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ところは変わって北部連合のまとめ役、カゼス共和国では、大統領ジェラール・ウルタードが、さっそく傍らに侍るアルファトスからこの致命的な事実を聞いて頭を抱えていた。
無精髭を蓄えて、粗野な仕草で髪をかきあげる姿は、相変らず何ともむさ苦しい。
「信じられん……。エンティナスとシノンの内乱に乗じて帝国を討つはずだったってのに、まさか帝国が『魔王』と手を組むなど……皇帝もついに悪魔に魂を売っちまったってわけか……」
ジェラールは嘆くように言った。
西大陸最大の帝国を悪魔に乗っ取られ、最大の『闇の帝国』が出来上がってしまったら、人類は滅亡するしかないじゃないか……!
「結局、俺たちは『闇の帝国』と戦わねばならない運命なんだな……」
カゼスにこれほど早く情報が伝わっているのは、一重にこの男の隣に【調停者アルファトス】がいるためだった。
「当たり前だ。我々は純白の眷族たる『紺碧』だぞ。漆黒とは必然的に戦う運命にある」
「勝手なことばかり言いやがって……。このまままさか『純白』の勢力が負けたら、人類はどうなるんだよ……ったく滅茶苦茶な話だな!闇術士エリスも帝国側に寝返ったってのに……。コールとニーベルンの第四王子、二人の闇術士を相手にしないといけないとは……!」
「いや、喜べジェラールよ。闇術士エリスは偶然にも我らが【純白の天使】の側についているようだぞ」
ライオンのたてがみのような黄金色の髪のスフィンクスは、カゼスの長に言った。
事情の分からないジェラールは首を傾げる。
「どういう意味だ……?」
「ランサー皇帝オーギュスト二世が魔王の討伐のために用意したパーティーは、偶然にもいま、リオンにいる。かの地で【純白の天使】の娘、クアナ・リオンと合流したようだ。その中に、ニーベルンの第四王子エリス・ヨハンソンもいる。エリスが我々の側に付いている限り、おそらくニーベルン公国も、我々北部の側に付いてくれることだろう」
「ほお……」
ジェラールは、思わぬ朗報に、少しだけやる気を取り戻した。闇術士が二人と一人じゃ、大違いだ。
「感謝しろジェラール。我々『紺碧』は、諜報活動ならお手のものだ。我々が味方にいれば、いかに闇の勢力が強くとも、出し抜くには充分だ」
獲物を狩る獅子のようなこの男は、自信満々の様子だった。
「分かった……。たしかにこれは、真っ当な戦争とは様相が違うようだ」
アルファトスの言うことにも一理はある。
通常であれば、敵国の動向を探るのはもちろんのこと、その周りにいる、味方となるかもしれない勢力の動向を探るのも至難の技だ。
「それにしても、不思議なんだが、エリスは闇術士なんだろう?なぜ純白の味方をするんだ……?魔女の手先ではないのか」
ジェラールの疑問に、アルファトスはなぜそんなことを疑問に思う?と首を傾げていた。
「分かっていないようだな、ジェラール。プレイヤーが自らの『アバター』として選び、能力を与える人間は一人だけ。我々が干渉を許されているのは、その、たった一人の人間だけなのだよ。それ以外の人間がその呪力の色に関わらず、誰の味方をして何をしようが、我々にはまったく関係のない話」
基本的にゲームはチェスの盤面のように黒対白の戦いだ。それぞれに従う色はただその二色の戦いに巻き込まれているだけ、とも言える。
『翠緑』のように、戦いを傍観するのも自由だ。
もちろん、『紺碧』のアルファトスとしては、これほど面白いゲームに参加しない手はないと考えているわけだが。
【漆黒の魔女】は、いかにも彼女らしい、何とも『粋』なゲームを仕掛けるではないか。
「なるほどな……。聞けば聞くほど、お前らはどうやら、ガチガチのルールに縛られてゲームをしてるようにも見えるな」
ジェラールは呆れたように言った。
「それはそうだ。貴様ら人間が大好きなスポーツの試合などと同じだよ。ルールが無くては面白くないだろう?手を使ってもいい蹴球をしているようなものだ」
コイツらは、人間を操ってスポーツをさせて、それを面白がって見ているという訳なのだ。
つくづく、人間を馬鹿にしている。
それでもジェラールは、プレイヤー同士の戦いを最大限利用して、永年西大陸の脅威であった、ランサー帝国を滅ぼそうと考えていた。
幸いにも『紺碧』を味方に付けたジェラールには、アーティファクトという超強力な武器が与えられていた。
この最大の好機を物にしない手はない。
南部にいる『純白』のプレイヤーの勢力と力を合わせて、闇の帝国を制するのだ。
「我はこれからリオンへ赴く。少しの間、お前の隣を空けるが、我がいない間に、しっかりと戦の準備を整えておくがいい。すぐに戦いがはじまるぞ」
「リオンへだと……?いったいどうやって行くっつーんだ……リオンとの間には闇の帝国が跨がっているってのに」
アルファトスは顔色一つ変えずに言う。
「我はスフィンクスだぞ。スフィンクスには翼があるに決まっておろうが……」
そしてほくそ笑むような顔をして言う。
「久しぶりに、あの美しいキリエ・セカールに会えると思うと胸が躍るぞ」
「お前は相変わらずスケベだな……。昔、彼女の夫をあれだけ怒らせたってのに、懲りてないってのか……。真面目にやってくれよ、アルファトス。南部との連携が大事だ。せっかく挟み撃ち出来る立場にあるんだ。せーので一気に叩くぞ……!」
「ククク……言わずもがなのことではないか。……戦争を始めるぞ、ジェラール」
紺碧のプレイヤー、調停者アルファトスは、愉しそうに嗤いながら言うのだった。




