(4)
第一のクエストである、神獣討伐の後、オーランドが人事院に呼ばれていたのとほぼ時を同じくして、コールもまたランサー城の一室に呼び出されていた。
コールが部屋に着いた時、そこには誰も居なかった。
ランサー城に数多く存在する文官たちの執務室の一つ。相対する椅子と机が並べられただけの、質素な部屋で、周囲からは人が払われているのか、とても静かだった。
コールはとても警戒していた。折しも神獣のクエストで、コールは命を狙われたようなものだったからだ。
自分を呼び出した相手が誰なのか、コールは一切知らされていなかった。
コールは目を見開いた。
部屋の扉が静かに開き、入ってきた人物は、艶やかな長い銀髪を後ろ手に結び、紫の瞳を持った美しい青年だった。
ランサーの国民であれば、誰もが知るその人物……
「陛下……」
銀髪の青年は、人差し指を立てて唇に当てると、蠱惑的な笑みを浮かべて言った。
「しーっ……。いいかい、今の私は『ただのオーギュスト』だ。私がここに来たことは秘密だよ。でないと、私の立場がないからね。ランサーが闇術を禁止している以上、今の君は皇帝に楯突く反逆者、そうだろう?」
では、いったいなぜ陛下が、そんな自分なんかと、畏れ多くも差し向かいで話をしようなどと言うのだろう。コールは冷や汗をかいていた。
「くくく……そんなに慌てなくてもいいよ。今すぐに君をどうこうするつもりはないから」
男は優雅な仕草で椅子に掛けると、コールの顔を真正面から見据えながら言った。
「前々から君には、興味があったんだ。王国最強の術士の噂は飽きるほど聞かされているからね。『私に楯突く反逆者』が、いったいどんな器なのか、自分の目で確かめてみたくなったんだ」
鉱石のように複雑な色を見せる紫の瞳が、獲物を見定めるようにコールを見つめている。
「……ちなみに、神龍って、倒せると思う?」
唐突な問いに、一瞬、何を問われているのか理解が追い付かなかった。
「ちょうどいい具合に、シノンに神龍がいるだろう?しかも、翼の色は『闇色』だと聞いているよ」
「へ、陛下は、術にも造詣が深くていらっしゃるようで……」
コールはやっとのことでそれだけ言った。
目の前にいるこの人物はいったい、何者なんだ?ちょっと術に興味がある、程度の知識では、この思考回路は生まれないぞ。闇術が魔物の召喚を事とする術で、しかも、使役できる魔物が漆黒の呪力を持つ魔物だけだと言うことまで、知識として知っているわけか。一国の王が、そこまで……?
「どうなんだ、コカトリス第三小隊の手に負える相手だと思うか?」
コールは必死に思考を働かせた。この質問は何なのだ?頷くべきなのか、否定すべきなのか、どちらが正解だ?
「……うちの部隊の術士は、精鋭です。他の部隊ならばいざ知らず、小回りのきく少数精鋭で、どちらかと言うと、ドラゴンの討伐には向いている部隊かと……」
この人の目は誤魔化せそうにない。コールは正直に思ったことを口にすることにした。
「正解だ。……そうなんだ、『私がそうした』からね」
その一言に、コールは完全にやられていた。
『私がそうした』……?
なぜ、禁術とされる闇術の使い手である自分が、たった二十五歳の若さで、小隊長とは言え、一部隊の長に抜擢されたのか、
なぜ、コカトリス第三小隊とは名ばかりの、たった五人しかいない部隊だったのか、
そして、先日のクエストで、コールは気が付いていた、コカトリス第三小隊のメンバーは、選りすぐられた精鋭だ。
荒削りかもしれないが、五人が五人とも、将来は部隊長クラスになれるほどの術士としての実力を持っている。
この五人ならば、伝説級の魔物相手でも、いい勝負が出来るかもしれない。
だが、なぜ、コールを追い落とすだけが目的のはずの、捨てゴマのはずの四人が、精鋭揃いなのか、
すべての疑問が、パズルのピースのように嵌まっていく。
総ては、コールに神龍を討伐させるため……?
第一のクエストにしても、この人が本筋を考えて、指示を出した可能性も出てくる。
第一のクエストですら、この人の考案した『試験』だったとしたら……。
「怖がらなくても大丈夫だよ、帝国最強の術士よ。私は、『君の味方』だからね」
まるで子どもをあやすかのように、その男は言った。いまや完全に、コールの心はこの恐ろしい王に支配されていた。
「君の処遇には、正直頭を悩ませていたんだよ。いつまであんな諸刃の剣を野放しにしておくつもりだ……って、私にチクチク言ってくる諸侯たちは後をたたないし。私の一存で君を登用するか、罰するか、決めるのは簡単なんだ。でも、私も正直なところ見定めかねている、エンティナス・コールは帝国にとって災いなのか、福音なのか……?だからこうして君に、直接会いに来たんだけどね」
紫の瞳の男は、宣言するように言った。
「最終試験だよコール。そなたにシノンの黒龍の討伐を命じる。それが見事叶った暁には、エンティナス・コールに『禁術』の使用を認める勅令を出し、正式に私が、エンティナス・コールを支持することを、諸侯に示そうと思う。諸侯を納得させるためには、それなりの材料が必要だ。ドラゴンを倒したとなれば、世論の支持はエンティナス・コールに流れるだろう」
たしかに、英雄譚に語られるのは、いつの世もドラゴン退治だ。これほど単純明快で、分かりやすい構図もないだろう。ここまでの筋書きを考えての人事だったと言うわけか。もちろん、コールが失敗した時のことを考えて、バックに皇帝の采配があることは完全に伏せられている。
「私は君の味方だよ。でも、忘れないでほしい。もしもこの先、君が私を裏切るようなことがあれば、……分かっているよね、私はどんな手を使ってでも、君を地獄に落とす」
コールは頭を下げて言った。
「……仰せのままに、陛下」
裏切ることなど、出来るわけがない。ランサー国内で、この人より恐ろしい人間は、他にいないだろう。




