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「これはいったい何事だ」
オーランドとクアナの特訓の日々が始まってから数ヶ月が経った頃、前回に倣ってコカトリス第三小隊が非番となる日の前日に、クアナは、コールに勝負を申し込んだ。
軍の演習場には、どこから聞き付けたのか、たくさんの観客が集まってきていた。
「僕は人事院にも、ツテがあるからね。事情を説明して、今日だけ演習場で、召喚術の使用を許可してもらったんだ。もちろん、エリンに頼んで、結界も解いてもらっている」
ギャラリーは大盛況だった。
事情が変わって(クアナがコカトリス第三小隊にあてがわれているのが、皇帝の差し金と分かったため)、コールが箝口令を解いていたので、リオンから来た姫君が、相当な腕前だと言う噂は、すでに帝国軍中の知るところとなっていた。
みんな、最強の闇術士と、リオンの王女にして優秀な聖術士クアナが本気勝負して、どんな闘いになるか、興味深々なのだ。
「憎たらしい闇術士が、完膚なきまでに叩きのめされるところを皆さまにご覧になっていただかないとね!」
オーランドは自信満々だった。
「実際、どう思いますか?ギランさん。クアナもランサーに来てからここ一年弱で、だいぶ実践を積んで強くなったし、可能性はありますかね?」
ケンが隣に立つギランに尋ねる。
「まあ、普通に考えればまず、十中八九、無理だろうな。たった一年で縮められる差じゃないだろう」
コールとクアナの勝ち負けの可能性は、客観的に見て九体一が良いところだろう。学院では当然、対術士戦を想定した戦術も学ぶし、何よりコールには十年近い実戦経験がある。
クアナのポテンシャルがどれだけあったとしても、こと闘いに関してはど素人だったクアナに、敵う相手ではない。
「ただ、可能性は低いとは思うが、あるとしたら、コールがクアナにマジ惚れしてた場合だな。好きな女は殴れないだろう?」
「真面目な顔して言わないでください……ギランさんって、そう言う冗談言うんですね……」
ケンが引き気味に言う。
「それにしても、前から思ってたけど、オーランドくんってさ、絶対、性格悪いよね」
オーランドの先輩にあたるエレンが突っ込む。彼女も同期のコールと、その初めての女部下が勝負すると聞き付けて、心配になって駆けつけたのだった。
「心外だなあ……!貴方だって見てみたいでしょ。完全無欠のコールに土が付くところを」
「違うわよ。そんなことよりも、私はあのか弱いお姫様の方が心配で堪らないの。ただでさえ、知らない土地に無理矢理連れてこられてツラいのに、こんな大舞台まで仕込まれて、注目の的になったら、プレッシャーになるに決まってるじゃない」
エレンの中での王女クアナは、ホームシックでシクシク泣いていたか弱い乙女のイメージしかない。
「エレン、それは彼女を甘く見すぎだよ。あの娘を見た目通りのか弱い少女だと思ったら大間違いだ。彼女にも、術士としてそれなりの闘争心がある。僕も、自分の好奇心を満たすためだけに彼女を鍛えたんじゃないんだよ。クアナは、次こそはコールに勝ちたいって言う気持ちで、自ら僕に、指南を求めてきたんだからね!」
「や、やりづらいなあ……」
クアナを目の前にしたコールは、完全なヒールだった。
オーランドはこうなることを予想して、こんな大掛かりな舞台を用意したのかもしれない。観衆の力によって調子を狂わされ、大番狂わせが起こるのは、よくある話だ。
いや、別にクアナに絶対負けたくない、とか、そう言う話でもないのだが……。そう考えさせられている時点で、すでにオーランドの手の内ということか。
さらにその上、コールは目の端で、ある人物の存在も確認していた。
ランサーの軍服を着て、兵士に紛れているので、誰もまさか、そうとは気付かないだろうが、いつも間近で会話をしているコールには分かった。
『御前試合』かよ……。勘弁してくれ。
そう、ランサー皇帝オーギュスト二世その人本人までもが、コールとクアナの勝負の観戦に来ていたのだ。
コールは始まる前から完全にペースを乱されていた。




