(4)
翌日、朝の身支度と食事を採った後、顔合わせだと言われて、連れて行かれたのは、ランサー城に隣接した、ランサー帝国軍の寮だった。
寮には寝泊まりをするための部屋の他に、部室と呼ばれる各部隊ごとに集まるための会議室のようなものがあるらしい。
部屋に近づくに連れ、わいわいがやがやと賑やかに話し込む声が聞こえてくる。
「何か、盛り上がってるみたいですね」
「お恥ずかしい……。術士の部隊など、荒くれ者の集まりみたいなものですから……」
案内役の男が咳払いしながら言った。
「……ったく、あり得ないだろっ!ただでさえ人手が足りてないってのに、なんでオレの部隊がそんな、お荷物を背負わされないといけないんだよ……!」
「またコールさんが、荒ぶる神になってますよ」
「いつものことだろ」
「くそっ……バカにしてるとしか思えん。今日こそは人事院のクソどもに、殴り込んでやる……っ」
「止めろ。ただでさえ目を付けられてるって言うのに、これ以上立場を悪くするようなことをするんじゃないよ」
怒り狂うコールを羽交い締めして抑えているのは、コールの右腕であり、コカトリス第三小隊副隊長のギラン・ロクシスだった。
「なんでテメーは、焰術士のクセにいっつもそんな、冷静沈着なんだよ。聖人君子みたいなツラしやがって……」
「あんたがいつもそうやって隣でぶちキレてるからでしょう!?それでオレまで一緒に怒って突っ走ってたら、この部隊はどうなるんだよ!お前も隊長になって長いんだから、そろそろリーダーとしての自覚を持ったらどうなんだ。お前の行動しだいで、部下の命が左右されるんだからな」
元々コールの幼馴染みであるギランは、隊長と副隊長という立場になっても、やはりコールに対して遠慮することはなかった。
「ほんと、ギランさんが居てくれてよかった……。この部隊の良心。隊長にあそこまで言えるのはあの人ぐらいしかいないからな……」
焔術士のケンが、二人のやり取りを見ながら言う。
「だからでしょ、いつまでたってもギランさんが隊長のお目付け役として副隊長なんてやらされてるのは。ほんとはギランさん自身も、どこかの部隊で隊長をやっててもおかしくないような人なのに」
いつもコールを目の敵にしている風術士のオーランドは、馬鹿にしたように言った。
「でも、今回ばかりは、コールさんが怒るのも分かりますよ。聖術士がいないから、適切な人材を寄越してくれって、ずっと人事院に要請し続けていたのに、やっと与えられたのが、小国の王女サマだなんて」
パーティー最年少の地術士フリンは、その場を取り成すように言う。
「お前ら、全部聞こえてるぞ……」
「す、スミマセン、ギランさん」三人の言葉が被る。
「リオンは術士に特化した国として有名だ。王女様って言っても、有能な術士かもしれないだろ」
「……んなわけあるか。ワガママなお嬢様に決まってる。面倒なことになるようだったら、ふん縛って寮の部屋にでも閉じ込めといてやろう。そうすれば戦場で足を引っ張られるよりマシだろうよ」
冷静なギランの分析に対して、悪態を付いたのはコールだった。
「だから止めろ……」
物騒なことしか言わないコールにギランは必死で突っ込みを入れる。
「静かにしろ。そろそろ、ほんとうに本人が来るぞ」
ギランよりも輪をかけて冷静な水術士エリンワルドが吐き捨てるように言った。
「私は、縛られて閉じ込められるのか……?」
一同が、凍りついたように静まり返った。
部屋の入り口に、金髪碧眼の少女が静かに佇んでいた。
一同は、少女のあまりの美しさに、息を呑んでいた。
さらさらとした金髪は、肩の上で綺麗に切りそろえられ、けぶるような金のまつ毛に縁どられた空色の瞳は、夜空に瞬く星のように、静かな光を湛えている。
誰も、クアナ・リオンが西大陸一の美姫と呼ばれているのを知らなかった。
静まり返る隊員たちの中、すっくと立ち上がったコールは、コツコツと真っ直ぐに少女の前に歩み寄り、第一声を発した。
「これは失礼をした。俺が本部隊、コカトリス第三小隊の隊長を務める、エンティナス・コールだ」
リオンの王女は小柄だった。
長身のコールを前にすると、子どもと大人ほどの体格差がある。
そんな幼女のようなリオンの王女は、考え込むように顎に指を当てると、上目遣いでじっとコールの顔を見詰めた。
「あなたは、魔法使いというよりは、お姫様を救い出す騎士のようだな……」
「なっ……」
澄ました顔をして、いきなり何を言い出すんだこの女は。
ギランが盛大に吹き出す。
「クククク……よりによって、『騎士様』だと!やっぱり血は争えないと言うことですかね、コール隊長」
ギランは笑いを嚙み殺しながらコールの肩を叩いた。
「よく分かっていらっしゃる、リオンの姫君。私は副隊長のギラン・ロクシスです。実際、うちの隊長は、騎士の家の出身なんですよ。それも、ランサーでは一、二を争うぐらいの、超名門武家のお坊っちゃまだったんですから……。今では見る影もありませんけど、エンティナスにいた頃は、血管が透けて見えるぐらい白くて、線が細くて、その貴公子然とした姿は、領内の奥様方の注目の的でした……」
「キサマ……殺されたいのか……?」
コールが射殺すような視線でギランを睨みつけている。
「そのぐらいにしてください、ギランさん。本当に殺されますよ……!」
今度は隊員たちが慌ててギランを止める。
「こんな野蛮なやつらなんか、放って置きましょう、お姫様。お初にお目に掛かります。僕はラマン・オーランド、風術士です」
柔らかな金茶のクセ毛の男が優雅に跪いて、クアナの右手を取り、甲に口付けをしながら言った。メンバーの中では、一番華やかな見た目のこの男は、魔法使いというよりは、貴族の御曹司と言った風情。
「俺は、ケンといいます。焔術士です」
オーランドとは対照的に、木訥そうな男。
「僕は、フリン・ミラーです。地術士です。一昨年学院を卒業したばかりなので、貴方と一番年が近いですよ」
隊員たちはわいわいと自己紹介を始めた。
なんだかんだ言って、隊員たちは、超美形の女子の出現にテンションが上がっているのだ。
「それから、あと紹介していないのは、あそこに座ってるエリンワルド・カイルですね。アイツは無愛想で、挨拶なんかしないと思うので、私が代わりに紹介しましょう。隊長と私はどちらも陰術士で、三番手のエリンワルドは水術士。隊員は現在六名ですが、そのうち陰術士が四人、陽術士は二人しかいない上に、聖術士が一人もいないという致命的な状況です。貴方が純白の呪力を持つ陽術士なら、聖術士としての活躍を期待しています。まさに、貴方は我々の救世主なのですよ」
ギランが部隊の状況を説明した。普通なら、そりゃいったいどんな状況だ、と呆れ返るところだが、クアナは今一つピンと来ていない様子で
「はあ……」と、手応えのないリアクションだった。
「調子狂うな……。実戦経験はあるのか?」
コールが聞くと、クアナは首を横に降った。
「魔物の討伐は、臣下の術士たちがしてくれていたんだ。実戦経験は、一切ない」
「なん…だ…と……?」
「待て、コール、初対面からキレるのはやめろ」
ギランが先んじてコールを止める。
「ちっ……だから言わんこっちゃない。こんな、『素人』を寄越すとは……っ。言っとくがな、王女サマ。俺はお前をお客さま扱いするつもりはないぞ。こうなったらお前を、そのご立派な法衣を纏うに相応しくなるぐらい、徹底的に鍛えてやるからな!覚悟してろ」
びしっと人差し指を突きつけるコールに、「さっきまで、ふん縛って閉じ込めておくとか言ってたのに……」と隊員たちがざわついたのは、言うまでもない。
クアナは目の前で繰り広げられるやり取りを呆気に取られて見ていた。
いったいなんなんだこの騒々しい男たちは。クアナが出会ったコカトリス第三小隊の術士たちは、クアナが馬車の中で震えながら想像していたランサー人たちからは、はるかにかけ離れた者たちだった。
ともあれ、このようにして、後にランサー帝国の命運を揺るがすこととなる、聖術士クアナ・リオンと、闇術士エンティナス・コールは、その運命的な出会いを果たすこととなったのだった。