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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第4部(下)───第五章:人々に『魔王』と称されるようになっても、コールはクアナとシノンで暮らしていた頃のまま、何も変わっていなかった
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 魔王はコルネイフの国王の代わりに玉座に座り、(かたわ)らに、やはり鎖に(つな)がれたままの妻クアナを座らせた。

「術士に鎖を付けても意味はありませんし、私は抵抗する気などありませんから、こんなものは(はず)していただいて結構なのですが……?」

 クアナは(かたわ)らにふんぞり返る夫に不機嫌に言った。

「そう言うな。パフォーマンスだ。その方が見た目にインパクトがあるだろう」

 コールは面白そうに言った。

 夫にこんな趣味があったとは、知らなかった。

「なんとも、卑怯(ひきょう)な手を使うのですね。あなたらしくもない。……あなたはやはり、漆黒のプレイヤーたるイグレットの魔女に魅了され、心を操られているというわけですか」

 クアナは、いつぞや目の前でコールのことを『私のお気に入り』だなどとのたまった忌々(いまいま)しい魔女の姿を思い浮かべながら言った。

「いや、違うな。たしかに俺らしくないやり方かもしれないが、魔女の入れ知恵などではけしてない。貴様ら『魔王討伐パーティー』を出し抜き、北部と南部を同時に手中に入れる戦略を考えたのは、ランサー皇帝オーギュスト二世だ。さすがの手腕だろう?」

 コールは不遜(ふそん)に言う。

 たしかに、さすがの手腕としか言いようがない。

 彼らには、『モラル』などと言うものは存在しないと言うわけだ。

「そうまでして、西大陸を我が物にしたいと言うのですか……!」

 クアナは声を奮わせた。

 クアナは怒っていた。コールに入れ知恵を吹き込み、卑怯(ひきょう)な手を取らせる皇帝に。

 そして、それを躊躇(ためら)いなく行える夫に対しても。

 相変わらず利己主義の(かたまり)のような男だ。

 分かっていたことではあるが、我が夫は、これほどまでに横暴な魔王であったのだ。

 クアナには、この男が、自分がこうと決めた目標を達成するためには、躊躇(ためら)いなく目の前の人間を殺すことが出来るだろうということも、分かっていた。

「そう言うな、クアナ。俺は、『人間の底力』を見せつけてやるつもりだ。人間を見下し、くだらん戦争をさせるプレイヤーどもを出し抜いて」

 人間の底力……?

 ランサー皇帝とコールは、人間よりはるかに超大な力を持ち、人間たちをコマにしてゲームを愉しむプレイヤー達の力を利用して、『西大陸の統一』という長い人間の歴史の中で誰も為し得なかった偉業(いぎょう)を達成しようとしているのだ。

 そう言われても、クアナには男達の下らない意地(プライド)の張り合いにしか思えなかった。

 そのためにいったい、どれだけの犠牲を払うと思っているのだ。

 彼らひとりひとりの人生を、どこまで痛め付けることになることか。

 この者達は、些末(さまつ)な人間の生命(いのち)など、大義(たいぎ)の前には取るに足らないものだと言っているのと同じなのだから。

「あなた達のやっていることは、プレイヤー達と同じじゃない。それこそ、下らない戦争よ。私はあなたにいま、初めて幻滅(げんめつ)しそうになっている」

 クアナの吐き捨てるような言葉に、ずっと超然(ちょうぜん)とした態度を取っていたコールも、初めて顔色を変えた。

 よりにもよって、『プレイヤー達と同じ』とは……。

「それは……、あまりに酷いのではないか……?」

 小さな声だった。

 コールが魔王になって以来、クアナに初めて聞かせた弱音だった。

 コールが魔王になったのは、初めから何よりも、目の前にいる愛する妻と二人の子どもたちを守るためだったと言うのに。

 そのためならば、たとえ自分が悪魔となり、すべての人類を敵に回そうとも、目標の達成のために邁進(まいしん)しようと、今日までひたすらやって来たと言うのに……。

 クアナはそんな夫の表情を見て、途方にくれたように、再び涙を流した。

 この人は、正気を失った魔王などではないのだ。

 なんと残酷な運命なのだろう。

 もう、許してはくれないものだろうか。

 レインを人質に取られているせいで、目の前に居るのに、()れることも出来ないのだ。

「シノンに、帰りたい……」

 この人と二人で我が家に帰りたい。

 レインと小さな赤ん坊と、四人で暖かい寝床に入りたい。

「クアナ……」

 コールは(たま)らず、泣きじゃくる妻を抱き締めていた。

 スイカズラの香りがした。二人を結び付ける(なつ)かしい『愛の絆』の香りだ。

 コールは魔王になっても、かつて二人で選んだスイカズラの香りを(まと)わせていた。

「コール……っ」

 この人が、正気を失い、闇落ちした魔王だったならば、自分は躊躇(ためら)わずこの人を殺していただろう。

 スイカズラの香りを(まと)わせている魔王を、どうして殺すことができようか?

「貴方をこの場で殺して……全てを終わらせることが出来たら、どんなにいいかと思うわ」

 クアナはしゃくり上げながら言った。

 一思いに殺したい。

 そうすれば、世界は再び平和になるだろう。

 でも、自分にはそんなこと、到底出来っこない。

 イグレットの魔女の言う通りだった。

 自分には、愛するこの人をこの手に掛けることなど、到底出来ない。

「もう、どうか、許して……お願いだから……」

 この人とともに、このまま地獄に堕ちようか。

 自分がこの人との愛に(おほ)れて、全てのモラルを失い、身も心も悪魔になることが出来れば、どんなに楽か分からない。

 イグレットの魔女とやらが、どこかで自分達を見ているとすれば、今頃、嘲笑(ちょうしょう)していることだろう。それ見たことかと……。

「クアナ……よく聞いてくれ」

 コールはクアナを腕に抱きしめたまま、悪魔に聞こえぬように小さな声で、クアナの耳元に(ささや)いた。

「自ら望んで魔王になった俺にも、一つだけ願いがある」

 コールの声は、幼子(おさなご)に言い聞かせるように、静かで優しかった。

「出来ることならば俺は、クアナの手に掛かって死にたい」

 コールの静かな声が、クアナの脳裏に響く。

「お前には、(こく)なことだということは重々承知のうえだ。……いつでもかまわない。お前の覚悟が決まったら、いつでも俺を殺すがいい」





 その後、クアナも、魔王にひとつだけお願いをした。

 自分を人質にとって、西大陸統一という目標を達成するためにコルネイフ城に立て(こも)っても構わないから、そばにオーランドやギラン、エリンワルド、かつての仲間である魔王討伐パーティーを呼び寄せてくれないか、と。

 そうでもなければ、この人とずっと二人きりで居たら、自分は(あや)うく、この人との愛に(おぼ)れて、本当に堕天使(だてんし)になってしまうような気がしたからだ。

 クアナはコールの最期(さいご)の願いを知ってもなお、いつまでも躊躇(ためら)っていた。

 何か、他に方法は無いものか……?

 コールを殺さずして、漆黒のプレイヤーを倒し、ゲームを終わらせる方法は……?

 結論を先延(さきの)ばしにしているだけだと言うことは、充分に分かっていた。

 間もなく、西大陸の統一という、皇帝の思惑(おもわく)は達成されるだろう。

 魔王を倒すのは、それからでも遅くはない。


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