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こうして、コカトリス第三小隊の五人は、騎馬にてシノンのドラゴンの縄張りへと乗り込んだ。
コールがクエスト攻略の戦術として第一に頭を悩ませたのは、ドラゴンと戦うポイント選びだった。
見通しの良い平地を選ぶのか、それとも身を隠す場所の多い森林や山間部がいいか。それだけでも戦い方が大きく違ってくる。
コールとギランが喧々諤々しながら選んだのは、後者だった。戦術云々以前に、最悪、呪力切れで撤退を余儀なくされた場合、身を隠す場所のない平地で、ドラゴンから逃げ切るのは至難の業だからだ。
コール達は、シノンの山中まで馬を進め、手頃な場所で野営し、敵の訪れを待つことにした。
「このままドラゴンが現れなければ、シノンにドラゴンは居ませんでした、で済ませることが出来るんじゃないか?」
ケンが冗談とも本気ともつかないことを言う。
「ドラゴンが居ることに間違いはないよ。多数の目撃証言があるし、うっかり入り込んだ人間が殺されてしまったという報告も、絶えないそうだ」
コールが説明する。
厄介なことは、通常の魔物と違って、ドラゴンを封じる結界や封印術がないことだった。可能ならとっくにそうしたはずだが、聖術でもドラゴンを封印することは出来ないらしい。
「どちらかと言うと、さっさと現れて欲しいところだな。ドラゴンを探して彷徨ってるうちに、体力を消耗したくない」
だがそんな心配をする必要もなく、ドラゴンが姿を現したのは、コール達がそんな話をしてから、数刻も経たないうちだった。
「なんだ?この異様な雰囲気は……」
全員が、それまで感じたことのない、ピリピリとした威圧感を感じていた。
ドラゴンの怒りが、空気を震わせているかのようだった。
「……来た」
空を切り裂くようにして、真っ黒な神龍が姿を現した。
シノンのドラゴンは、噂に聞く通り、闇色の竜鱗におおわれ、巨大な翼を持っていた。身の丈は人間の倍以上ある。
『畏怖』……そんな言葉が脳裏に浮かんだ。明らかに、その辺りの魔物とは格が違う。
「ダメだ……みんな、気圧されるな。敵の能力が分かるまで、まずは身を隠すんだ」
コールは、自分を含め、メンバーを奮い立たせるために、ここに来る前にパーティーに伝達済みのことを、もう一度言った。そうしなければ、戦う前に圧倒されてしまいそうだった。
「〝深淵からの召喚〟」
闇色の翼を持ったガーゴイルが一体、姿を現す。
手筈通り、まずコールが木の影に身を隠しながら、召喚術により呼び出した魔物を、遠隔でドラゴンと対峙させた。
闇術士ならではの戦い方だ。通常は、術士と言っても生身の身体で敵と対峙しなければならないので、相手の攻撃から身を守りながら術を使う必要があるが、闇術士だけは、召喚獣を遠隔でぶつけることが出来るので、安全な場所に身を置きながら戦うことができる。闇術士の大きなアドバンテージと言えた。
漆黒のドラゴンが吐くブレスは、火炎ではなかった。黒の化身の使う『呪力の鎌』に近い。漆黒の呪力が、奔流のように、口から吐き出されていた。
翼を持ったガーゴイルは、なんとかその奔流をかわして飛ぶ。
「これは、当たっただけで確実に死ぬな」
とは言え、ガーゴイルごときでは、はるかに格上のドラゴンを倒すことはできない。
ガーゴイルはあくまで『囮』だった。
ドラゴンが、『飛行』と『ブレス』と言う、翼を持たない人間にとって致命的な能力を持っている以上、まずはドラゴンの翼を剥ぐ必要があった。
風術士が複数居ればまたやり方は違ってくるが、火焔が主力のコカトリス第三小隊にとっては、接近戦に持ち込まなければ勝ち目がない。
「オーランド……頼むぞ……」
コールは離れた場所で攻撃の隙を伺っているパーティー唯一の風術士に向けて、祈るように呟いた。
前回のクエストでは力を抑えて戦っていたようだが、彼の力はあんなものではないはずだ。コールは配属初日、オーランドが演習場でプラタナスの葉を切り裂いていた様子を目にしている。彼が隠している本来の能力を出してくれれば、ドラゴンの翼を落とすことも出来るかもしれない。
「〝那由多の風〟」
ガーゴイルを相手に戦っているドラゴンの隙を見て、オーランドが、最大出力の風術をお見舞いした。
メンバーのうち、強力な遠距離攻撃が使えるのは唯一の風術士であるオーランドだけだった。
「僕の『本気』が見られるのは、今日だけだよ」
オーランドの強力な一手は、過たずドラゴンの翼を引き裂いた。
オーランドは手を緩めず術を畳み掛ける。
翼を奪うだけでなく、そのまま押しきろうとでも言うかのようだった。
「隊長と似た匂いがするな、アイツは」
ケンはその様子を見て呟く。
オーランドもまた、楽しそうだった。普段のクエストでは出す機会のない大技を思い切り使えることを、楽しんででもいるかのようだ。
「さすがだ、オーランド」
コールはオーランドに感謝の言葉を送った。
飛行能力さえなくなれば、攻略は一気に容易くなる。
戦闘は次の局面へと進んでいた。コールはガーゴイルを退けさせた。
「お前ら、一気にいくぞ」
身を隠していたギランとケンがドラゴンの目の前に進み出る。焔術は近距離の術だ。どうしてもドラゴンに近づく必要があった。
傷付いたドラゴンは怒り狂っており、目の前に現れた人間達に容赦なくブレスを吐きかける。
「〝秘色の障壁〟」
エリンワルドが水術の中でも最高位の防御術を放った。物理ではなく、呪力に対する防御術だ。
パーティーを守るように巨大な青い呪力の防御壁が現れ、ブレスを退ける。
「〝万雷〟」
二人の焔術士が同時に、最高火力の雷術を放つ。
深紅の十八番――雷系の術は防御無視の術。ドラゴンの硬い表皮でも易々と突き通す。
見ているこっちが痛そうだった。
四者が四様に、本気の全力の術をお見舞いし、袋叩きとはまさにこのことだった。
「チェックメイトだな」
コールは虫の息のドラゴンの前に進み出た。
どうやらもう、ブレスを吐く力も残っていないらしい。
その時だった。
「あーあ。ほんとはもうちょっと手こずらせて、みんなの呪力を削っときたかったんだけどな。黒龍なんて言っても、口ほどにもない。楽勝じゃないか」
オーランドはコールの首もとに、白銀色の風術の刃を突きつけて言った。
コールは全く動けなかった。オーランドの刃の切れ味は、先刻承知済みだ。
「だいたい、ドラゴンの討伐を命じて殺しちゃおうなんて、考えが浅はかすぎるんだよ。こないだのクエストの方がまだずっとマシな作戦だった。エンティナス・コールを確実に屠るなら、僕ならこんな、短絡的なやり方はしない」
滔々とそんな独り語りをするオーランドに、誰も何も口に出来ず、固唾を呑んで見守っていた。
可哀想に、何も知らないケンなどは、心底驚いていたことだろう。




