(2)
エリスはティエムの背に乗り、戦乱のエンティナス領の上空を通過して、ランサー城へ到着した。
騎馬では一月以上もかかる道のりも、飛竜の背に乗れば、半日と掛からない。
エリスがたどり着いた、ランサー城の円卓には、錚々たるメンバーが集められていた。
ワイバーン第一中隊隊長ギラン・ロクシス。グリフォン第二中隊隊長エリンワルド・カイル。コカトリス第三小隊隊長オーランド・セカールと、その妻キリエ。そして、ランサー皇帝オーギュスト二世その人は、上座には座らず、その隣に腰を降ろし、上座はなぜか一つだけ、空席となっていた。
「久しぶりだね、エリス。コールのかわいい弟分」
オーランドは、このような事態にも関らず、エリスの姿を認めると、片目を瞑って言った。
「全員、集まりましたね……」
オーギュスト二世は、集まったメンバー全員を見渡して、宣言するように厳かに言った。
「当面、このメンバーが、『コール討伐』のパーティーです。君たちに、君たちにしか頼めないクエストを依頼する。……コールを、救ってあげてくれ。私には、彼と、クアナを出逢わせてしまった責任がある」
「わざと、なのかな、それは……」
集まったメンバーは全員、驚いて上座に座った人物を見ていた。
上座は先程まで、ぽっかりと空席だったはずだった。
いつの間に現れたのだ……?
女は、尖った耳に、高い鼻筋、端正な顔立ちに、艶やかな白髪を長く伸ばしていた。
万人が思い浮かべる、お伽噺に出てくる『エルフ』の姿、そのものだった。
エルフ……?そんなもの、現実に存在するのか。
神代の終わったこの現代の地上世界に、半神族のエルフなど、存在しないはずだった。
「急に出てこないでください、びっくりしますから……」
皇帝が呆れた顔をして言った。
「そして、お尋ねいただいたことにお答えするなら、『わざと』ではありません。私のような人間ごときには、悪魔や神の遣い達が、何を考えているのかなど、及びもつきませんから」
「しかし、人間の考えることにしてはなかなか『悪くない手』だと思って見ていたよ。まさか悪魔の手先たる者の芽を、摘み取るのではなく、友人として手懐けてしまうとは……」
エルフの女は愉快そうに笑う。
「貴女からの助言がなければ、私もここまでのことはできませんでしたよ。まさか、神話の世界の『悪魔』が現実に存在して、地上の人間を狙っているなんて、誰が思うでしょうか……」
オーギュスト二世が、ランサー帝国初の闇術士エンティナス・コールを、いつでも排除できる立場に有りながら、排除することなく登用してきたことには、もちろんオーギュストが彼の人柄に強く惹かれていたこともあるが、そもそも、気紛れに話しかけてきた、この半神族のエルフからの助言があってこそのことだった──漆黒の悪魔が地上に争いの種を巻いている。
もしも、エルフの言うことが本当なら、例えコールを排除したところで、何か更なる別の手を打ってくるだろう、それならば、御しやすく『善良な』コールを味方に付けるべき……オーギュストはそう考えたのだった。
「紹介しよう。彼女の名は、【半神族の長イブラシル】。今は彼女が、『翠緑のプレイヤー』としてこの世に君臨している。実際に、その目で確認しないことには、君たちも到底信じられないだろうから、わざわざお出ましいただいたんだ。我々のバックには、こうして翠緑のエルフが、そして、コールの背後には、漆黒の悪魔が、それぞれゲームのプレイヤーとして存在する、そう言うわけだ」
「勘違いをするな、我はお前たち人間の味方などではないぞ。我々『翠緑』の勢力は、あくまで傍観者。本来ならば、人間は人間の力だけで、自然のままに繁栄するなり、衰退するなりすればいいと、傍観する立場だ。それが、鬱陶しくも漆黒の魔女が下らないゲームを始めて、人間に干渉などしようとするから、正しい方向に戻そうとしているだけだ」
エルフはそこで一度言葉を切り、その場にいる全員の目を見ながら、続きを言った。
「『漆黒』の対抗色が何色かなど、分かりきっていることだろう?お前たちが、真に助けを求めるならば、相手は『純白』だよ。ゲームはあくまで、チェスゲームの盤上のように、白対黒の戦いだ。残念ながら、『彼』は酷い臆病者だから、頼りになるかは甚だ怪しいがね……。『漆黒の悪魔』が、血で血を洗う闘いをお望みならば、どうしたってお前たちは『純白の天使』を、引っ張り出さないわけにはいかないだろう」
こうして、中立の色、翠緑のエルフの助言により、コール討伐パーティーは、純白の天使を探す旅に出ることとなった。
イブラシルの言葉によれば、臆病者の天使が地上に降り立つとすれば、悪魔の手先である魔物の存在しない、『清浄な地』だろう、と言うことだった。
西大陸で魔物の存在しない、清浄な地と言えば、答えは明白だ。
リオン王国しかない。一行は、ランサー帝国南部、険しい山地の中に存在する、リオン王国へ、出発することとなったのだった。




