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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第六章:十七歳の箱入り娘は、残念ながら完全に罠に嵌まっていた
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(3)

「なんか、疲れてないか、この()

 少し身体が動くようになったクアナは、その場に座り込み、肩で息をしていた。

 遅い……。

 まさか、誰もクアナのことなど、探してくれていないのか?

 クアナが城に帰ったと思って、梯子酒でもしてるんだろうか、そうだったらコールのやつ、呪い殺してやる。

「呪力を使い続けてるせいだろ。良く知らんが、術ってのはそんなに無尽蔵に使えるものじゃないらしいからな。ほっとけばそのうち、術力が切れて、この厄介な壁も消えるんじゃないか……?」

 男の言う通り、防御壁を張り続けているせいで、クアナの呪力は大分消費されてしまっていた。

 あてにし過ぎたかもしれない……。

 誰かが助けに来てくれることを前提にしたやり方だった。

 あとどのぐらい、呪力がもつだろうか。

 防御壁をやめて、この二人を動けなくする方法を考えた方がいいだろうか。

 手持ちの術の種類はたくさんあるはずなのに、窮地に立たされた時、妙手が思い浮かばない。

 王女として大切に育てられたクアナには、戦術を考える能なんてない。

いつだって、クエストで作戦(オペレーション)を考えてくれるのは隊長(コール)だった。

「隊長……どうしたらいいの……!?」

 そう呟いた時だった。

 水術の気配がして、地下室のドアが破られた。

 クアナは思わず振り返る。

「〝深淵からの召喚〟」

 聞き慣れた、隊長の術名(スペル)だった。

 世にも恐ろしいグールたちが、地下室の闇の中からわらわらと姿を現す。

 なびく黒髪。悪い魔法使いと言うよりは、まるでお伽話の騎士のような、精悍な顔立ちの闇術士が、醜悪な姿のグールたちを引きつれて颯爽と登場した。

 あんなに恐ろしいと思っていたのに、あんなに、憎たらしい隊長だと思っていたのに……。

 今はこんなにも、目の前に現れた醜悪な魔物たちが頼もしい。

「な、なんなんだコイツらは……!?」

「闇術ですよ……」

 男たちが震え上がる。

「闇術士って言ったら、一人しかいないだろう」

「『龍殺し』の、エンティナス・コールだ……」

 二人の声が重なった。

「変な渾名を付けられたもんだな、俺も」

 我らが隊長は、当然のことながら、いつも通りぶちキレていた。

「俺の大切な部下をよくも泣かせてくれたな……生命はないものと思え」

 どす黒い闇の呪力に包まれたコールは、完全に、『恐怖の暗黒魔術士』だった。

「ひーーっ、助けてくれー」

 コールはわざと怖がらせるように、じわじわと男たちを追い詰める。

「あーあ、良いとこ全部持ってかれちゃったな。乙女の窮地(ピンチ)を救う英雄(ヒーロー)じゃんか」

 オーランドが心底残念そうにぼやく。

「ま、待ってくれ……っ、俺たちも、命じられてやっただけなんだ……!」

 ところが、コールはその言葉に、はたと我に返った。

 『命じられてやった』……?

 何かこの感じ、前にも味わったことがあるような……。

「『命じられてやった』、そう言ったな?いったい、誰に命じられてこんなことを……?」

「しっ、知らねえよ。誰か知らないけど、見たこともない貴族の小姓みたいなやつが、このお嬢さんをかどわかして、怖がらせたら金貨百枚くれると言ったんだ」

「良く分からないな、……こんなことして誰が得するんだろう」

 オーランドも首を捻る。

 危険だ……。罠のにおいがする……。

『乙女のピンチを救うヒーロー』……?

 たしかにこのお約束の構図(シチュエーション)、作られたように完璧だ。

「まさか……」

 コールは今度こそ、腸が煮えくり返るように怒りが込み上げてきた。

 あのクソ皇帝、お遊びが過ぎるぞ……!

 こっちは本気で焦らされて、必死でクアナを探し回ったと言うのに……!

 コールは心の中で叫んだ。

 謀略が大好きなあの「自称友人」は、どうやら本当に、コールとクアナをくっ付けようとしているらしい。 

『乙女のピンチを救うヒーロー』だと……?

 ――罠だ。とんでもない罠だ。 

「その手には乗るかーーーーっ!」

「隊長、どうしたんだ?ついに発狂したのか……?」

 事情を知らないオーランドとエリンワルドは、顔を見合わせて肩を竦めた。

「……ったく。」

 コールはため息をついて、防御壁を解いたクアナの傍に歩みより、戒めを解いてやった。

「怖かっただろう、可哀想に……」

 一番可哀想なのはコイツだ。

「遅いんだよっ……!本当に、見捨てられたかと思ったじゃないか……!」

 クアナは本気泣きしていた。

 クアナのけぶるような金の睫毛に、小さな水の粒がいくつもいくつも光っては落ちていく。

「お前は術士としては最強なのに、本当に泣き虫だな」

 コールは呆れて言った。

「あんな奴ら、お前が本気出せば一瞬で消し屑に出来るだろう……?」

「出来るわけないだろう!私は人質だぞ!私がランサーの兵士を殺したりしたら、母国にどんなおとがめがあるか分からない……っ。手加減しながら闘う方法なんて、分からないし……」

 しゃくりあげるクアナを見て、コールは、なまじ強いから忘れられがちだが、クアナが世慣れしていない箱入りのお姫様で、人生経験も浅いたった十七歳の少女だと言うことを思い出した。

「クアナ。お前はこの国の、窮地を救うかもしれない大切な救世主だ。ランサー帝国は、やり方は悪いかもしれないが、リオンに要請して、お前を借り受けているだけだ。ランサー帝国(おれたち)は、そんな大切なお客様であるお前のことを、けして無下にしたりはしない」

 コールは、跪き、クアナに目線を合わせながら、幼い子どもに言い聞かすように、噛んで含めるように言ってやった。

「そして、俺は、どんなことがあってもお前を守る。……なんせ俺は、皇帝陛下ご本人から直々(じきじき)に、お前を大切に守り育てよと、特命を受けているからな」

「……そう言うこと。正直クアナは人質としては成り立っていないよ。リオンの術士の兵力は、喉から手が出るほど欲しいものだし、クアナはランサーに取って、多少のことで失っていいような存在ではないからね」

 オーランドも補足するように言った。

「もちろん僕らも、みんな、クアナの味方だよ」

 クアナはやっと、涙を拭いて立ち上がった。

「……分かった。みんな、ありがとう」

 あの……我々のことを忘れていませんか……とでも言いたげに、悪漢役の二人がこちらを伺っている。

「お前らもなあ、たった金貨百枚のために、こんな、下衆な振る舞いをするなよ。ランサー帝国の兵士の名折れだぞ」

 そう言うコールの表情には、もう先ほどのような怒りはなかった。

「つまり、お前たちは、命じられて、コイツを怖がらせるための演者になってただけで、本気でコイツの貞操を奪うつもりはなかった、そう言うことだろう」

 そうでなかったら承知しないぞ。

 男たちはうんうんと必死に頷いていた。

「帝国軍の軍人を襲うなどもってのほかだ。本来なら厳罰が下されるところだが、こんなくだらんことの片棒を担がされたお前らがあまりに憐れだから、今回だけは見なかったことにしてやる」

 阿保くさいにもほどがある。

「だから隊長、いったい誰が何のために、こんなことしたんですか?」

 オーランドはもう一度言った。

「それだけは言わんっ。絶対に……!」

 皇帝が何を企んでいるかなんか、コイツらには口が裂けても言えないことだ。


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