表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第4部(下)───第五章:人々に『魔王』と称されるようになっても、コールはクアナとシノンで暮らしていた頃のまま、何も変わっていなかった
156/165

(3)

 その夜、宵闇(よいやみ)の中、篝火(かがりび)の下で、見張りの兵士は、微睡(まどろ)み掛けて大きな欠伸(あくび)をしていた。

 戦争が始まったとは言え、前線はずっと北の、山を越えたさらに向こうだ。

 こんなところまで敵兵が押し掛けてくる訳もなく、城の見張りの必要性など、あって無いようなものだった。

 コルネイフ城は、戦時下においても平常運転。

 城の警備(けいび)も、平時と変わらない最低限の兵士しか詰めてはいなかった。

「おい、起きろ……何か、見えないか?」

 ペアで見張りの役を(にな)っていた相棒の兵士に小突かれる。

「んん……?」

 男は首を(かし)げて目を()らした。

 暗くてよく見えない。が、城壁に程近い闇の中に、翼を持った巨大な生き物が空中停止しているのが見えた。

 それに気付くことが出来たのは、暗い色彩の翼を持った生き物の背に、唯一光を反射する、真っ白な衣服に身を包んだ女性が乗せられていたからだ。

 一瞬のことだった。

 隣に立っていたはずの兵士が前触れなくどっと倒れた。(うつむ)きに倒れて、ピクリともしない。

 何かの攻撃を受けたのか?

 まったく見えなかった。

 いつの間に……?

「あ、悪魔……っ!」

 男の背後に、巨大な闇色の鎌を(たずさ)えた悪魔が立っていた。

 それが、悪魔と分かったのは、真っ赤な虹彩(こうさい)と、三日月形に引き()かれたような口、(とが)った耳、山羊(やぎ)の角を(ひたい)()やしていたからだ。

 男は震え上がった。

 兵士が持っていた槍などでは相手にならなかった。ぴたりと首筋に闇色の鎌が当てられる。

「そこのお前、案内してくれないか?この城の(あるじ)はどこにいる……?」

 闇の中から現れた男が静かな口調で言う。

「な……」

 あまりのことに何も言葉が出てこなかった。

 本能に訴え掛けられるような恐怖が込み上げてくる。

 闇の中から現れた男は、見る者の心を凍り付かせるような圧倒的な負のオーラに包まれた、(すご)みのある美男子(びなんし)だった。

 そして、奇妙なことに、その男の腕には、真っ白なローブに身を包んだ小さな女性が(いだ)かれていた。

 聖女のように可憐な女性の手首には、金属の手錠が()められている。(とら)われの姫だ。

「さっさとした方がいいぞ。こちらは別に、お前でなくともかまわないのだから。……悪魔の鎌に、喉元を突き破られたいのか?」

「う……っ」

 本来ならば、喉元を突き破られようとも、見張りの兵士は抵抗すべきだったのだろうが、平和惚(へいわぼ)けしたコルネイフの警備兵に、そんなことの出来る勇気も、国家への忠誠心もなかった。

 男は、他にどうすることも出来ず、すごすごと城内へ悪魔の化身のような男を招き入れた。

 男を先導に、奇妙な一行が城内を()り歩く。

 白い姫を抱いた魔王の後ろからは、褐色の髪の木訥(ぼくとつ)そうな焔術士とあどけない少年のような水術士が続く。

 静まり返った夜のコルネイフ城に、四人の足音が響き渡った。

 兵士の首筋には、相変わらず帝国最強の闇術士が使役(しえき)する悪魔の鎌が当てられたままだった。

 城内の警備をしていた兵士達がその様を見咎(みとが)めたが、悪魔の姿を見ておののき、手を出す勇気のある者は誰一人として居なかった。


「た、大変です、国王陛下……!」

 事情を知った国王の侍従(じじゅう)の一人が、(さき)んじて国王の寝室へ駆け込み、国王と王妃を起こした。

「こんな夜中にいったい何の騒ぎですか……っ?」

 初老の王妃は、声を荒げる。

「そ、それが……」

 何と説明していいものやら分からない。

「ランサー帝国の闇術士とおぼしき者が、城に攻め込んで来た模様で……」

「闇術士だと……?敵国の闇術士など……魔王コール以外にはいないではないか……!奴はランサー帝国北部の国境で、カゼスを初めとする北部連合と(いくさ)をしているのではないのか……!?」

 白髪に白い(ひげ)(たくわ)えたコルネイフの国王は、怒鳴るように言った。

「見張りの兵士はいったい何をやっているのだ……!?警備兵がいるだろう?」

「そ、それが……、魔王が引き連れてきた闇の魔物により、完全に制圧されてしまっているのです……!」

 侍従は必死に訴えた。

「へ、陛下……!後ろに……っ!」

 侍従は悲鳴を上げた。

 悪夢のような光景だった。

 見張りの兵士を人質に、世にも恐ろしい姿の悪魔と悪魔に魂を売った魔王、そして鎖に繋がれた美しい姫が、国王の寝室へ雪崩(なだ)れ込んで来たのだから。

「国家の滅亡の日に、夫婦仲良く眠りこけているとは、なんとも間抜けだな、コルネイフの王よ」

 現れた男は不遜(ふそん)な態度で言う。

「お初にお目に掛かる、国王陛下。私はランサー帝国シノン領が領主。地上で行われている天使と悪魔のゲームに置ける、【漆黒のプレイヤー】の『アバター』だ。あなた方はよほど、勇敢な方々のようだ。漆黒のアバターたる『魔王』に楯突(たてつ)くということがどう言うことか、理解していらっしゃらないらしい」

 コールはこの上なく冷酷な口調でそう言うと、これ見よがしに死神をもう一体喚び出し、ベッドの上で震えている王妃の首筋に漆黒の鎌を突き立てさせた。

「命が惜しくば、投降し、城を明け渡すがいい。言っておくが、こちらには、無限に悪魔を喚び寄せられる用意がある。抵抗するつもりなら、城内の人間、コルネイフ国内の人民、全てを皆殺しにするつもりだ」

「た、たすけて……!い、生命(いのち)だけは……どうか……!」

 王妃は(おび)えきった声で言う。

 王も王妃も、魔王に楯突くと言うことがどういうことか、目の前にはっきりと突き付けられた思いだった。

「国王陛下……どうか、投降ください……!」

 手枷(てかせ)()められた聖女が、(いか)りに奮える声で言った。

 彼女は魔王のあまりの横暴さに怒りを抱いていた。

 金髪の美姫はコルネイフの王に向かって頭を下げる。

「この者は、本気です。コルネイフ王国が、魔王への恭順(きょうじゅん)を示さない限り、陛下と王妃様のお生命(いのち)はありません……どうか、お願いです……!ご自愛(じあい)くださいませ……!」

 クアナは必死だった。

 彼女は、コールが目の前で、罪もない王と王妃を(あや)める姿など絶対に見たくはなかったし、出来ることならば、一人でも多くの人間の生命(いのち)を救いたかったからだ。

 こんな、下らないゲームのために、人間の生命が(ないがし)ろにされるなど、あってはならないことだ。

「どうか……どうか、お願いですから……!」

 ()くして、南方諸国同盟の(かなめ)であったコルネイフ王国は、あっけなく陥落(かんらく)した。

 コルネイフ王国の国王以下王族達は、ことごとく(くさり)に繋がれ、牢獄に閉じ込められた。

 彼らの(かたわら)では常に悪魔達が目を光らせており、地獄の魔物達の、世にも恐ろしい姿を目の前に(さら)されたこの国の王族も軍隊も、抵抗する気持ちを完全に喪失(そうしつ)させられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ