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「ギランと、エリンワルドが同時に異動だと……!?ったく……人事院はいったい何を考えてやがる……!」
「どうしよう……またコールさんが荒ぶる神になってますよ」
「いつものことだろ」
フリンが怯えた声をあげると、隣のケンが呟く。
ランサー帝国の季節は秋。帝国軍は、年に一度の、人事異動の季節だった。
その日、これからの新しい一年間の体制を考えるため、部室に集まったのは、隊長のエンティナス・コール、貴族出身の風術士ラマン・オーランド、焔術士ケン、地術士フリン・ミラー、そして、隣国の王族にして、ランサー最強の聖術士クアナ・リオン。たった五人だった。
こともあろうに、人事院はコカトリス第三小隊の主力、ギラン・ロクシスと、エリンワルド・カイルの二人を、同時に引き抜きに掛かったのだった。
「まあ、二人の出世のためと思えば仕方がないことだが……」
もともと、ランサーでもトップレベルの実力を持つ二人だ。二人は今回の異動先で、ワイバーンとグリフォンのそれぞれ小隊長を任されることになっていた。
コールは頭を抱えた。
「だいたい、ギランさんが居なくなったら、怒れる隊長を、誰が鎮めるんだ?」
ケンがこそこそ言う。短気で突っ走りがちなコールを抑えているのは、いつもコールの親友にして冷静沈着な副隊長ギランの役割だった。
「いやいや、隊長も、クアナが来てからのこの一年間の成長ぶりを、人事院に認めてもらえたってことでしょ。ガキ大将みたいに尖りまくってた隊長が、クアナにこてんぱんにやられたのに素直に敗北を認めてみたり、敵方の大将に頭を下げてみたり、昔の隊長からしたら、考えられない話だよ。丸くなりすぎて、張り合いがないぐらいだ」
「な、ん、で、キサマが上から目線なんだ……?一発殴られたいみたいだな……」
もはやデフォルトになっている二人の掛け合いに、突っ込みを入れられる陣営が少なすぎる。
「だ、大丈夫です。防御系の僕たちが、頑張りますから……!」
フリンがクアナの隣で、拳を振り上げる。
年齢だけで言うと、二十歳と十八歳の二人である。
「頼りねえ……ギランさんとエリンさん、凄腕のお二人との格差よ……」
ケンが悲しそうに言う。
「当然、補充が来るんでしょ?なんで、この場に誰も来てないの……?」
オーランドが不思議そうに言う。
コールは頭を抱えたまま言った。
「補充は、タイタンから一人、入隊六年目の風術士が来るらしい。ギランの代わりだな。水術士の補充はないそうだ」
「一人減……ってことですか!?」
これには全員がどよめく。
コールが頭を抱える訳だ。
「人事院は、小隊の人数が八人と言うのを忘れてしまったらしい……」
コカトリス第三小隊は、クアナが来るまでずっと、五、六人のパーティーでやってきた。クアナが入って、ようやく七人体制になったと言うのに、またしても一人人数が減らされてしまった。
「オーランドとクアナが、なまじデキることが、人事院にバレたんだろうな……実質この二人が、ギランとエリンワルドの代わりというところだろう。クアナには、水術士がいない分のカバーをしてもらう。そして……入ってくるのが入隊六年目の術士だけ、と、言うことは、だな……」
コールは、心底嫌そうな顔をして言うのだった。
「オーランド、お前が副隊長だ。お前に、コカトリス第三小隊副隊長を命じる」
「え……?」
オーランドはわざと素の顔をして、コールに聞き返す。
「もう一度、言ってもらっていいですか……?」
目を見開いて、良く聞こえなかった、とでも言うような表情だ。
「お前に、副隊長を命じる」
コールはイライラして言った。
「……も、もう一度、ゆっくりと、言ってもらってもいいですか……?」
オーランドは今や満面の笑みで、同じセリフを繰り返した。
「うるさい……っ!そう何度も何度も言うかっ!お前が副隊長だ!他に誰がいるって言うんだよ、このメンバーで……!」
コールはついにぶちキレた。
「そっか……そう言うことか!主力二人を引き抜いて、部隊長クラスの補充もなしってことは、人事院も、ついに、僕のことを認めたってことだよね……!コカトリス第三小隊副隊長、ラマン・オーランド……!なんていい響きだろう」
怒り狂うコールを完全に無視して、オーランドは子どものようにはしゃいでいた。
「ふふふふ……」
クアナは、そんな二人の様子をニコニコしながら見守っていた。クアナは知っている。どんなに罵り合っていても、この二人が、お互いにお互いのことを、ちゃんと認め合っているのだと言うことを。
オーランドの能力に不足があると思う者は、この場には誰もいないだろう。最強の風術士にして高い才略の持ち主。むしろ、この人とコールがタッグを組めば、向かうところ敵無しといったところだ。
「それで、その新しい風術士とやらは、いつ現れるんですか?」
ケンが聞く。
「ああ……、それだった」
コールは我に返って言った。
「新チームの始動開始からいきなり、派兵命令がきてる」
「今日、これからですか!?」
フリンが悲鳴を挙げる。
「人事院も、鬼だな……」
ケンも呆れたように呟いた。
一方で、オーランドは、やる気満々だった。
「僕の初仕事ってことだね、腕が鳴るなあ!」
「まあ、ちょっと落ち着け、お前ら」
コールは先ほどまでとは打って変わって、真剣な顔をして言った。
「今回ばかりは、浮わついた気持ちで出来る仕事でも無さそうだ」
コールは咳払いし、一つ息を吐いてから言った。
「『魔女狩り』クエストだ」
「『魔女狩り』……?」
クアナは、聞き慣れない言葉に反応した。
「在野の術士が、何か罪を犯した時、それを取り締まるのも、帝国軍の術士の大切な仕事なんだよ」
オーランドは事情を知らないクアナに説明してやった。
近年、術士の増加に伴い、そのようなクエストが急激に増加していた。
術士の多くは、帝国の養成学院に入り、きちんとした教育を受けてから帝国軍に所属することになるが、学院に入らなかったり、入ったとしても芽が出ずに術士となることを諦めたりした者が、各地域には多数存在する。
そういった者は、なんらかの形で術により生計を立てていたり、全く関係のない職業に就いたりするのだが、そのような、呪力を持つ人間が、怨恨などにより、術による殺人を犯したり、焔術士であれば、放火事件を犯したりする場合もある。
悲惨な現場となることが多いことに加え、生身の術士を相手に戦わなければならないため、気の重いクエストとなることが多かった。
「しかも、相手方はなぜか、俺を指名してきているらしい。……それも、ご丁寧に、俺の故郷、エンティナスを盾取って」




