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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第四章:新生コカトリス第三小隊のパーティーは、有り合わせも良いところだった
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「お兄様が帰って来たって……っ!?」

 コール達の帰還を真っ先に出迎えたのは、エンティナス家の末娘、メラニーだった。

 コカトリス第三小隊が出兵を命じられたシノンの地は、コールの故郷、エンティナスからさらに北西へ騎馬で一日ほどの場所だった。何かと理由を付けて故郷に帰るのを嫌がっていたコールも、今回ばかりはさすがに素通りすれば母や妹に恨まれると、仕方なしに城へ顔を出すことにしたのだった。

 オーランドとエリンワルド、ケンの三人は、エンティナス郊外にある、北部地方を担当する帝国軍の術士部隊・タイタンの一部が配置されている要塞に逗留することになっているが、ギランだけは、昔のよしみでエンティナス城に招待されていた。

 子どもの頃以来のエンティナス城は、目にするものすべてが懐かしさでいっぱいだった。頑強そうな石造りの、城と言うよりは要塞のような見た目だが、内部は銀灰色の装飾で飾られ、エンティナスの名に相応しい威容を誇っている。

「六年振りでしょう?お兄様ったら、軍隊に入ったきり、全然姿を見せてくれないのだから」

 メラニーは無邪気な子どものように、コールにまとわりついた。それに合わせて、華やかなドレスのフリルが、くるくると踊っている。

「やめろ、うっとうしい。もう十六だろう?子どもじゃないんだから」

 もう、十六歳か。あどけない少女だったメラニーも、すっかり淑女になっている。丁寧に結い上げられた黒髪ときめ細やかな白い肌――メラニーはコールに似て美形だった。

「いいじゃない、ほんっとうに待ち兼ねていたんですから……!ねえ、ギラン。お兄様が神獣を倒した時のこと、詳しく話して聞かせてね……!」

「喜んで、レディ・メラニー」

 なんと、この兄にそぐわぬ天真爛漫なキャラクターだろうか。天使じゃないか。

「お美しさに益々磨きが掛かっているわ。こんな素敵な人がお兄様だなんて、お陰でメラニーは、お嫁に行けなくなっちゃう」

「……少し黙っていろ、メラニー」

 ギランは思わず吹き出しそうだった。分かっててやっているなら、相当な小悪魔だな。

 この可愛い人に、コールがキレた時の、悪霊に取り憑かれたような姿を見せてみたいものだ。

「いい加減にしなさいっ、メラニー。コールもギランも、遊びに来たんじゃないのよ」

 後から現れたエンティナス公夫人が、はしゃぐメラニーをたしなめる。

 夫人の言う通り、コールはドラゴンの討伐の為に帰還したと言うのに、エンティナスは凱旋ムード一色だった。コールが神獣を討伐したという噂は、遠くエンティナスの地にまで及んでいた。

「お帰りなさい、コール。よくぞご無事で。……少し休んでから、晩餐としましょう。ノエルもニコラも集まってくれないのよ、コールが六年ぶりに帰ってきたって言うのに、冷たいわよね」

「仕方ないでしょう。二人とも今は軍属なのですから」

 コールの二人の弟、次男のノエルは領地の騎士団に、三男のニコラは中央の帝国軍に、それぞれ所属していた。

 せめてノエルは顔を出してくれればいいのに、と思ったが、学院卒業以来、六年振りにコールとその父エンティナス公が顔を合わせると言う構図に、身の危険を感じたのかもしれない。

「俺も、晩餐に参加して構わないのですか?場違いではないでしょうか?」

 ギランがおずおずと聞くと、

「何言ってるの、あなたとコールの仲じゃない。それに、エンティナス公(あの人)とコールの間に、私とメラニーだけじゃ、仲を取り成しきれないわ。お客様がいれば、さすがの二人も、親子喧嘩なんて、見苦しい姿は見せないと思うから」

 夫人は心底困ったような顔をして言った。

 それだよ……。ギランも気が重かった。正直エンティナスの御仁は、ギランも苦手だった。


「お兄様と違って、ニコラお兄様は、休暇の度に帰ってきてくれるから、中央でのコールお兄様の噂はいろいろ聞いているの。現役の術士で一番強いのは、コールお兄様ですって!二十五歳で隊長を任されるなんて、聞いたことがないって言ってたわ。これなら、頭の固いお父様も、お兄様のこと、認めざるを得ないわよね、絶対!」

 うんうん……とメラニーは拳を握りしめて一人で力説している。

 ギランはなんだか切なかった。事実だけを見れば彼女の言う通りなのに……。中央の事情が、この純粋なお嬢さんの言葉通り、単純なものであれば、コールも苦労しないのにな。

 ホールの扉が開いて、エンティナス公が姿を現した。

『北の雄』エンティナス公に相応しいその姿。齢五十過ぎか……コールに似た精悍な顔立ち。だが、放つオーラは、コールとは比べ物にならないぐらい、威厳に満ちている。

 絶対上司にはしたくないタイプだ。この人の前では、下手に口も開けないと言うような、圧倒的な威圧感がある。

 メラニーもさすがに父が怖いのか、その姿を認めた途端、すっと静かになった。

 エンティナス公が席に着くと、みな、静かにその第一声を待った。

 何なんだこの緊張感は……。久しぶりに集まった家族の晩餐の雰囲気じゃないぞ。

「六年ぶりだな、コール。……お前の凱旋と益々の活躍を祈念して、乾杯しよう」

 ギランはホッとして盃を手にした。

 ところが、祝杯が交わされた後も、しばらくその場は無言で、誰も何も言葉を発しようとしなかった。かちゃかちゃと各々が食事をするカトラリーの音だけが響く。

 ギランも一言も発せなかった。何なんだよ、この重苦しい雰囲気は。いったいどうしろと言うんだよ。

「お、お父様、コールお兄様は、史上最年少で小隊長になったそうですね……!」

 メラニーが沈黙に耐えかねたように言う。ギランは無駄に緊張した。もうちょっと当たり障りのないところから始めようよ……。

「ああ。聞いているよ。父としても、実に鼻が高い」

 ぴくり、と隣のコールの眉が動く。

「父上、その件について、ぜひとも貴方にお礼をお伝えしたかったのですよ。今回のことには、父上からも、ご推薦をいただいていたとか……?」

「息子が優秀だという話は聞き及んでいる。そのぐらいのことはするさ」

「中央で、僕のことを小隊長に抜擢したあげく、排除しようと言う動きがあることも、ご存じの上で、ですか?もし、知らずにしたことだとしたら、よほど間が抜けた話だ、と思いましてね……」

 やめろ、コール。喧嘩売ってんじゃないよ……ギランは心の中で必死にコールに訴えた。

 ところがエンティナス公は、世にも恐ろしい笑みを浮かべて言うのだった。

「もちろん、そのぐらいのことは耳にしていたさ。我がエンティナス家の情報網を甘く見ない方がいい」

「お陰でこっちは死にかけたって言うのに、随分ですね」

 たまらずコールがぼやく。

「しかし、結果は、実に上手くいっていると思っているぞ。『虎穴に入らずんば……』と言う言葉もあるだろう。このまま、お前がドラゴンと闘い、華々しく殉教でもしてくれれば、我が家の安泰にとって、これ以上の誉はない、そうは思わんか……?」

 そのひと言に、コールは跳ねるように立ち上がった。

「ほざいてんじゃねえぞ、この老いぼれジジイが……っ!」

「やめて、コール……!貴方も、今のはさすがに言い過ぎよ……っ!」

 夫人が必死でコールを止める。可哀そうなメラニーお嬢様は、自分の発言が招いたことの成り行きに、蒼白な顔をして震えていた。

「絶対、生きて帰ってやるからな。っていうか、死んでも化けて出て、貴様だけは絶対に呪い殺してやる……!」

いったいどんな、親子関係だよ……。

つくづく、『この親にしてこの子あり』だな……。

無様な親子喧嘩はしないんじゃなかったのか……。

 ギランはいっそ、笑いがこみ上げてきそうだった。


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