まさに、お伽噺の騎士様、だよね」
そして、オーランドは先頭を行く隊長のことをちらりと見ながら言った。
「その、偉大なる辺境伯の嫡男が、漆黒の呪力の持ち主として生まれたって言うのが、ドラマだよねー。騎士と術士……完全に真逆の存在だよ」
そんな、数奇な運命を持って生まれることになったコールのことを、当のエンティナス公や、彼の家族たちは、どのように受け止めたのだろう。
家督を継ぐ権利を擲ってまで、術士になるなんて、家族にとってしてみれば、複雑な話だったに違いない。
「コールの家族って、どんな人たちなの……?」
クアナは、気になってオーランドに聞いた。
「僕に聞かないでくれる……?同郷のギランならまだしも、僕は隊長の家族のことはよく知らないんだよ」
エンティナス公がとても怖い人だという話は、オーランドもなんとなく耳にしていたが、先入観を与えるのは良くない、そう思って、あえて彼女には何も伝えなかった。
そして、そんなクアナの疑問は、すぐに解決することとなる。
「よく帰ってきてくれた、兄さん……!」
エンティナス公の次男にして、エンティナスの家督継承権を持つノエルが立ち上がって、兄の帰還を迎えた。
コールの二歳年下の騎士は、母であるエンティナス公夫人に似たのか、髪は明るい褐色で、顔立ちもどちらかと言うと優しく、コールにはあまり似ていなかった。
エンティナス城の円卓には、騎士団の主要な面々が集まっていた。当然、上座にはコールの父、エンティナス公ジークムンドの姿がある。
あの人が、コールのお父さん……。クアナは初めて見えるジークムンドのまとう、他を委縮させるような雰囲気に、圧倒されていた。コールは短気で怒りっぽいけど、普段、普通にしていればどちらかと言うと『静』の雰囲気で、こんな風な、高圧的なところはない。似ているけど、もっと怖い……といったところだ。騎士のようだと思っていたコールよりも、さらに武人らしい厳めしい姿だった。
「コカトリス第三小隊隊長エンティナス・コールだ。派兵命令を受けて参上した。状況を、共有してもらいたい」
コールは軽い挨拶とともに、席に着いた。副隊長であるオーランドが隣に座り、残る三人のメンバーもぞろぞろと着座する。
「被害は甚大です。リティアの街が、半分焼かれました。状況は、把握しきれていませんが、死者、怪我人ともに多数。火消しのために、タイタンから術士が派遣され、怪我人の救助に、騎士団のメンバーが当たっています」
ノエルが淡々と状況を説明する。
コールは青ざめた顔をしてそれを聞いていた。
「相手は、これを『見せしめ』と言っています。エンティナス・コールを出さなければ、さらに多くの犠牲者を出すことになると……」
「何か、心当たりはないのか、コール……?」
父に、厳しい口調で問われ、コールは静かに首を横に振った。
「申し訳ないですが、まったく分かりません」
「『分からない』だと……?貴様のせいで、エンティナスの領民に甚大な被害が出ているのだぞ……!分からないで済むと思うのか!?術士同士の争いに、一般の人間を巻き込むな……!」
久しぶりの親子の再会だと言うのに、エンティナス公の長男への邪険っぷりは相変わらずだった。まるで、上司に詰められる部下のように、コールが一方的に責められている。
「お言葉ですが、閣下。これは、術士同士の個人的な争いなどという単純な話ではないかもしれません」
完全なる針の筵状態にあるにも関わらず、副隊長は果敢にも、エンティナス公に意見した。
「なに……?」
エンティナス公の威圧的な態度にも怯まず、オーランドは続ける。
「……お初にお目にかかります、閣下。副隊長の、ラマン・オーランドと申します。僭越ながら、私の所見を述べさせていただければと思いますが、……襲われたリティアの立地を考えれば、今回の事件には、ニーベルン公国が一枚噛んでいる可能性があります。かの国は、ランサー帝国の領土を再三脅かしていますから」
師匠、『スイッチ』が入ってるな……。クアナは、弁舌を振るうオーランドの横顔を見ながら思った。普段のヘラヘラした彼と同一人物とは思えないほど、その一言一句には、研ぎ澄まされた雰囲気があった。
「ニーベルンが……?だが、国際戦争に術士は投入できんはず。今までも、領地戦には、我々騎士団が対応してきた」
「ええ。ニーベルンとランサーとの国境には、エンティナス領の強力な騎士団が置かれている。おかけでニーベルンは、長年ランサーを攻めあぐねてきた……。だからこそです。かの国は、ランサー国内の術士の反乱であるかのように見せ掛けて、その実、遠隔的に、ランサーへの侵略の足掛かりとしようとしているのかもしれません」
隣で聞いていたコールも、これには舌を巻いた。どこぞの術士に逆恨みでもされたのかと思っていたが、この視点は全く無かった。いや、動揺してそこまで考えが及ばなかったとも言える。
国際戦争に術士は使えない。だが、テロに見せかければ、それによりエンティナスに打撃を与えることが可能だ。
オーランドは、情報が少ないにも関わらず、限られた客観的事実から、そこまでの筋書きを読んだのだ。
ニーベルン公もオーランドの洞察には驚いた様子で、彼の言葉を反芻するように押し黙っていた。
「ですから、万一どさくさに紛れて、ニーベルンが領地戦を仕掛けてきた場合に備え、騎士団も、抜かり無くご準備をお願いいたします。我々は、早急に犯人への対処を進めますので」
オーランドは、きっぱりと言ってのけた。
その後、五人はエンティナス城の一室を借り、対焔術士戦の作戦を練ることとした。タイタンからの応援は充分に要請できる状況だったが、相手は、コール一人で来るように言ってきているらしい。リティアの町を盾取って、コールと一対一の勝負を仕掛けようと言うのだ。
「隊長……怒ってるな」
ケンは隣のフリンにぼそりと呟いた。上座に座るコールは、普段と明らかに雰囲気が違っていた。
動揺を抑えこもうとしているような、静かに怒りに耐えているような、そんな雰囲気だった。
「そりゃ、怒りもするよな。さっきの騎士団たちの態度はないよ。故郷に帰ってきた家族に取る態度じゃないだろう。針の筵じゃないか」
エンティナス公とコールの関係性を知らないケンは、呆れたように言う。
「違うよ、ケン。コールが怒っているのは、そんなことじゃない」
「え……?」
いつもならば真っ先に隊長を茶化すオーランドが、静かな口調で言うのだった。
「大切な領地を、それも、自分をおびき出すためのダシに使われるような形で傷つけられて、コールが怒らない訳はないよね……」
リオン王国の王族として、人の上に立つ立場の人間として育てられたクアナにも、コールの気持ちは理解できた。
今は長くこの地を離れているものの、エンティナスは、コールにとっては『家』みたいなものだ。そんなエンティナスの領地を荒らされ、大切な領民を傷つけられて、コールが怒らないわけはない。
「冷静にならないとダメだよ、隊長。今回は、正直相性も悪い。一対一で焔術士と戦うのって、闇術士にとってはけっこうキツいよ」
ギランがいない今、コールに冷静な助言を与えるのは、オーランドの役目だった。
「……ああ。分かっているつもりだ。オーランド……頼まれてくれるか?」
コールは傍らの優秀な参謀に、言葉少なに依頼する。
「心得ましたよ、隊長」
オーランドは、動揺する隊長を励ますように、力強い言葉で請け合った。
「僕たちを怒らせたこと……後悔させてやろうじゃないですか……!」




