(2)
「ごめんね、せっかく来てもらったのに、コール、忙しくて仕事が終わらないみたいで……」
「酷いよなあまったく、新婚だって言うのにこんなに可愛い新妻を捨て置くなんて……」
オーランドが久しぶりに会う小さな聖術士に同情して言う。
「大丈夫?ちゃんと愛してもらってるの?コールは昔からほんとうに奥手で淡白だったから心配だよ……」
オーランドは妹にするみたいにクアナの金髪をなでなでしながら言った。
「そ、それはもう……心配には及ばないよ」
クアナはほんのり頬を染めながら俯く。
「コールも別に、遊んでいるわけじゃないんだし。仕事なんだから仕方がないだろう?」
「ほんとに、ほんとに仕事なんですよね?可愛い新妻をほって置いて浮気なんかしてるわけじゃないでしょうね……?」
キリエがすっかり所帯染みた言い方をする。
「そっそんなこと、コールに限ってあるわけがないだろう……っ?あの人を侮辱するようなことは言わないでくれ……!」
クアナはキリエの言葉に突然、正義感を顕にして怒り始めた。
「ごっごめんなさい、クアナ姫……あなたのことが心配で、余計なことを申しました。たしかに、あの硬派なコールさんに限って、そんなことは考えられませんね!」
キリエは心底恐縮した様子で言う。
「うんうん、そりゃ、あの恐ろしい厳神みたいな御姉様がいる手前、コールも下手なことはできないよね……下手したら本当に殺されてしまうよ……」
こくこく……とキリエもクアナも頷いた。
真新しい晩餐室の食卓には、シノン城の料理長が、腕によりを掛けた料理が並んでいた。
皇帝が国家の財と、シノンの鉱山の収益等で数年掛けて築いた城は、惚れ惚れとする名城だった。建具や家財道具にも、センスが行き届いている。
季節は進み、世の中は、年末の休暇中。オーランドとキリエは、部隊ごとに交替で取る年末休暇を使って、シノンに遊びに来ていた。
シノンの冬は雪深い。暖炉では赤々と炎が燃え、窓ガラスの外はしんしんと降り続く雪景色だった。
「クアナ姫、今日はお酒は飲まないんですか?」
キリエは自分だけ炭酸水を飲んでいるクアナを見咎めて言った。
この小さな聖女が見た目に似合わず酒豪であり、酔うとタガが外れたように笑い上戸になることをキリエは知っている。
「じ、実は……赤ちゃんが出来たんだ……。飲酒は、お腹の子に良くないって聞いたものだから……」
クアナは顔を赤らめて恐縮するように言った。
「あらまあっ、それはそれは、余計なことを言いました。おめでとうございます……!」
キリエは驚きながらも、心から祝福の言葉を贈った。
オーランドは思わず吹き出した。
「てっ展開早いな……。心配して損したよ。あの人、無垢な少女がどうのこうの言ってたんじゃなかったっけ……」
オーランドは愉しそうに笑いながら言う。
「変な言い方しないで!いいじゃないっ、お二人は正真正銘の夫婦なのよ?いつまでも第一子が出来なくて悩む夫婦もいるんだから……っ!全然早くないし、お二人が結婚して半年以上経つんですから、当たり前ですよ!」
真面目のキリエが怒ったように言い返した。
「ち、違うんだ……!あの人は、心配性なんだよ……」
クアナは話が変な方向へ行かないように、慌てて言った。
「私達がせっかく夫婦になれたと言うのに、不安を煽るようなことを言ってくる人達がたくさんいるでしょう……?うまくは言えないんだけど……何か、不吉なことが起きるような予感がして……」
クアナは不安げに金の指輪を触りながら言った。
だから、二人を結ぶ確たる証が欲しい。それは、二人一致した考えだ。
「コールも難儀なことだよね……。あの恐ろしい皇帝に気に入られちゃったばっかりに、散々っぱら使われて……大変な目にばかり遭わされているんだから……。まあ、コール自身もそれに喜んで応えているようなところがないことはないけど」
オーランドはコールに同情して言った。
『主』と『従』だなんて言ったら、唯我独尊なコールに怒られそうだが、皇帝とコールの関係性は、『闇術』と言うコールの愛すべき玩具を介した主従関係であると言えなくもない。
皇帝は、国家の繁栄のためにコールの闇術を利用し、コールはその立派な名目のもと、思う存分闇術を使える機会を与えてもらっている……ウィンウィンの関係じゃないか。
「コールはシノン公に収まったから、今までのような危険なことは起こらないと思いたいのだけど……願わくはこの子が純白と漆黒を結ぶ『絆』になってほしいと思っているんだ……」
クアナは自分のお腹を切なげに撫でながら言った。
「クアナ、心配しないで。ストレスはお腹の子に毒だよ。大丈夫。皇帝陛下もついてるし、今は少し離れているけど、君たちには仲間がたくさんいるんだからね……!」
オーランドはクアナを勇気づけるように言った。
「赤ちゃんが産まれたら、必ず教えてくださいね!何をおいても、真っ先に会いに来ますから……!」
キリエも力を込めて言う。
その時、晩餐室の扉が荒々しく開いて、この城の主がつかつかと入ってきた。
今年三十一歳になるシノン公コールは、貴族風の渋いグレーのシャツに仕立ての良いウールのジャケットを羽織っていて、完全に一領主の風格があった。
コール隊長、帝都にいた頃は貴公子だったけど、いまやすっかり『王様』だわ……相変わらず素敵……。
キリエは昔から硬派なコールのファンだった。
「……ったく、ようやく終わったわ……。どいつもこいつも無茶なことばかり言いおって……。我が父の偉大さを生まれて初めて思い知らされている思いだよ。領地の経営がこんなにも大変だとは……!」
コールがぶつくさ言いながらクアナの隣に座る。
「おつかれさま、シノン公……!」
クアナは大好きな主の帰宅に、ニコニコと心底嬉しそうな顔をして出迎える。
この殺伐とした魔王と、無邪気そのものといった様子のにこやかなお姫様……相変わらず、落差が半端ないカップルだ。
「苦労してるみたいだね、コール。たしかに、気が短い君に領地経営が向いているとは思えないよ……」
オーランドはクスクス笑っている。
「酒だ酒……!酒が足りんぞ……!」
お、おじさんだ……前言撤回だ。
コール隊長がすっかりおっさんと化している……。
隊長だった頃は、あんなに素敵な、古代種の血を引く貴公子だったのに……。
「さっそく後継者もこさえたんだって……?シノン公家は将来安泰だね!」
オーランドは相変わらず茶化すように言う。
「久しぶりの再会を楽しみたいなら、口を慎んでおくことだな……。今日の俺は少し、機嫌が良くないぞ……」
コールが脅すように言う。
「『少し』じゃなさそうだし……いつものことでしょう、あなたの機嫌が悪いのは……」
オーランドは『へ』でもないような顔をしながら言った。
「もう!久しぶりの再会をなんだから、ケンアクなのはなし!積もる話がたくさんあるでしょう?」
クアナは以前の通り、二人の仲を取り持つように言う。
本当はこのお話の前にエリスやアリシアが絡むバトルシーンがあるのですが、盛大にカット致しました。
ご希望があればアップしますのでお声掛けください( ^ω^ )




