(2)
「さ、里帰り……?ほんとうに、……そんなことが許されるのか?」
クアナの顔は、思いがけないプレゼントを貰った子どものように、手放しの喜びに輝いていた。
コールは胸が痛んで、思わず顔をそらしていた。
クアナは愚痴一つ言わないが、本当はまだ十代の少女だ。家が恋しくないはずがないのだ。
「皇帝陛下は慈悲深いお方だ。お前の普段の働きを見て、礼を尽くしてくださったんだよ」
「……なんかものすごーく裏がありそうな話だけど、大丈夫なのかな。これはいったい、なんの陰謀?」
オーランドが空気も読まず、興味津々で突っ込んでくる。
「やめろ、せっかくクアナが素直に喜んでるのに。水を差すな」
コールは思わずそう言っていた。
オーランドは腕組みしながら膨れて言う。
「もー相変わらず隊長は、姫には甘いんだから」
「でも、なんだか楽しみですね、クアナ姫の故郷が、どんなところなのか、とても気になります」
フリンがニコニコしながら言う。
「旅行気分じゃないんだぞ」
ギランは釘を刺す。
かくして、クアナは十五日間という長期休暇を国から頂き、コカトリス第三小隊のメンバーとともに、約一年振りの故郷に、帰還することとなったのだった。
ランサー帝都から、リオン王国王都ラナキアまでは、騎馬にて片道約五日間の旅だった。
クアナが約一年前、花嫁行列のように辿った道を、逆に辿ることになるのだ。
道中、たまに現れる魔物たちは、七人が交代で倒した。
「たった七人だからな。呪力は大事に使えよ」
コールはメンバーに釘を刺しておいた。
呪力は、休めば一定回復するものだが、万一何か不測の事態が起こった時のために、温存しておく必要がある。
「雑魚狩りでレベリングとはまさにこのことだね。クアナ姫、呪力の所要量を上げるため、存分に鍛えましょう……!」
オーランドは相変わらず楽しそうだった。彼は目的が何であれ、術を思う存分ぶっ放して敵を倒せるのが楽しくて仕方ないらしい。
「お前はやっぱり、愉快犯の気質があるな……」
ケンはそんなオーランドに突っ込みを入れる。
「なんか……本当に楽しい。みんなのお陰だよ。一年前、同じ道を逆に辿った時は、こんな未来が待ち受けてるなんて、想像も出来なかった」
クアナは、周りの六人を見ながら、しみじみと言った。
「僕たちも、まったく同じ気持ちですよ、クアナ姫。貴方が僕たちのメンバーになると聞いた時、こんな未来が待ち受けてるなんて、思いもしなかった。とんでもないお嬢様が現れて、チームを掻き乱されたらどうしようと、戦々恐々としてたんですから」
クアナの隣にいたフリンが、本音を言う。
「クアナ姫がいま、『楽しい』と思って頂けるのは、ひとえに貴方の優しい人柄の賜物ですよ」
「フリン、お前もたまには良いこというじゃん!泣かせるね~」
オーランドが喝采を挙げる。
「なっ、茶化さないでください。僕は真面目に言ってるんですから……!」
「抜け駆けして口説こうったって無駄だからね。クアナ姫の心の中は、悪い魔法使いのことでいっぱいいっぱいなんだから」
オーランドが釘を刺すように言う。
クアナは飛び上がる。
「やめて!オーランド、そんなんじゃないって、何回言ったら気が済むんだ……!」
隊長も聞いている中なのに……!
クアナは涙目だった。
「じゃあ、クアナ姫には、僕が求婚することにしようっと……!コールのこと、好きじゃないんだったら、受け入れてくれるよね……っ」
オーランドが追い詰めるようなことを言う。
「とことん性格曲がってるよな、おまえ……」
ケンがため息を付きながらぼそりと呟く。
「オーランドさん、お願いですから、それ以上苛めるのはやめてあげてください、何回も言ってますけど、クアナ姫はまだ十七歳の乙女なんですよ……っ」
フリンがいつものように、真面目に悲鳴を上げる。
パーティーの先頭を行くコールと、しんがりを勤めるギランとエリンワルドは、やかましい若者たちの問答を、完全に黙殺していた。




