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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第4部(下)───第三章:何をぬるいことを言っている。俺は『魔王』だぞ。俺の辞書に国際法(ルール)などと言うものは存在しない
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(4)


 その頃帝都では、ランサー皇帝オーギュスト二世が、伝令の言葉を伝えにきたセシル・アーヴァイン宰相の話を聞いて驚いていた。

「コルネイフ軍が、撤退……?」

 コルネイフ王国が、南方諸国の兵をありっ丈集めて、ランサーに攻め込もうとしているとの情報を聞き付けたオーギュスト二世は、南部の要塞に兵を集め、迎え撃つ準備を進めさせているところだった。

 まさか相手が、宣戦布告より前に尻尾を巻いて逃げ出すとは思ってもみなかったので、さすがの皇帝も想定外の事態に、拍子抜けしていた。

「いったいどういう風の吹き回しだ……?」

 南方諸国は、帝国がシノン領への対処で疲弊(ひへい)しているところを、一気に(たた)こうとしていたのではなかったのか……?

「それがなんと、……なぜかラサ山脈の中腹、コルネイフからランサーへ向かう山越ルートの途中に、シノン公コールが現れたというのです」

「コールが……?」

 なるほど、そうか……。カイラス山だな。あそこにはサラマンダーがいる。

「シノン公は、ドラゴンの力で敵の将軍を戦闘不能に(おちい)らせ、見事返り討ちにしたとか……」

「待て待て。南方諸国同盟軍は七万の兵だぞ……七万の兵を、一人で追い返したとでも言うのか……?」

 オーギュスト二世は、込み上げてくる笑いを(こら)えることが出来なかった。

「ククククク……なんとも……。さすがはコールだな。神出鬼没(しんしゅつきぼつ)とはまさにこのことだ……!」

「な、何がおかしいのですか、陛下……?」

 さすがの皇帝も、まさかカイラス山にコールがいることまでは、予想できなかった。

「傑作だよ……コール」

 オーギュスト二世は、少年時代に戻ったかのような、なんとも言えないワクワクした気持ちが沸き上がってくるのを感じていた。

 やってくれるじゃないか、コール。

 やはり『エンティナス・コール』を『魔王』に選んだ自分の目に狂いはなかったようだ。

 ランサー帝国の最高権力者たる自分でも、その人柄に()かれずにはいられない。何を仕出かすか分からない、この痛快さよ。

 オーギュストは一人含み笑いしていたのだが、コールの破天荒(はてんこう)さは、そんなどころの話ではなかった。


 その、たった数刻後のことだった。

 再びセシル宰相か、泡を食って皇帝の元へ駆け込んできたのだった。

「へ、陛下……っ!とんでもないことになりました!」

「今度はいったい、どうしたと言うんだ?」

 皇帝は、セシルの慌てように、呆れて言った。

「そ、それが……シノン公コールその人が、今度は帝都に現れたのです!黒龍の背に乗り、城の上空で、陛下に会わせろとのたまっております……っ!」

「はあ…………っ!?」

 さすがの皇帝も、あまりのことに声を上げていた。




 こうなっては皇帝も、逃げも隠れもできない、そう思った。

 相手は最強の闇術士なのだ。

 しかも、まるで(はか)ったかのように『コール討伐パーティー』のメンバーは、全員がリオンへ(おもむ)いているため不在にしている。

 今、黒龍の背に乗る最強の闇術士に、太刀打ちできる人間が、帝都におろうか。


 相手が他ならぬコールであると言うこともあり、皇帝は意を決して、『玉座の間』にて、魔王と対峙した。

 つかつかと入ってきたコールの左右には、帝国軍でも腕利きの術士達が、皇帝を守るために控えている。

 その中には、当然コールの顔見知り達も多く居た。皇帝の妹たる聖術士アリシア・メイもその一人である。

 皇帝は優秀な聖術士であるアリシアを気に入り、帝都に据え置いて(そば)に控えさせていた。

「久しぶりだな、皇帝。長いこと俺に会えなくて、淋しかっただろう……?」

 大勢の術士達が(にら)みを()かせているにも関わらず、コールは皇帝の顔を見るなり、昔とまったく変わらぬ様子で、友人のように気安く不遜(ふそん)な態度で皇帝に対峙した。

「さすがの私も出し抜かれた気分だよ……。悪魔の手先である『漆黒の王』が、『人間』の代表である、西大陸最大の帝国の王に堂々と会いに来るとは……いったい、何を考えている?」

 コールはにやりと笑って単刀直入に言った。

「手を組まないか?オーギュスト。お前は俺の『大切な友人』なんだろう……?」

 皇帝は目を見開く。

 そして、次の瞬間、少年のように吹き出していた。

 わざとやっているのだ。

 いつぞや、オーギュスト二世がベアトリスに問い掛けた言葉と、まったく同じ言葉だった。

「あはははは……っ!やっぱり君は最高だ、コール。()()()()? ()()()()? 魔王と?」

「初めは、お前を殺してその座を奪おうかとも考えた」

 コールの物騒な言葉に、一同が色めき立つ。

「……だが、俺に帝国の経営など、到底無理な話だ。それならむしろお前と手を組んで、内政はお前に任せ、俺は自分の得意分野である、他国の侵略のことだけ考えればいいのではないか、と、そう思ったわけだ」

「他国の侵略……と、言ったか?」

 皇帝は聞き捨てならないと、厳しい口調で問い返す。

「その通りだ……。ランサー帝国の名のもと、西大陸を征服しよう。俺とお前が手を組めば、余裕だろう?『国際法』も無視できる。闇の軍勢(モンスター)を使って、侵略すればいい」

 皇帝はコールのあまりの言葉に、思わず身を乗り出して、(あご)に手を当て、しばしその言葉を反芻(はんすう)するように考えていた。

「西大陸を征服……か……」

 考え込む皇帝の表情に、思わずと言った嬉しげな笑みが浮かぶ。

「悪くない提案だな」

 皇帝はコールに右手を差し出す。

「『それ』……」

 皇帝の右手に、コールの右手がパシッと快い音を立てて組み合わされる。

「乗った!」

 『利用するつもり』だな?【イグレットの魔女】の力を。

 お互い口にはけして出せないが、頭の中で考えていることは、すぐに共有できた。

 戦争だ。神々をも出し抜く戦争の始まりだ。

 こんなに、わくわくさせられたのは、いつ振りだろうか……。

 災厄の魔女に力を与えられ、見るもの全てを凍り付かせる『魔王』であるにも関わらず、『孤高の王』などという言葉とは程遠い男だ。

 この男は、出会う人間すべてを魅了し、味方に付け、否応なしに巻き込んでいってしまう。

 実はとんでもない『人たらし』だ。

 今は遠く離れているかもしれないが、この男のことを想い、この男の力になりたいと画策(かくさく)する者たちの、なんと多いことか。


 折しも、【無垢なる天使】の娘はランサー帝国に居なかった。

 同じ頃、クアナはリオンにて仲間たちと合流し、同じ空を、コールを想いながら見つめていたのだった。

 当然、【無垢なる天使】の娘であるクアナ率いる『魔王討伐パーティー』は、帝国軍を味方につけるはずだった。

 ところが、偶然にも、彼女とその仲間達が帝国を離れている隙に、帝国は、こともあろうに、魔王コールの側に、寝返ってしまったのだった。

 ここに一つの構図が出来上がる。

 『魔王討伐パーティー』率いる南方諸国同盟とリオン、そして、魔王の侵略に怯える北部連合、南部と北部に挟み撃ちされる形で、『魔王コール』率いるランサー帝国軍が、二正面作戦で両者を征服し、西大陸統一を目指す……。

 普通に考えれば、北と南から挟み撃ちされる帝国軍は、不利な立場にあると考えられる。

 ただし、帝国には魔王コールの力が後ろ(だて)として控えている。

 果たして、この三つ巴の戦いは、どのような結末を向かえるのか……?

 元より皇帝は、いつかこの構図を制するために、虎視眈々(こしたんたん)と術士の養成に励んでいたわけだ。

 皇帝が魔王を味方に付けて、俄然(がぜん)やる気になるのも当たり前の話だった。


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