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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第4部(下)───プロローグ:闇の魔物の氾濫
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(2)

 アラン暦一七二八年、西大陸最大のランサー帝国は、長い帝国の歴史上、(まれ)に見る危機に(おちい)っていた。


 帝国北部の防備の(かなめ)として置かれていたシノンの領主が、突如として皇帝に反旗を(ひるがえ)し、領土を広げ始めたのだ。

 手始めに、コールはエンティナス領を易々と制圧した。

 通常であれば、地方領主の一人が造反したところで、周囲から騎士団なり術士団なりを送り込み、叩き潰せばいいだけのはずだった。

 叩き潰されることが分かっているから、地方領主も領主同士で結託してと言うならまだしも、まさかたった一人で、帝国に刃向かおうと考える者などはこれまで存在しなかった。

 ところが、シノン公コールは『帝国最強の闇術士』だった。

 最強の闇術士が、一切のモラルを無視し、思うがままに自分自身の力を振るい始めたら、世界を滅ぼすことすら可能かもしれない。

 彼の力をよく理解するニーベルンの王子エリス・ヨハンソンには、その危険性がよく分かった。

 コールには、主君に忠実な闇のドラゴンが存在し、さらには領土内に巣食う闇の魔物達を使役する力も持ち合わせていた。

 シノン中の闇の魔物たちが、いまやコールの軍勢だった。

 たとえ、相手がたった一人の術士でも、北部地方を守るよう据え置かれたタイタンの術士たち――中隊二隊、小隊一隊の計四十名程度では、とても相手にならないだろう。

 シノンとエンティナスの領地に接するすべての領主たちは、戦々恐々として、この恐るべき事態に立ち向かわなければならなかった。

 当然、ランサー皇帝オーギュスト二世も、この事態に、手をこまねいていたわけではない。

 シノンとエンティナス、二つの領地を囲む領線を、『最前線』と定め、リオンからの援軍の力も借りながら、決死の防戦を繰り広げていた。


 つまり、まさにこれこそが、かつてランサー帝国内の諸侯達の恐れていた事態の最たるものなのだった。

 エンティナス・コールを野放しにしておけば、いつか帝国に災いを及ぼす――そのようにかつて諸侯らがコールを危険視し、コールを排除しようとしていたにも関わらず、ランサー皇帝オーギュスト二世は、コールのその人となりを信じ、彼を重用した。ラマン・オーランドもまたコールの『善良さ』を信じて殺害を躊躇(ためら)ったというのに、そうしたあらゆる信頼を、コールはことごとく裏切ってみせたのだった。

 

 そんな中、ランサー帝国配下のニーベルン公国では、女王ベアトリスと、その息子エリスが、ランサー皇帝からの使いの言葉を聞いていた。

「緊急の依頼です、ベアトリス陛下。皇帝陛下は、ワイバーンの飛行の力を使い、エリス様に、帝都にお越しいただくよう、要請されています」

 ベアトリスとエリスは、顔を見合わせた。

「陛下は、魔王コール討伐の先鋒に、エリス様をご所望(しょもう)されています。あなたにしか、成し得ないことだ、と」

「皇帝陛下が、僕を……?」

 コールがランサー皇帝へ反旗を(ひるがえ)した話は、当然二人とも詳しく聞き及んでいる。

 ニーベルンと、ランサー北部エンティナス領の間には、険しい山々があるため、幾重にも張られた結界を破ってまで、魔物が攻めてきているわけではまだなかった。

 しかし、明日は我が身である。

「母さん、僕は、行きます。コールは僕の大切な友人です。このまま放っておくことは、もちろんできませんから」

 コールがニーベルンに逗留(とうりゅう)していた年から、実に七年の月日が経ち、少年だったエリスは、十九歳の青年に育っていた。

「エリス、お前には心当たりがあるのかい?なぜ、あのエンティナス・コールが、騎士のように従順に仕えていたはずのオーギュストを、突然裏切るような真似をしたのか……」

「僕にも、まったく分かりません。何せコールと最後に会ってから、もう五年も経っていますから……。その間に、彼を変貌させるような何かがあったとしたら、コールが溺愛していたシノン公夫人、クアナ姫の身に、何かがあったのでしょうか……」

 エリスはその昔、完全無欠のコールが、クアナ姫に振られそうになって、おろおろしていた姿を思い出していた。

 コールが本気で愛しているクアナ姫の身に、何かが起きたならば、たしかにコールは、魔王になってしまうかもしれない。

 逆に言えば、そのぐらいしか、コールが国家に楯突(たてつ)く理由はない気がする。

 五年前、産まれたばかりの愛娘(まなむすめ)を腕に抱いて、優しげな顔をしていたコールの横顔が(よみがえ)る。

 コールは自分と同じ、忌み嫌われた闇術の使い手ではあったが、(ちまた)の人間が思い浮かべるような、残虐非道(ざんぎゃくひどう)な黒魔術士などでは、けしてなかったはずだ。

 コールは、エリスが生きてきた十九年間、今までに出逢った誰よりも、高潔な心の持ち主だった。

 彼は、エリスが汚い手を使って、愛するクアナ姫と同士討ちをさせようとしたにも関わらず、そんなエリスの行いを水に流し、優しい兄のように、自分に接してくれた。

 一緒に過ごしたのはたった一年間ではあったものの、エリスの人生の中に、強烈な印象を残した人だった。

 漆黒の呪力を持って産まれたがゆえに、人々から忌み嫌われ、ずっと、孤独に生きてきた自分にとって彼は、唯一魂が触れ合える、稀有(けう)な存在だったのだから。

 つまりは、エリスにとって、コールは誰よりも憧れる存在だったのだ。

 彼に出逢ってからの七年間、エリスの目標はコールの生き様だった。

 エリスは、コールのような人物になりたいと、彼に憧れて自分を磨いてきた。

 それなのに……いったい、何をどうしたら、こんなことが起こるのか。

 闇術に手を出した者は、闇の力に魅了され、使役しようとした魔の力に、逆に飲み込まれて魔物と化してしまう……エリスも繰り返し聞かされてきた、そんな迷信のような言い伝えが、現実になってしまったかのようだった。


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