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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第4部(下)───第五章:人々に『魔王』と称されるようになっても、コールはクアナとシノンで暮らしていた頃のまま、何も変わっていなかった
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(1)

「オーランドも、どうしてキリエを北へ向かわせたの?どうせコールと戦うのなら、私がエリスと一緒に北部へ行きたかったな……」

 クアナがぼやくように言っている。

「何言ってるんだよ。行かせられるわけがないでしょう、クアナ!よもや君が、コールとまともに戦えるとは思えない。エリスの足を引っ張る以外に結末は見えないよ」

 オーランドの言葉に、クアナはむすっとして言い返す。

「そんなことは断じてない。私は【純白のプレイヤー】の娘で、天使の呪力を受け継ぐ聖女なんだから、魔王を討伐するのは私の仕事でしょう?どう考えても、私が北部へ行って、コールを倒すべきだった」

 オーランドの言葉に、クアナは(ほほ)(ふく)らませて怒っている。

「そんなこと言って、単に、コールに会いたいだけなんじゃないの……?」

 オーランドは小さな聖女に突っ込む。

「そりゃあ……会いたいに決まっているでしょう……」

 クアナは消え入りそうな、小さな小さな声で言った。

 敵味方であろうと構わない。

 ただコールの姿を一目見たい。

「……ったく、こんな『魔王討伐パーティー』なんて、見たことも聞いたこともないぞ。真面目にやれお前ら」

 ギランはそんな二人のやり取りを見ながら呆れたように言った。

「僕は至って真面目だよ。僕らは予定どおり、北部のアーティファクト対策にかまけて、ガラ空きになった南から帝都を襲う」

 オーランドは真面目な顔で言った。

「ただし、一つだけ忘れちゃいけないことがあるよ、みんな。南方諸国同盟と、北部連合の人たちは、永年の悲願であるランサー帝国滅亡を目論んでいるけど、僕らの目的はあくまで『魔王討伐』。その目標を見失ってしまっては元も子もない。あくまで、南北から挟み撃ちして魔王を捉えようという、僕らの作戦に、彼らの力を利用させてもらおうと思ってるだけなのだからね」


 ところが、最強の軍師オーランドも、紺碧の王アルファトスでさえも出し抜き、当の魔王コールは、こともあろうに黒龍の背に乗って、クアナ達のいる南部へと向かっていたのだった。

 そしてその傍らには、最強の火焔龍シヴァの背に乗ったケンの姿もあった。

 いつぞや同じように非術士の兵七万人を山越えさせようとしていた南部コルネイフ王国の将ゲルギオス・アセンシオは、先日、同じ場所で恐怖に(おとしい)れられた魔王コールと、再び同じシチュエーションで、相見えるハメになったのだった。

 だが、前回とは違いコールは、有りっ丈の幽鬼を召喚して軍隊を足留めした後、非術士の兵隊達に言い放ったのだった。

 生命が惜しくば、いますぐに我が妻たる『シノン公夫人クアナ』を差し出せ、と。

 ゲルギオス率いる七万の兵隊とともに帝都を目指していた魔王討伐パーティーのメンバーに、激震が走る。

「コールが南部に……?北部のアーティファクトとの戦いにではなく、よりによって南部に……!?」

 オーランドは想定外すぎる展開に、絶句していた。

「しかも、コールはクアナを呼んでいる……?皇帝陛下も、コールも、いったい何を考えているんだ……?」

「師匠。私はもちろん、行くよ。コールが他ならぬ、私を呼んでいるのならば……」

 クアナは覚悟を決めたような(おごそ)かな顔で言った。

(わな)かもしれない。……みんなで行こう。コールの元へ」


 こうして、思ったよりも早く、魔王コールと、魔王討伐パーティーは相対することとなったのだった。

 コールは、ラサ山脈からの峠道を降りきった平原に、黒龍とともに降り立ち、クアナ達が現れるのを、静かに待っていた。

 約半年ぶりの再会に、クアナは胸が締め付けられるような思いだった。

 人々に『魔王』と称されるようになっても、コールはクアナとシノンで暮らしていた頃のまま、何も変わっていなかった。

 最後に会った時から少し髪が伸びている。

 邪悪なる闇術士の(はず)なのに、相変わらずその瞳は真っ直ぐ(くも)りがなく、騎士のように精悍(せいかん)だった。

 いますぐその胸に飛び込みたい気持ちでいっぱいだった。

 男の子が無事に産まれたことを報告したい。

 彼に、名前を付けてもらいたい。

 一緒にご飯を食べたい。

 一緒に眠り、一緒に朝を迎えたい。

 ほんの半年前まで、普通にあった日常に、今すぐ帰りたい。

「クアナ……相変わらずお前は泣き虫だな。最強の聖術士のくせに」

 クアナは、コールにそう言われて、はじめて自分の(ほほ)を涙が(つた)っていることに気付いた。

「クアナ、泣いている場合じゃないよ」

 オーランドは優しくクアナの小さな頭を撫でた。

 クアナはコールの最大のライバルであるオーランドの(ふところ)で泣きじゃくっていた。

 オーランドは純粋にクアナを(なぐさ)めたかっただけなのだが、それで充分、コールにとっては挑発行為に(あたい)していた。

 クアナの(そば)で、その髪を撫でてクアナを(なぐさ)めてやりたいのは、誰よりもコール自身である(はず)だった。

「……さて。はじめるか?シノン公夫人。お前は、俺を倒さなければならないのだろう?」

 コールは静かに自らの愛する妻を見据(みす)えて言う。

「最強の軍師も控えていることだし、上手に倒してくれよ、お前ら」

 コールが召喚術を唱えるより先に、クアナの体が動いていた。

「“絶対防御【黒】“」

 清浄なる白い光が辺りを満たす。

「やはり、召喚術を封じるか」

 コールは(つぶや)く。

「ヴァンパイアだの夢馬(ナイトメア)だのを呼び出された日には、厄介どころの話じゃないからね」

 オーランドはクアナの代わりに答える。

 討伐パーティーのメンバーはコールの手の内を熟知(じゅくち)している。

 コール対策ならば、クアナは嫌と言うほど叩き込まれていた。

「“化身(アバター)【漆黒】“」

 コールは初めから飛ばしていた。

 彼はもはや、本当の意味で呪力の枯渇(こかつ)は考慮にいれなくていいほど、無尽蔵の漆黒の呪力を所有していた。

「“肉体の強化“」

 すかさずケンはコールのアバターに強化の付与魔法(バフ)を掛ける。召喚獣ではなく、単なる呪力の化身(アバター)である漆黒の女神には、バフを掛けることも可能だった。

「“化身(アバター)【純白】“」

 クアナもまた、アヴァロンに付与された力を使用して、美しき天使を造り出した。

 漆黒の女神に相対する純白の翼を持った天使は、やはり顔に仮面を付けていた。対になった二体のアバターが対峙する。

「“本質の融解(ゆうかい)“」

 エリンワルドは漆黒の女神の防御力にマイナス効果の付与(デバフ)を、

「“肉体の強化“」

 ギランもまた、純白の天使の攻撃力を強化した。

 漆黒のアバターの闇色の鎌と、純白のアバターの光そのもののような槍が、激突する。

 漆黒のアバターは純白のアバターに比して、攻撃力が高く、反対に純白のアバターは、漆黒のアバターに比して、防御力と体力(タフネス)が高かった。

 コールがイグレットの魔女に与えられた能力として、無尽蔵の呪力があった。

 コールは今や本当の意味で最強だった。呪力の枯渇(こかつ)を恐れることなく、永遠に戦い続けることが出来るのだから。

 例えばコールを味方する紺碧の術士がここにいて、クアナの仕掛けた召喚獣の封印術式を解除すれば、コールは無限に召喚獣を喚び出し続けることができるだろう。

 対するクアナが純白のプレイヤーアヴァロンから与えられた能力とは……。

「なんだ、これは……?」

 コールは漆黒のアバターと純白のアバターとの闘いを見ながら、何とも言えない違和感を感じていた。

 時折防ぎきれなかった攻撃が、お互いの体に入るが、漆黒のアバターはタフネスを削られて苦しんでいるのに対し、純白のアバターは攻撃を受けても痛みも感じていないように、涼しい顔をしている。

 純白のアバターには、ダメージが入っていないのか……?

「『完全防御』だよ、コール。クアナは彼女の父親から、漆黒の呪力への『完全防御』の能力を与えられている。漆黒の呪力の使い手であるコールは、どんな方法を取ったとしても、純白のアバターには傷一つ付けることすら出来ないんだよ」

 オーランドは戸惑うコールを相手に微笑んで呟いた。

 そう。

 クアナが純白のプレイヤーアヴァロンから与えられた能力は、漆黒に対する『完全防御』だった。

 クアナの操るアバターや召喚獣は、漆黒の呪力を持つものからは、いかなるダメージも呪文による効果も受け付けない。

 いまやクアナは、『コールに対してだけは』、最強と言えた。

「自分の力を過信しすぎたね、コール。違う色の仲間をもう少し連れてくれば、違った戦いが出来ていただろうに……」

 オーランドはかつての隊長を、哀れむように言う。

 コールの最強の手札であるはずの漆黒のアバターは、漆黒への完全防御を持つ純白のアバターに、一方的にやられていた。

 コールはやはり、わざとクアナに負けようとしているのか……?

 オーランドはあまりにも一方的な展開に、そう思わずにはいられなかった。

 クアナはダメ押しとばかりに、更なる術を畳み掛けた。

「“純白の天使の召喚“」

 お互いのアバター同士が激しい戦いを繰り広げる中、飛行能力を持つ召喚獣――純白の天使達が、数体出現して、コール自身を捕らえようと飛来した。

 すかさずケンが立ち塞がり、火焔龍の灼熱のブレスが、天使達を焼き殺していく。

 二体のドラゴン……それも、召喚された魔物ではなく、呪力を消費せずとも二人に従い攻撃をする存在が厄介だった。

 漆黒のドラゴンだけであれば漆黒への完全防御を持つクアナの天使達の相手ではなかったのだが、ここにケンと火焔龍が存在したことが効果を発揮していた。

 ケンは、焔のドラゴンの灼熱のブレスを使ってクアナ達を一掃することも可能だったが、その手はまだ取っていない。

 もちろん、そうなったらそうなったで、オーランドもそれなりの対応をするまでだったが、まさかコールとケンに、魔王討伐パーティーを焔で焼き殺す方法が採れるはずもない。

 その時、漆黒のドラゴンの陰に隠れて、長い呪文の詠唱をしていた少年がようやくその呪文を完成させた。

「“解撤(かいてつ)“」

 コールのパーティー、三人目の術士は紺碧の呪力の使い手だった。

 クアナ、エリンワルド、ギラン、そして、味方であるはずのコールとケンの唱える術をも含めて、全てを解除し、徹底的に打ち消す否定の嵐が巻き起こる。そして、打ち消されて無になった瞬間に、少年はクアナの懐に飛び込み、白銀色の風術の刃をその首もとに突きつけた。

 いつか、クアナがコールの額に風術の刃を突き付けた時の展開を、思い出させるような戦術だった。

「ロー……」

 エリンワルドが、少年の姿を認めて呟く。

「久しぶり。お父さん!」

 ローウェン・カイル。アーサーの年子の弟だ。

 父や兄のようなサラサラした黒髪ではなく、明るい褐色のクセっ毛は、昔から誰に似たのやら……と言われ続けている。

 カイル家の天才はアーサーだけではない。

 次男のローウェンは、水術だけでなく、風術の技も併せ持つキリエのような多色遣いの道で育っていた。

 突如(とつじょ)盤面(ばんめん)膠着(こうちゃく)した。

 水を打ったような沈黙を破って、コールがつかつかとクアナの元へ歩み寄る。

 ローウェンに刃を突き付けられているため、討伐パーティーは動くことができない。

「ゲームセットだな。最強の軍師。貴様らの姫は、俺が(もら)っていく」

 コールはまるで、本物の魔王のように、討伐パーティーの象徴である純白の天使の娘を、その両腕で横抱きに抱え上げた。

「軽いな……」

 わざとなのか、いつかと同じセリフを口にしてクアナの瞳を見つめるコール。

 あんなに()()がれていたコールの、安心感のある両腕に、クアナはいつかと同じように抱かれていた。

 クアナは愛しさが込み上げて、どうにもならなかった。

 会いたかった。会いたかったよ……!コール……!

 クアナは、喉元まで出掛かった言葉を、どうにか()み込んだ。

「泣くなクアナ」

 コールが(たしな)めるように言う。

 誰も、動けなかった。

 コールが何を考えているのか、全く読めない。

 コールはそのままクアナを抱えて、黒龍の背に乗った。

 火焔龍の背にはケンとローウェンが騎乗する。

「残念だったな、貴様ら。魔王の討伐は、しばらくお預けだ。どうせだからオーギュストが西大陸を統一してからにしてくれ……!」

 黒いドラゴンに騎乗(きじょう)したコールは、これ見よがしに、悠々(ゆうゆう)と南部同盟の七万の軍の頭上を横切り、人類の最後の希望である純白の天使の娘クアナを何処(いずこ)かへ連れ去った。

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