(5)
「隊長、おかしい。広範囲に結界が破られている。こんな状況は見たことがない。まるで、人為的に解除されたかのようだ」
人為的に……?何者かがわざと結界を破り、魔獣を発生させたのだとしたら、なかなか手の込んだ嫌がらせだな……。
コールは焔術で獣を焼き払いながら、苦々しく思った。
「一つ一つ、綻びを修復していくしかないが、かなり時間は掛かるぞ」
コールはじりじりしていた。
あちらの三人も手間取っているようだし、このままでは早晩、アタッカーの呪力が切れる。
状況は悪化の一途を辿っていた。普通にすれば大したクエストでもないのに、こんなところで、まさか部隊を全滅させるわけにはいかない。
「仕方がない……」
出来れば不測の事態のために、自分の呪力は温存しておきたかったのだが。
「〝深淵からの召喚〟」
コールは召喚術を使うことにした。
コールの足元に、深い闇の淵が顔を覗かせる。
「これは……?闇術か……」
エリンワルドがつぶやいた。
パーティーのメンバーの中で、コールの術を目にしたことがあるのはギランだけだった。噂だけはいくらでも耳にするが、誰もコールの実際のスペックは知らない。
闇の中から、夥しい数のグール達が姿を現す。
グール達は、魔獣に取り付き、羽交い締めにしてその動きを止めていく。魔物が魔物を制するとは、通常の戦場では目にすることのない、異様な光景だった。
「ひっ……、ひー!なんだコイツらは……っ!」
距離のあるはずのオーランドたちの元にも、グール達は現れ、そのあまりに醜悪な姿を見た商人たちは、悲鳴を挙げた。
グールたちは次々に魔獣をねじ伏せていく。
過たず魔獣だけを狙っているため、商人たちが巻き添えを食らうこともない。
遠隔でも使役が出来るのか。便利な術だ。オーランドは見たこともない闇術士流の戦い方を、冷静に分析していた。闇術士がいれば、戦術の幅が広がるな。
こりゃ、処置なしだ。ここまでか……。オーランドは無駄な足掻きはやめることにした。
「皆さん、グールが魔獣を押さえている間に、早く逃げてください」
オーランドは速やかに商人と警備兵達を離脱させた。
後は簡単だ。焔術士が淡々と後始末をするだけ。
キャラバンが退避したのを見て、コールは召喚していたグール達を退かせた。
それを合図に、「〝燎原の火〟」ギランとケンが同時に術を放つ。
巨大な焔は辺りを一気に焼き付くし、魔獣たちを一掃していった。
「なんとか、……片付いたな」
コールは遠く、燃え盛る炎を見ながら言った。
「いや、……隊長、とても嫌なことを言ってもいいか?」
結界の修復を進めていたエリンワルドが心底言いにくそうに言った。
「この上、いったいなんだと言うんだ……」
「この地には、どうやら何か大きな者が封じられていたらしい。ご丁寧に、その封印まで解き放たれている」
「大きな者……?」
コールが言うのと同時だった。神聖な呪力の気配、しかも巨大な……
離れた場から見ていたギラン、ケン、オーランドも、各々が息を呑んで見上げた。
今まで相手していた魔獣達とは桁違いの、巨大な獣が、あたりを引き裂く咆哮とともに姿を現した。
白いたてがみの、美しい獣だった。
「これは、……神獣?」
数十年に一度の割合ぐらいで、このクラスの魔物を相手する討伐が発生する。普通、神獣クラスの討伐をするためには、入念に下準備がされた、術士の中隊が派遣される。
ギラン、ケン、オーランドの三人も、慌てて二人の元へ集結した。




