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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第4部(上)───第三章:オーランドは、普段無造作に一つ結びにしているキリエの髪を、ほどく瞬間が大好きだった
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(4)

「ド、ドワーフじゃないか……っ!?いったい、どうなってるんだ……!」

 オーランドは悲鳴を上げた。

 二人にあては無く、ひとまずカゼスの首都カリエスへの鉄道に乗ろうとチケットを購入したのだが、鉄道を動かす技術者たちは、すべてドワーフだったのだ。ドワーフたちが整備した車両を、ドワーフたちの褐色の呪力が動かしている。

「ドワーフが、地上に出て人間とともに生活しているなんて……聞いたこともなかった……」

 自分達が地底世界へ(おもむ)き、ニングルの女王に会ったことも充分奇妙だったが、ここではさらに奇妙なことが起こっているようだった。

「まあ、ひとまず、お昼ごはんを調達して、その軌道車両とやらに乗ってみましょう」

 ミヨルヘルンはとても栄えていた。鉄道の駅周辺は、帝都と同じぐらいの人手だ。

 小さなスタンドでフィッシュサンドとコーヒーを購入して、鉄道に乗り込む。

 船と同じで、通常のチケットに追加料金を払えば座席が確保できるようだったので、二人はここでも出し惜しみせず座席に座った。

「やはりカゼスが一番栄えてるな……」

 ここまでミズラ、カラ、ストーラなど数ヵ国を見てきたが、カゼスの繁栄振りは群を抜いていた。

 オーランドはコーヒーを片手に、珍しく彼らしい冴えた目をして言った。

「キリエ、どう思う?」

「え……?」

 キリエは聞き返す。

「相手が呪力で起動する魔導技術(アーティファクト)の兵器だとしたら、対抗手段は何だろう……?」

 彼は真剣そのものの顔をしていた。

 これから戦争をするかもしれない相手国の驚異的な技術の恐ろしさを痛感しているのだろう。

「皇帝陛下が僕たちをカゼスへ派遣した理由は、これを僕たちに見せるためだったんだね……。魔導技術(アーティファクト)をこの国にもたらしたのは、十中八九【紺碧のプレイヤー】だろう。この国にはやはり、紺碧のプレイヤーがいる。紺碧のプレイヤーを味方につけろ、ということは、すなわち、アーティファクトを味方につけろ、と言う意味と同義だと言えるね。これがあるのとないのとでは、たしかにかなり大きな戦力差になる。僕たちは、なんとしても紺碧のプレイヤーを味方に付けないといけないよ。なかなか、責任重大な任務になりそうだ……」

 キリエも頷いた。

「たしかに、最強の闇術士でもいない限り、地底世界へは辿り着くことすら無理なんだから、アーティファクトをカゼスヘもたらしたのは、きっと、紺碧のプレイヤーなのでしょうね」

 でも、分からないこともある。

 ドワーフは地底世界の、褐色の女王の配下にあるはずなのに、なぜ紺碧のプレイヤーなのだろう……?

 我々は、褐色のプレイヤーをすでに味方に付けている。そのことは、今回のことにどのような意味をもたらすのだろうか……。


 その日の夕方、カゼスの首都カリエスヘ到着し、客車を降りると、カリエスの駅で、待ち構えていたように黒ずくめのスーツの人間達が、オーランドとキリエを取り囲んだ。

「ランサー帝国皇帝オーギュスト二世からの使者とお見受けする」

 二人は身構えた。

「なぜそれを……?」

「何一つ不思議なことはないですよ。ミヨルヘルンで入国手続きをされたでしょう?……皇帝陛下のパスポートを示されて」

 オーランドはむっとした。それにしても、情報が早すぎる気がする。何か、気に入らない雰囲気のある者達だ。

「我々、カゼスの大統領府は、あなた方を歓迎します」

 大統領府……。

 カゼスが共和制を敷いていると言う噂は本当だったのか……。

 西大陸に、共和制の国は他にない。国民が、最高決定権を持つ国家の元首を自らの中から自ら選ぶ制度……。どう考えても西大陸の政治史の中で一歩、どころか百年も二百歩も抜きん出過ぎている。

 ここにも『紺碧のプレイヤー』の入れ知恵が働いているとは言えないだろうか……。

 黒ずくめの者達に誘われ、二人はこれまた黒塗りの小型車両に乗せられた。二人とも、生まれて初めての自動車だった。運転士の呪力に反応して、勝手に車輪が転がり始める。

「すごい技術ね……」

 お尻が痛くなるほど乗り心地の悪い辻馬車にしか乗ったことのなかったキリエは、開いた口が塞がらなかった。

 二人は、空恐ろしさを感じるほどの、アーティファクトの力の偉大さを思い知らされることとなったのだった。


 そして、あっと言う間に一行は、白亜の宮殿のような、大統領官邸へ到着した。

 広い芝生の庭には車両通行用の道路が整備されており、建物の入口前まで乗り入れることが出来るようになっていた。

 スタッフの一人が車両の扉を開け、二人を官邸の中へと案内した。

 すでに日は落ちて、とっぷりと暗くなっていたが、官邸はランプの光に煌々と照らされていた。

 これも、魔導技術(アーティファクト)の明かりなのかもしれない。

 両開きの木製の扉を開くと、床は黒と白の市松模様の大理石。正面に真っ直ぐ幅の大きな階段が続いていて、階段には赤い絨毯が敷かれていた。

 一行はその絨毯を踏みしめながら二階へあがる。

 階段の途中にある窓には幾何学模様のステンドグラスが嵌まっていた。

 踊場を折り返してさらに歩を進めると、天井の高い広いホールに辿り着いた。

 舞踏会でも出来そうなほどの広さだ。いくつも並ぶアーチの形の窓が美しい。白地の壁に金の装飾が入っている。

 その中央に晩餐の用意があった。

 初めから、我々がここに来ることが分かっていたかのような準備のよさだ。

 二人がホールに足を踏み入れると同時ぐらいに、二人の男がホールに入ってくる。

 国家の元首とは思えない、粗野な雰囲気の男達だった。左の男はクセのある濃い褐色の長髪を無造作に束ね、無精髭の暑苦しい男。

 年の頃は、三十代後半から四十代ぐらいだろうか。薄いグレーのウールのスーツに、臙脂(えんじ)色のチェックのネクタイを締めている。

「ジェラール・ウルタード、この国の元首だ」

 握手を促され、状況を理解できないまま、オーランドはその手を取った。

「オーランド・セカールと、妻のキリエだ」

 名乗るべき肩書きも持ち合わせていない。

 なぜただのランサーからの旅行者である我々が、この場に招かれているかも分からなかった。

「コイツは、あまり気にしなくていい。正式な名は俺も知らんが、呼び名がないのも困るので、ただアルファトスと呼んでいる」

 隣の男も、同じような、青みがかったグレーのスーツを着ていた。

 こちらは、粗野と言うよりは美しさが勝っている、男らしい顔付きをした美丈夫だ。波打つ獅子の毛のような長い金髪を無造作に下ろしている。瞳は、美しい金色だった。

 いけ好かない……。

 『我が妻』だと言っているのに、初対面からいきなり、金の目を細めて、キリエを不躾(ぶしつけ)()めるような目で見ている。

「なかなか美しい奥方だ。(うらや)ましい限りだね……」

「こら、争いは無しだと言ったのはお前だろう。無礼な男で許して欲しい。どうぞ、長旅で疲れただろう。掛けてくれ」

 グラスに酒が注がれ、豪華な料理が運ばれてくる。

「我が国のアーティファクトは堪能して頂けただろうか……?」

 ジェラールが言うので、オーランドは単刀直入に聞いた。

「もしよろしければ、アーティファクトの『兵器』を見せてもらうことはできませんか……?」

 オーランドの直球の言葉に、ジェラールは軽く面食らった顔をする。

「いきなり何を仰る……」

 オーランドはジェラールの反応を目を光らせて見ていた。

 否定はしないのだな、と、言うことは、やはり存在はするのだ、どんな代物かは想像もつかないが、アーティファクトの兵器が。

「心配しなくても、隠したりはしないよ、『翠緑』の手先よ……。ククク……我々が人間にアーティファクトなど勝手に与えたりしたことを知ったら、『翠緑のプレイヤー』はよほど腹をたてるだろうがな……何せ『翠緑』は、自然をこよなく愛し、人工物(アーティファクト)を毛嫌いしているからな」

 オーランドはピクリとする。

 いま、『翠緑のプレイヤー』の手先と言ったか……?やはり翠緑のプレイヤーも存在するのか……。

 自分は手先になった覚えなど一切ないが……。

「アルファトス……と、言いましたか?『プレイヤー』とは、いったい何なのですか……?深紅、紺碧、翠緑、褐色、純白、漆黒……すべてにプレイヤーが存在するのですか?」

 オーランドのまたも直球の質問に、アルファトスは面白そうな顔をした。

「ククク……そうか。知らんのか。その様子だと、翠緑のプレイヤーには会ったこともないようだな。……今は分からずとも、早晩、イヤと言うほど理解する日が来るから、安心せよ」

「アルファトス、我々はこの国に、『紺碧のプレイヤー』を探しに来たのです。我々はすでに褐色の女王と手を結んでいます。地底世界の女王ですよ、ドワーフの長でもある。貴方たちは、勝手をしていて良いのですか?ドワーフの力であるアーティファクトは本来、女王と手を結んだ我々の物なのでは……?」

 オーランドは探り探り言葉を投げ掛ける。そのほとんどがはったりだ。

「ほお……そなた、なかなか理に敵ったことを言うではないか……さすがは翠緑の手先と言ったところか。ならばその洞察の良さに免じて解説をしてやろう。アーティファクトは元より我々知識と叡知(えいち)の『紺碧』の結晶たる代物だ。ドワーフに使わせているのは、あくまでも地底世界にアーティファクトを製造するに相応しい鉱物が多く存在するためだ。彼ら小人族は手先は器用なのだが、頭が悪すぎて、紺碧の知識無くしては、自らこれほど高度な道具などは造れっこないのだよ」

 人を食ったような物言い、ますますいけ好かない。

「翠緑の手先よ、我はそなたなどには興味がないのだよ。ククク……我の興味があるとすればどちらかと言うと隣にいらっしゃる奥方の方だ……。なかなか、『人間』にしてはいい色の呪力を持っているじゃないか。思わず見惚(みと)れてしまったぞ……」

 まったく、胸糞悪い笑い方をする男だ。

 結局オーランドとキリエは、この二人の男達と全く心を通わせることが出来ぬまま、晩餐を終えることとなってしまった。



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