(7)
カゼスを辞する帰り道。オーランドはずっと不機嫌だった。
いつも陽気で明るい彼が、こんなに不機嫌なのも珍しい。彼はよほど、矜持を傷つけられてしまったのだ。
そして、それをしたのは他ならぬキリエだった。
二人はカゼスの首都カリエスの市街地を静かに歩いていた。
「ごめんね、本当に……」
彼がこれほど不機嫌なのも初めてなので、キリエはどう対処していいのか分からなかった。
「キリエ……僕は……」
思いがけない頼りない声。
大都市の街中で、オーランドはキリエを自分の懐に入れて、ぎゅっと抱き締めながら言った。
「初めて、キリエを失う怖さを知ったんだ。キリエの言う通りだよ。僕は、タカを括ってた。キリエが、『この僕』から離れることなんて、絶対にないってね……とんだ自惚れでしょう?」
キリエは思わず微笑んでいた。たしかに、とんだ自惚れ屋だ。まあキリエは、そんなことは重々承知の上でこの人と結婚したんだけど。
「お願いだから、もう、二度と、あんな酷いことは言わないで……」
彼に似合わず、傷付いたような声が、たまらなく愛しかった。
「ごめんなさい。私はもう、何があっても貴方を裏切りません」
絶対に絶対に、浮気なんか出来ないことが分かってしまった。
この人は、綺麗なおねえさんを見付けるとすぐにデレデレするくせに、そんな自分のことは棚に上げて、キリエが浮気なんか起こそうものなら、一刀両断にふされることだろう。
怖すぎる……。この人の本気の怒りと言ったら、最強の闇術士も顔負けの恐ろしさだった。
こんなご仁に、溺愛されてしまったことが、キリエの運の尽きだ。
「じゃあ、『オリー』って呼んで」
「え……っ?」
「母親にそう呼ばれるのはむしずが走るんだけど、キリエに言われるのは、好きなんだよね」
オーランドは至極真面目な顔をして言う。
「お、オリー……」
仕方がないので、キリエは意を決して言った。
「オリー、私は貴方を二度と裏切りません」
「うん、じゃあ、恋人繋ぎして」
「……えっ……」
「今度ごはん食べる時、あーん……っ、もして……」
「ええ……っ?」
「ここでキスして……!」
「それはちょっと……!」
厄介過ぎる……。
なんて人だ。
そんなことは重々承知で結婚したのだが。
どう考えても甘やかされて育った貴族の次男坊だ。性格歪みまくっている。
国家の危機かもしれないと言うのに、皇帝陛下からの命令も棚に上げて、即答で自分の妻を採るなんて……。
バカじゃないのこの人……!
キリエは夫を大馬鹿者だと心の中で罵っていたのだが、この半月後、二人が帰還し、ことの詳細の報告を受けた皇帝は、二人を全く咎めなかった。
皇帝の目論見、二人に与えた命令は、すでに達成されていたからだった。
【紺碧のプレイヤー】がランサー随一の紺碧の名門『カイル家』出身の水の使い手、キリエに興味を持つ、これほどまでの正解は、他に考えられなかった。




