(3)
「もう、指一本動かせそうにない……」
「まあ、先にエリンとやり合ってたのが効いてるわな」
クアナは物凄く腹立たしい気持ちになって言った。
「私の呪力コントロールの特訓をするんじゃなかったのか!?」
こんなのは、クアナのための演習なんかではない。
「貴方は、自分のスキルアップのために、私と試合をしたかっただけだろう……!」
「お前の他に、俺の相手になる聖術士などいないからな。最高の人材と、最高の舞台が整えられているわけだ。それに乗らない手はなかろう?本当はまだまだやってみたいことがたくさんあるんだ。精神攻撃なんか、一般人に掛けるわけにはいかないしな」
「人を実験台みたいに……っ」
クアナが力を使い果たして倒れていると言うのに、よくもいけしゃあしゃあとそんなことを……。
「さすがにやりすぎだ、隊長。クアナに同情する。貴方の無鉄砲さを甘く見ていた……」
言い出しっぺのエリンワルドはさすがにばつが悪いのか、渋い顔をしていた。
「……分かったよ、クアナ姫。悪かった。調子に乗ってやりすぎたことは、本当に申し訳なかったと思っている。……だから、たまにでいいから、またオレの特別授業に付き合ってはくれないか?」
「……全力でお断りします!」
しおらしく謝れば許されると思うのか。都合のいいやつめ。
「でも……、悔しいから、今度はちゃんとコンディションが万全な時に、やらせてほしい」
ぷっ……コールが思わずと言った様子で吹き出し、朗らかな笑顔を見せた。
「お前もなかなか、しっかり『術士の性』ってやつを持ち合わせたやつだな。怖がりのクセに」
『術士の性』と言われれば全くその通りだろう。
これほど全力で聖術を使ったのは生まれて初めてのことだった。
魔を祓う快感みたいなものを、そこに感じていたのも事実。
今日は初めてだったから、負けただけ。いつかはこの憎たらしい闇術士を、こてんぱんにのしてやりたい。
「よし、お前ら、今日はここまでだ。撤収するぞ」
コールは話は終わりだ、とでも言うように言い放ち、ひょいとクアナを横抱きに抱き上げた。
「軽いな……」
「ち、ちょっと何を……っ」
「指一本動かせないんだろう?部屋まで運んでやる」
「放せ、やめろ、恥ずかしい……!」
「おいおい、暗黒魔術士は討伐されてないぞ」
またぞろ集まってきたケンとオーランド達がわいわい言い始める。
「どうやらノックアウトされたのは聖女様の方みたいだな」
「隊長、自分だけズルいって……!僕にも抱っこさせてくださいよ!」
オーランドが真面目な顔をしてそんなことを言う。
人を赤ちゃんみたいに……。
しかし、クアナが指一本動かせないのは事実であり、どうすることも出来なかったので、諦めて身を任せることにした。
下心が全く感じられないからだろうか。コールの大きな腕には妙な安心感があった。
クアナを抱えたコールを先頭に、ぶつくさ言い続ける隊員たちを引き連れて、一行はぞろぞろと寮へ引き上げていく。
もちろん、二人の様子を目にした同僚達から、いつも通り口々に卑猥な軽口を浴びせられ続けたが、コールは相変わらず全く悪びれることもなく堂々としていて、クアナはと言えば、そんなことを気にする余裕もないほどに消耗していた。
「明日は非番だ。今日はゆっくり休め」
コールはクアナを自室のベットに横たえると言った。
「そうか、非番か……」
「そうじゃなかったら、今頃、急な討伐を頼まれても、我が隊は大きな戦力を欠いた状態で戦わないといけなくなるところだ」
「そこまでちゃんと、考えてたんだね」
「まあな」
「隊長、ありがとう……」
運んでくれた礼を言っていなかったことに気付いて、一言だけ言って、クアナは気絶するように寝入った。
だから、予期せぬ感謝の言葉に、コールが思わず赤面したのには、クアナはついぞ気が付かずじまいだった。




