(5)
「それで、リオンのお姫様はどんな様子だい?」
同じ頃、当のエンティナス・コールは豪奢な装飾に囲まれて、優雅にお茶をしていた。
差し向かいに座るのは、絹糸のように艶やかな銀髪に、世にも珍しい紫の瞳を持った美男子だった。
そうか……この人の差し金だったのか。
なぜよりによって自分の部隊にクアナがあてがわれたのか大いに謎だったが、コールはその一言で明かされた事実に気付き、妙に納得した。
「私は、聖術士を寄越してくださいとお願いしただけなんですけどね」
コールが溜め息をつきながら言うと、相対する人物は、優雅にティーカップをすすりながらニヤリと笑った。
コールにとって、この世で唯一、頭が上がらない人物と言える。
「この上ない最適な人材だったろう?」
「まあ、術士としての能力だけで言えば文句の付けようがないですが……」
コールの回答に対し、銀髪の男は真面目な顔をして言った。
「違う違う、そこじゃない。僕はそろそろコールも、『身を固めたらどうか』と思ったんだ。容姿も悪くないし、血筋も完璧だ」
「……っはぁーーー?」
コールは思わず素を出して仰け反っていた。
危うく紅茶を吹き出すところだ。
「な、何を……」
コールの慌てようを見て、銀髪の男は世にも楽しそうに大笑いした。
「あはははは……その顔っ。いい顔だ。帝国最強と謳われる君の、そう言う顔を見るのが、僕のつまらない人生の、唯一の楽しみなんだ」
「……勘弁してください」
からかわれていると気付いたコールは、心の中で密かに拳を固めた。違う相手だったら、確実に殴っている。
「でも僕が、大切な友人として君の幸せを何より願っていることは、確かだから」
彼は笑みを残した顔で唄うように言った。
なにが「大切な友人」だ。
知り合ってからもう随分経つが、コールは未だにこの人のことを掴みきれずに居た。
智略に長けていることは確かだが、何が真意なのか全く分からない。
「それと、彼女の預け先として、君なら間違いないだろうと思ったことも確かだよ。将来この国の救世主になるかもしれない逸材だ。大切に守り、育てて欲しい」
コールは今度こそ、真面目に頭を下げた。
「……かしこまりました。仰せのままに」
こんこん……。
クアナが術書に没頭していると、再び部屋の扉をノックする音が聞こえた。
今日はやけに来客が多い日だな。
今度は誰だ?
「クアナ、いるか……?」
今では聞き慣れたその声に、不覚にもクアナは心臓を掴まれたように縮み上がった。
「い、いる……が、ち、ちょっと待て……いまは開けるな……!」
なんでこんなに狼狽えてるんだ。
クアナは読み散らかされてそこらじゅうに散らばっている術書を慌てて片付けた。
必死でコール対策をしてることがバレるじゃないか。
「朝メシは食べたか?」
「た、食べた……変な女がきたぞ」
お礼を言わないといけないのに、恥ずかしくて、ありがとうとは言えなかった。
「そう言うな、信頼できるやつだ。弱虫なお前にちょうどいいだろうと思ってな」
それは……、つまり、わざと彼女に届けさせたと言うこと……?
明るくてお喋りな彼女の性格を考えて、クアナの話し相手に適当だろうと……?
やっぱり、この人はカテゴリー分け出来ない『闇術士』だ。
すぐ頭に血が昇る単細胞かと思っていたのに、ちゃんといろいろ考えてくれているんだから。
「身体は、大丈夫なのか?」
クアナは慌てて扉を開けて、コールに自らの姿を示した。
「大丈夫だ。ほら、この通り、もうすっかり元通りだ。私のスタミナ、なめないでほしい」
「そうか、それなら、食事にでも出掛けないか……?」
「はあ……っ?」
クアナはまた変な声を出してしまった。
「た、食べ物の心配ばかりだな貴方は。私は愛玩動物ではないぞ」
「イヤならいいぞ。まだ疲れているなら、部屋で休んでいればいい」
コールは真面目な顔でしれっと言う。
「だ、大丈夫だと行ったろう?それに……」
そうか、術書に没頭していて時間も忘れていたが、もう夕方だった。
「お腹もすいてる……」
それを聞くと、コールは、では決まりだ、とでも言うように、すたすたと歩き出した。
「ま、待って……。出掛けるんだろう?この格好で大丈夫か?」
クアナは軍服のままだった。
「その方が身を守れるかもしれんぞ、女性の場合。ランサー城下は治安は悪くないが、よからぬ輩もいるからな」
それもそうか……。
そういうコールは、軍服ではなく、普段着だった。
仕立てのいいシャツと上着。まるで貴族の御曹司だ。まさか術士だとは誰も思わないだろう。
久しぶりに出掛けるランサーの城下町は、相変わらずの賑わいだった。
たくさんの商店が立ち並び、着飾った貴婦人から、路上生活者まで、様々な人間が往来している。
「迷子になるなよ……お前に逃げられたりしたら、俺の首が飛ぶ」
「逃げられるわけがないだろう、母国を人質にされているって言うのに」
それでも、慣れない街歩きにクアナは必死にコールに着いていった。人が多すぎて、真っ直ぐ歩くことも出来ない。
着いたのは、目抜通りから少し路地に入った場所にある、庶民的な居酒屋だった。
中も人が溢れて、賑やかだ。
「あっ、来た来た……我らがお姫様!」
オーランドが喧騒に負けないぐらいの大声で歓迎する。
みんな揃っていた。ギラン、ケン、フリン……。エリンワルドは、やっぱりいない。
そうか、非番の日の前夜は、みんなで飲みに行くのが恒例だった。
昨日、行けなかったから、わざわざ今日集まってくれたのか。ランサーの国の人達も、こうやって集まって飲むのが大好きらしかった。
「心配してたんですよ、鬼隊長のせいで、身も心もズタズタにされたんじゃないかって……」
「もう、大丈夫なのか?」
オーランドの言葉を引き継いで、ギランが聞く。
なんだか、家族みたいだ。
クアナは心がほっとするのを感じた。これが、『仲間』というやつなのか。
「大丈夫だ。……と言うか、隊長にも聞かれたが、そんな、術士が呪力を使いきったくらいで何日も寝込んでいたら、お話にならないだろう」
クアナの言葉に、一同がいやいや、と首を横に振る。
「普通は誰も、呪力を使いきることなんてないから。普段のクエストで、パーティーで戦ってる分にはそんな事態にはまず陥らない」
コールが涼しい顔で言うので、どの口が言うんだ、と突っ込もうと思ったら、
「邪悪な暗黒魔術士にでも遭遇しない限りはな」
隣のギランが的確な突っ込みを入れてくれた。




