(2)
アルファトスがリオンへ辿り着いた時、リオン城の一室では、南方諸国の代表達と、リオンに留まっていたクアナ率いる魔王討伐パーティーが膝を付き合わせて今後の対応について話し合っているところだった。
「この上ないタイミングだったようだな。主要な顔ぶれが揃っているではないか」
一同は、突如現れたカゼスからの遣いに驚かされていた。
獅子のたてがみのような黄金色の長髪。瞳は猫のように光る金。
キリエはその男が、『紺碧の王』たるスフィンクスだと分かると、顔色を変えて夫の後ろに隠れた。
「いやだ、オリー……」
夫の腕を掴む手が震えていた。完全に怯えきっている。
「どうした、キリエ……?」
事情を知らないエリンワルドは、恐怖に震える妹の姿を見て驚いていた。
相手が紺碧のプレイヤーだと言うことは瞬時に察知していたが、妹がなぜこれほどまでに怯えているのかが分からなかった。
紺碧のプレイヤーなら明らかに我々『純白』の味方ではないのか……?
「そう怯えた顔をされると余計にそそられるからやめよ、美しき紺碧の術士よ。怯えなくてもよい、我ももうそなたに執着はしていない。今日は、お前たち人間にアドバイスをしに来てやっただけだ」
獅子のような男は不遜な態度で言った。
「そなたがアヴァロンの娘だな……?」
アルファトスはクアナの目の前に跪き、人間の貴族がするようにその手を取って甲に口づけしながら言った。
「我は【調停者アルファトス】。我は純白の助言者である。そなたらが闇の魔王に勝てるよう、戦略を授けにきてやったぞ」
アルファトスの戦略はシンプルにただ二つのことだった。
一つは、北部からの攻撃と、南部からの攻撃を、同時並行的に行い、帝国を挟撃すること。
そしていま一つ、この世界で二人目の闇術士であるエリス・ヨハンソンに、ワイバーンに乗って北部へ向かわせることだった。
カゼスの長ジェラール率いる北部エレスゲンデ諸国と、魔王コールの率いるランサー帝国の闇の軍勢が戦うには、闇術士エリスの力が必要だった。
闇術士にぶつけるなら闇術士。
魔王コールが漆黒の呪力を使い、巷に溢れる闇の魔物を使役して連れてくる闇の軍勢の力は非常に強力だが、味方に『闇術士』がいれば、話は違ってくる。
闇術は闇術を制することができる。
コールの支配下にある闇の軍勢を、逆にこちらの漆黒の呪力の力で使役してしまえばいいのだ。
コールに出来ることが、エリスに出来ない訳はない。
「なるほど……」
オーランドも素直に頷いていた。
悔しいが、紺碧のプレイヤーの戦略はシンプルだが、分かりやすく最善の手であるように思える。
「闇の勢力の対処法さえあれば、魔王軍と言えど、普通の軍隊と大差ない。我々北部連合は、アーティファクトと闇術士エリスを含む術士部隊で北から帝国軍を襲い、ガラ空きになった背後から、純白の天使率いる南方諸国同盟に不意討ちさせる。……完璧な作戦だろう?」
「うーん……本当に、私で良かったんでしょうか……」
「もう、何回同じことを言うのさ、あんたは……」
漆黒の飛竜の背に乗り、一路ニーベルンとエンティナス領の国境ヘ向かっていたのはエリスと、その背にしがみついたキリエだった。
「オレたち『漆黒』が苦手なのは妨害術。そして、焔への対処法なんだ。焔への盾となる水術に、いざと言うときの風術という飛び道具も持ってるキリエは、最強の助っ人なんだよ」
「……前々から思ってましたけど、あなたって、ほんとな生意気ですよね。まだ十九歳のくせに。十二歳も年下なのに、大人の私に意見するなんて」
キリエは十代とは思えない尊大な喋り方をする若き闇術士にぶつぶつ文句を言った。
年下から侮られるのが嫌いなキリエだった。
「あんたはそうやって、いちいち陰気臭いし面倒臭いよね。年齢がどうとか、術士の世界でそれって必要?何より実力が物を言う世界でしょ」
キリエは反論できずに押し黙った。
「オーランドも、何でこんな陰気なおばはんなんかと結婚したんだろ。クアナ姫やアリシアの方が数倍可愛いじゃないか……趣味が全く分かんないよ」
「それは同感ですけど、まったく関係のない貴方には言われたくないですね……」
クソ生意気なやつめ……。
十代の少年相手に声を荒げたら負けだと思ってキリエはぐっと我慢する。
「自分が一番だと思っていて、他人にはまったく憚らない。唯我独尊なのは漆黒の呪力の特性みたいですね。そんなところだけはコール隊長にそっくりだわ」
キリエが独りごちるように言うと、エリスはどこか嬉しそうに言うのだった。
「ふふん……ありがとう、それは、褒め言葉と受け取らせてもらお」
「何言ってるの、まったく褒めてはいないですよ!」
キリエはイライラしながら言った。
「もうすぐ僕ら、当のコールに会えるわけでしょ。ワクワクし過ぎて、にやにやが止まらないよ……」
エリスはなんとも悠長なことを言っている。
「言っときますけど、遊びに行くわけじゃないのよ。魔王の討伐に行くんですからね……っ」
こんな生意気なガキと二人で、闇の軍勢と戦うことなど可能なのだろうか……。無謀でしかないような気がしてきた……。
「大丈夫だよ。こっちにはニーベルンの術士団がいるし、カゼスのアーティファクトの力は大きいよ」
知っているわよ、そんなこと……。私は実際にこの目で見たんだから……。
でも、アルファトスと一緒に戦うのは嫌だ……。
できればオーランドにそばに居てもらいたかった。
でも、彼は魔王討伐パーティーの軍師だから、クアナ姫の傍を離れる訳にはいかない。
「はあ……。私はスフィンクスのアルファトスが心底苦手なのよ。漆黒を妨害するのが目的なら、エリンワルドでもよかったじゃない……」
「キリエってば、ほんとに怯えてたみたいだけど、いったい何があったって言うんだ……?」
これは、墓穴を掘ってしまった……。
何があったかなんて、このクソガキには口が裂けても言えない。
「とにかく最低最悪なヤツなのよ!あの調停者アルファトスとかいうヤツは……!まったく調停者なんかじゃないわっ!あんなヤツとは、本来関わるべきじゃないのよ。魔王を倒すために、アーティファクトの力は大きいから、仕方なく力を借りてるだけよ……」
キリエは忌々しげに言った。
「そろそろだな……」
間もなく、ニーベルンと帝国の国境だった。ここが、北部連合と、帝国軍との戦争の、最前線である。
ニーベルンの女王は、エリスとともに帝国軍と相対する勢力に与することとしたらしい。帝国が闇の勢力にの側に寝返ったという状況下で、以前皇帝と口約束した『帝国への恭順』などは、反故にされていた。
「あ、あれは……」
エリスのワイバーンは、北部戦線の真っ只中に降り立った。
ところが、そこで睨み合っていたのは、彼らが想定していた軍勢とは、全く違う相手だった。
「久しぶりですね。……キリエさんと……たしか、エリス、と言いましたか?」
帝国軍の将は、魔王コールではなく、その弟であり、次期エンティナス公であるエンティナスの騎士ノエルだった。
騎士ノエルに従う軍団は、闇の魔物ではなく、人間の兵団。総勢約六万にも及ぶ帝国軍とエンティナスの騎士団だった。
そして……相対するカゼスの将軍は、呪力で動く機械仕掛けのゴーレム達を数万単位で引き連れて来ていた。
人間の背丈の倍はあろうかと言う巨体は、日の光を浴びて鈍色に輝く金属で出来ている。
いわゆる『ロボット兵』だった。
「ゴーレム対人間の戦い……?」
キリエは髪が逆立つような心地だった。
「皇帝陛下は、いったい何を考えているの……?」
呪力で動くアーティファクトに生身の人間が敵うとでも……?
こんな、人間の生命を軽んじるようなことをして……!
「どうする、キリエ。想定外すぎるだろうこれは……」
エリスは、闇術士コールの率いる闇の魔物の軍勢と戦うためにここに来たはずだった。
ところが、北部戦線にコールの姿はなく、相対したのはノエル達、『非術士の騎士団』だったのだから。
翠緑の手先たるランサー皇帝オーギュスト二世は、紺碧のプレイヤー本人がリオンへ赴いてカゼスを留守にしている隙に、紺碧のプレイヤーたる叡知の調停者アルファトスでさえも出し抜いてみせたのだった。




