(6)
「そう言えば、今日もやっぱりエリンワルドは居ないんだな」
こういう場には、一度も姿を現したことがないし、みんなそれが当たり前みたいな顔をして何も言わない。
まあ、お喋りに無駄な労力を裂きたくないと思ってそうなあの人なら仕方がないのかも知れないけど。
なんだか少し、残念だった。謎めいた人物こそ、中身がどんな人なのか、見てみたくなる。
「あーあの人ね。誘っても無駄なの。溺愛する奥さまが家で待ってるから。非番の日は真っ先に自宅に飛んで帰るんだから。なんなら勤務中でも、暇さえあればこっそり寮を抜け出してご飯を食べに帰ってる」
オーランドが、げんなりした顔で言った。
「エリンワルド、結婚しているのか!?」
衝撃だった。
隠者のような彼が女性と並んでいる姿など、まったく想像できない。
普段、無愛想でにこりともしないのに、いったいどんな顔で愛を囁いているんだ……?
……って、いやいや自分、何を想像してるんだ……っ。
「ついでに言うと、子どもも五人ぐらいいるぞ」
コールは、クアナの反応を面白がるように続ける。
こ、子どもが……五人だと……?
子どもに囲まれて、じゃれあっているエリンワルドなんて、もっと想像出来ない。
可愛いものを愛でる思考回路など、全く持ち合わせていなさそうなのに……。
「今は育児休業中だが、妻も同じく帝国軍所属の水術士で、なかなかの使い手だ」
「最強の水術士を量産するために結婚したんだろ」
ギランが冗談とも付かない表情で言うと、
「国益のためにはなってるな」
コールも、こんな時だけ妙に息の合った合いの手を入れる。
「やめろ……。それ以上は言うなーっ!」
クアナの叫び声がこだまする。
はあ……はあ……、必死になり過ぎて息が上がってしまったじゃないか。
「なんで涙目なんだ?まさか、エリンワルドのことが好きだったのか?」
「いつも手取り足取り、教えてもらってるもんね……可哀想に……」
オーランドが無用な同情をしている。
「ちがうっ!」
違う。違うけど、無駄にダメージが大きくて、耐えられない。出来れば、知らないままで居たかった。
「お二人とも、お願いだからやめてあげてください。クアナさんはまだ十七歳のうら若き乙女なんですよ……」
フリンまで涙目になってクアナに同情してくれた。
優しい……フリン、まともな人間はこの人だけだ。
「でも、実際、羨ましいよなー。僕も可愛い奥さんがほしいよ。なんであんな、対人スキルゼロみたいな男が結婚できて、僕の前には素敵な女性が一人も現れないのだろう……」
オーランドが心底憐れっぽい声で言う。
「黙れ、この女たらしが。いったい今まで何人の女を泣かしてきたと思うんだ」
ケンがすかさず突っ込む。そこは、イメージ通りなのね。
「ひどい……僕だって好きで女の人を泣かせてるわけじゃないのに。向こうから勝手にすりよってくるんだから仕方ないでしょう。僕の顔や肩書きが目当てのつまらない手合ばっかり」
女の人を泣かせてることは否定しないんだな。
「残念ですが、幸せな結婚からは一番遠いタイプですね……」
御愁傷様、とでも言うようにフリンが言う。
「妻帯者は、エリンワルドだけなのか?」
クアナは興味本位で目の前に座るギランに聞いてみた。
「そう言えば、そうだな。隊長は、どうなんだ、結婚はしないのか?」
ギランが急にコールに振る。
振られたコールはなぜか急に飲み物を吹き出して、あわあわした。
「なに焦ってるんだ……」
「やめろ、その話は。恐ろしい」
コールは布で口を吹きながら言う。
「なにが恐ろしいんだ……?」
コールの脳裏には、先程優雅な茶話会で話された一部始終が蘇っていたのだが、何のことか分からないギランは呆れて言う。
コールは咳払いをして言った。
「俺も、万一漆黒の呪力の持ち主に出会うことがあれば、結婚を申し込もうと思う」
宣言するように言う。
「それは、国益のためにはなるかもしれんが、一生掛かっても無理だから諦めろ」
「そんなことはない、レアだが一生探すほど珍しいものでもないはずだ」
「だいたい、黒の呪力と黒の呪力を掛け合わせたからと言って、本当に漆黒が産まれるのか……?」
「それは、誰もやったことがないから分からん」
「なら、公募でもするか……?」
だから、競走馬の種付けみたいに言わないで……!
クアナは心の中で叫んだ。もう、男社会、イヤだ。家に帰りたい。
でも、クアナはそんな五人の掛け合いを眺めながら、いいチームだな、と思った。みんな、個性が爆発してるけど、なんだかんだ言って仲がいい。
性悪な人たちばかりのチームに配属されて、虐待されたらどうしよう、と震えていたのが嘘みたいだ。
いや、虐待はされているかもしれないが……。
「いいチームだな。術士は粒揃いだし。なんだかんだ、隊長も、皆に愛されているみたいだし……」
クアナが誰にともなく言うと、なぜかギランとコールが、聞きずてならないと言うようにクアナに注目した。
なんだ、急に。
「そう、見えるか……?」
コールの言葉が急に呪いの言葉のように暗くなった。
「もう、三年になるか……?」
「ああ。三年だな」
ギランとコールが小さな声でボソボソと言い合う。
「このチームが結成されて、三年たつが……」
「当初はほんっとうに、大変だったんだ」
二人の声がハモる。
「命懸けだったな……」
「ああ。特に、オーランドがな」
「アイツは、『人間のクズ』だったな……」
「今でもクズであることに変わりはないが……」
オーランドとケン、フリンの三人が、女の子の話で盛り上がっていて、こちらに注意を払っていないのを確認しながら、二人はボソボソと言い合っていた。
いったい、過去にどんな恐ろしいことがあったと言うのだろう。
二人が、本人の名誉のためだと言って、話してくれないので、クアナはコカトリス第三小隊結成当初の、恐ろしい逸話を、ついに聞くことは出来なかった。




