(3)
「俺とお前は、境遇が似てると思わないか?名のある家門の生まれでありながら、術の力に魅了されて、わざわざ家を棄ててまで術士の道を選んでいる」
オーランドはついさっきまで考えていた図星を指されて、思わず言い返した。
「あなたなんかと一緒にしないでください。僕はただの風術士ですよ。あなたみたいに、わざわざ禁を侵してまで危険な術に手を染めようなんて絶対に思わない。……それに、僕はラマン家の次男です。僕にはハナから家門を継ぐ資格なんてありませんでしたから。超名門武家の家督を譲ってまで、わざわざ術士になるなんて、僕からしたらとても正気の沙汰とは思えない」
「なに……?」
穏やかだったコールの顔色が変わる。
オーランドはまずい……、と思いながらも、気持ちが高ぶって、自分の言葉の奔流を留めることが出来なかった。
「なぜ、そんなに闇術に拘るんですか。禁術など使わなければ、目を付けられたり、敵を作ったりすることもないのに。貴方ほどの使い手なら、焔術や地術の技を磨けば、それだけでも術士として充分に名を成せるでしょう。僕には、貴方が禁術に拘るあまり、自ら自分自身を破滅させようとしているようにしか見えない、あなたの姿はむしろ、滑稽にすら見えますよ……」
オーランドが言い切る前に、コールは、オーランドの胸ぐらを掴んでいた。
殴りたければ好きにどうぞ……オーランドは完全に捨て鉢状態だった。
「何とでも言うがいい。……お前の言い分は分からないでもない。俺も逆の立場であれば、お前と全く同じ感想を持ったことだろう」
コールの怒りが、どす黒い呪力となって身体中から噴き出しているように見えた。
「だが、どれだけの代償を払ったとしても、『掛けるべき価値』があると思うから、しているだけだ。自分以外の他の誰に頼むことも出来ない、漆黒の呪力を持つ俺にしかできないことだ。俺がいま、ここで道を拓かなければ、闇術は、後にも先にも、誰にも省みられることなく、葬り去られるだろう」
コールはそこまで言うと、言うことはそれだけだとでも言うように、掴んでいた手を離した。
……こいつ、やっぱりバカだ。こういう手合には、何を言っても無駄だ。
オーランドは、毒気を抜かれたような気持ちになった。殴られると思ったのに、その口から出てきた言葉は、まるで祈りの言葉のようだった。
「つまるところ、『自分の術が大好き』ってことですね……」
オーランドは溜め息をついた。
地位も名誉も棄てて、その身を擲ってでも、闇術の開拓者になる……か。
そこに、駆け引きなど存在しないのだ。
因果なことだな。
僕も含めて、術士というのはみんなそうなんだ。
大なり小なり、自分の力を愛してやまない。こんなにも素晴らしい力を持っているのに、使わないなんてもったいない、そう思いながら毎日戦っている。
出来ればこの人が、闇術を諦めてくれれば話は簡単だと思ったのだが、理屈とか打算じゃなく、純粋な動機に突き動かされている人間を、言葉でどうこうしようと思ったって、無駄だ。
「それは、僕も同じです」
だから、お願いだから僕達をほっといてくれ。好きにやらせてくれたら、ちゃんと国を守るから。オーランドは、自分たちの足を引っ張ろうと暗躍する者達に、心の中で怨言を吐いた。
そんなオーランドの様子を見て、コールも怒りの矛先を納めたのか、駄々漏れだった闇のオーラが鎮まっていた。
「気に食わないかもしれないが、俺の部下になってしまった以上、貧乏くじでも引いたと思って諦めてくれ」
それだよ。……こんな人を相手に戦わないといけないのか僕は。貧乏くじなんて生易しい話じゃないぞ。
「コール、どこに行ったかと思えば、こんなところに居たのか……!」
バタバタと走ってきたのは、副隊長のギラン・ロクシスだった。
「通報が入ったぞ。派兵命令だ」
派兵命令は、いつも突然やってくる。
「マラノ郊外の平原だ。ビースト系の魔物が大量に発生しているらしい」
パーティーの待つ城門へ向かいながら、ギランが手短に状況を告げる。
「魔獣系だ?そんなもん、地元の警備兵でなんとか出来ないのか」
「だから、『大量に』湧いてるんだろ」
「いずれにしても、結界士のいない僕たちに振る仕事じゃないですね」
残る二人と合流し、五人は騎馬にて現場へ直行した。
ビースト系の魔物――魔物とは言え、飢えた狼などと大して変わらない。
魔獣が出現しただけならば、地元領主が抱えているはずの兵士で充分対処できるはずだ。
術士が出張るほどの案件ではない。
数が多くて倒しきれないのならば、発生源になっている結界の綻びを見つけ出し、魔物の発生を食い止める必要があるが、このパーティーには結界術のできる聖術士がいないのだから、それも不可能だ。
明らかにコカトリス第三小隊には『向いていない』クエスト。配属初日にこんな案件を振ってくるとは……。
オーランドは冷めた気持ちで分析していた。先手必勝ってやつかな。コールも隊長として采配を振るのは初めての経験。
しかも、パーティーは結成したばかりで、個々の実力や得意とする術が何かも把握出来ていない状況。
加えて、このギャラリー。
「なんだこの現場は……」
現場に辿り着いた一行は、戦場の混乱ぶりに絶句した。
宵闇の中で、逃げ遅れた隊商の荷馬車が散乱し、今しも、大勢の商人たちが魔獣に襲われている。
そして、それを守るために手に手に松明を掲げながら、魔獣と戦っている警備兵たちが多数。
術士にとって、一番やりにくいのはこういった現場だった。
魔獣の群れなど、焔術で焼き尽くせば一瞬で片付けられる。だが、これだけ一般の人間がいると、巻き添えを恐れてそれもできない。
「帝国軍の紋章……帝国軍の術士が助けに来てくれたぞ……!」
駆け付けた一同を見て、口々に歓声があがる。
そして、これだけの観客がいる中で、闇術士であるコールが商人たちの命を救えずに惨事を起こせば、瞬く間に闇術士への悪評が広がる、という算段だろう。
そして僕は、手を汚さずして与えられた難問をさっさとクリアできるわけだ。
誰が考えてお膳立てしたのか知らないけど、上等だな。
お手並み拝見といこうか、コール隊長。




