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第4部の始まりです。
結婚してシノンに引っ込んでしまったコールとクアナですが、
そんな二人のラブラブなエピソードもチラ見せいたしますので、ご心配なく!
「オーランド隊長、お願いがあるんです……! 」
「神妙な顔して、いったいどうしたの……?」
本日は、当直。
クエストに呼ばれる気配もないので、キリエとのんびり夕食を採っていたオーランドは、クアナが居なくなって、またまたチーム最年少になってしまったフリンの、真剣な眼差しに見詰められてたじたじしていた。
「フリン、まだ『隊長』じゃないですよ。この人が『隊長』になるのは、明後日からでしょう?」
「相変わらず、揚げ足とりますよね、『副隊長』……」
フリンはうんざりして言った。コール隊長がコカトリス第三小隊を退いた今、実質うちの隊長はこの人なんだから、いいじゃないか。
「だから、私もまだ『副隊長』じゃありませんって……」
「君は少し、黙っててよ」
オーランドは邪険にキリエの言葉をさえぎって言う。
「それで、僕にお願いって、いったい何なの?」
「女子寮に、行きたいんです。僕一人じゃ入れてもらえませんけど、隊長の腕章を付けてる貴方と一緒なら、通してもらえるでしょう?」
そうなのだ、つい先日コールとクアナが結婚し、二人が揃ってシノン城へ引きこもってしまったため、秋の人事異動を目前に、ひとまず隊長の腕章は先んじてオーランドに引き継がれていた。
オーランドとキリエは顔を見合わせる。
「フリン、君にも遂に春が……っ?」
「気持ちは分かるけど『夜這い』はダメですよ……だいたい貴方、あんなにかっこいいこと言って、ナセル女王との約束はどうなったんですか?地底の女王に呪い殺されますよ……!」
この人達は……揃いも揃って……。
フリンはため息をついた。
「違いますよ……。夜這いなんかするわけないでしょう?来週からうちの班にくる聖術士が、寝込んでるって言うからお見舞いに行きたいだけです……!彼女、僕の同期なんですよ」
「ほんとに何もないんですか……?」
「隠さなくてもいいよ。消えてほしかったら消えるから、事前に言っといてよ」
オーランドとキリエは懲りずにぶつぶついいながらフリンを伴って女子寮へ向かう。この人達、この手の話が大好物なところは夫婦でそっくりなんだから。
「絶対に消えないでください。彼女は、僕の、親友の恋人なんですから……」
「うわ……っ何それ、修羅場じゃないっ。親友の彼女に手を出そうって言うの……?フリン、温厚そうに見えて腹黒いんだから……!」
「だから、もう、お願いだから、少し黙っててくれませんか……」
フリンは疲れた声で言った。
フリンは、部屋の扉をそっとノックする。
「アリシア、大丈夫……?憧れのオーランド様が来てくれたよ……」
人の動く気配して、しばらく待たされた後、扉から顔を覗かせたのは、クアナ姫やリッカ嬢にも勝るとも劣らない、匂いたつような美女だった。
熱に浮かされているのか、少し上気したような頬と、涙袋が強烈な色気を醸している。
彼女は長い金髪を耳に掛けながら言った。
「フリン……私もう……どうしたらいいの……?」
縋るようにフリンの腕を握った手が、燃えるように熱かった。
「てっきり仮病でも使ってるのかと思ったら、ほんとに熱があるの……?」
フリンは驚いて言った。慌てて彼女を促してベッドに横にならせる。
オーランドとキリエも、遠慮がちに部屋へ足を踏み入れた。
綺麗に片付けられ、センスのいい小物たちの並べられた部屋だった。大人の女性の雰囲気だ。
「そうよ。仮病でも使おうと思ってたのに、明後日からのことが怖すぎて、ほんとに熱が出ちゃったみたい……」
「ほんと……人事院も酷なことするよね。よりによって君と、アークライト・リッカが同じチームだなんて……」
まあさすがの人事院も、この人達の過去に何があったかなんて、いちいち把握していないんだろうけど。
「私、軍隊に入ってからは、『黒歴史』は封印して、一生懸命、人当たりがよくて優しい頼れる聖術士のキャラクターを造りあげようとしてきたのに……」
彼女は可憐に顔を手で覆って俯く。
「やっぱり、悪事は露呈するものなのね……」
「白々し……演じなくていいよもう、うちのチームでは。演じたって無駄でしょう?僕とリッカが揃ってるんだから……」
フリンは学生時代から今の今まで、長年彼女の相談役いや、カウンセラー?を勤めている。彼女がしたたかな『あざと系』であることも、中身はとことんうたれ弱い乙女であることも、何でも知っているのだ。
そして最終的には、ちゃっかり『本命』を手に入れているところなど、さすがの手腕と言えるだろう。
「いちおう紹介しておきますけど……、この子が僕の同期の聖術士アリシア・メイです。その昔、『一人の男』を巡って、リッカと壮絶な争いを演じた猛者です」
アリシアはフリンの言葉に、心底ショックを受けたとでも言うような顔をして、熱に浮かされた瞳をさらに潤ませて言うのだった。
「ヒドい……貴方のこと、大切なお友だちだと信じていたのに、そんな紹介の仕方……あまりに酷いわ……」
するとフリンとアリシアの繰り広げる一幕を面白そうに見ていたオーランドは、ここぞとばかりに彼女の細い肩に手を置いて言うのだった。
「どうか泣かないでおじょうさん……君が優秀な術士だと言うことは、僕もよく聞き及んでいるよ!明後日から君の『隊長』になる予定の、オーランド・セカールと……」
「その妻、キリエです」
キリエは、どさくさに紛れて美女の肩を掴んでいる夫の手を払い除けると、すかさず言った。
「あなた、気を付けることね。下手なことをしていたら、『消される』わよ……」
こういう手合いには、初めにしっかりと示しておかなければ……!
キリエはこの部屋へ入った瞬間から、目の前の三歳年下のあざと系女子に殺意を抱いていた。面食いの我が夫を誘惑しようものなら、秘密裏に消されたとしても、恨めないぞ……。
「まあ、なんてお似合いなお二人かしら……帝国軍中の女子の憧れ、ラマン・オーランド様の奥方になられた方なんて、どんな女性かしらとお会い出来るのを本当に楽しみにしていたのですが、涼しげな目元がなんとも凛々しい素敵なお方……。オーランド様に、この上なくお似合いの奥さまですわね……!」
こ、この女……。ペラペラと……。熱に浮かされていたのではなかったのか……?
キリエはそら恐ろしさを感じていた。歯の浮くような褒め言葉を何の不自然さもなく述べてみせる……。これは只者ではない。こういう手合いが一番恐ろしいのだ。
リッカ、お願い……こっぴどく撃退して……!キリエは心のなかで戦慄の戦乙女に懇願した。
「『ラマン・オーランド』ではありませんよ。私と結婚してこの人は、ラマン家の姓を名乗ることはできなくなりましたので、断絶した分家のお名前をいただいたんです。今はオーランド・セカールとキリエ・セカールです」
これみよがしに得意の揚げ足を取るキリエ。
すると、アリシアは、全く怯むこともなく、余裕のあざと系を演じきって言うのだった。
「キリエ奥様、どうか、憐れな私をお助けください……。私、聖術士として働くことに生きがいを感じていたはずなのですが、ここへ来て、どんな運命の悪戯が分かりませんが、あの恐ろしいアークライト・リッカと同じ部隊に配属されることが分かってからと言うもの、毎日が憂鬱で憂鬱で……。こんなにお仕事に行くのが辛いと思ったのは、入隊以来初めてのことですわ……」
「ふん……私に取り入ろうとしたって無駄よ。私はむしろリッカとは、大の仲良しなんですからねーっだ!」
フリンは呆れていた。まるで子どもだ。体型と言い、仕草や余裕のなさと言い、どちらが年上か分からない……。
「キリエ、アリシアがあまりに美人なんで焼きもち焼いてるんだね……。大丈夫だいじょうぶ、君も充分、負けてないからさ」
オーランドは、一年前にリッカが現れた時と同じようなことをおざなりに言う。
「あ、貴方は……そうやっていつもいつも、私のことを馬鹿にして……っ」
「いい加減にしてください!」
ついにフリンが怒鳴った。
「オーランドさんも!面白がって話をややこしくするようなことを言わないでください……っ!貴方は相変わらず、そうやってキリエさんを虐めるのが趣味なんですから……っ!」
「あ、あのぉ……」
アリシアが遠慮がちに声を掛ける。
「私、病人なんですけど……」
「き、み、も、だ!早く体調治さないと、リッカに『体調管理も出来ないなんて、情けない方……』とか何とか言われるぞ。もう、イヤだ……コカトリス第三小隊が平和になる日は来ないのか……?こんなのは、皇帝陛下の新手の嫌がらせだ……コールさんと言う玩具が無くなったから、僕たちに矛先が回ってきたんだ……っ!」
「いやあ……つくづく、運命の巡り合わせの不思議さを感じるよ……」
アリシアの部屋を辞して、オーランド次期隊長が神妙な顔をして言うので、キリエとフリンは首を傾げる。
「彼女が、コールとクアナが結婚する前にこのチームに来ていたら、いったいどうなっていたと思う……?」
オーランドは世にも恐ろしい話を始めるかのように言うのだった。
「僕は美女には免疫があるから大丈夫だけど、あの、闇術にしか興味のない朴念仁みたいな男が、あのあざとい色香にあてられたらどうなることか……」
「た、たしかに……」
キリエも、想像するだに、怖くなってきた。
たしかに、同じ金髪碧眼だが、タイプは全く違う。クアナ姫は、ちまちまっとした人形のように可憐で愛らしいお姫様だが、リオンの清浄な山の中で育った純粋無垢な聖女なので、男を誘惑するスキルは持ち合わせていない。
「私たちが必死に焚き付けたから良かったものの、コール隊長はそもそも、クアナ姫に対して女性としての魅力は感じていない様子でしたもんね……」
二人並べて、どちらか選べと言われたら、アリシア・メイの大人の魅力にやられていたかもしれない……。
「冗談も休み休み言ってください、貴方たち……」
フリンは、下らない、と思いながらも、念のため突っ込んでおく。
「アリシアはああ見えて、一途なので大丈夫です。一途過ぎて、タガが外れかけたことがあるぐらいですから……」
フリンは、四年前の恐ろしい一件を思い出しながら言った。
「本当にそう言える……?相手はランサー帝国のラスボス、エンティナス・コールだよ。この国に、あの人に勝てる男が存在するのかな……」
フリンは、頭の中で、自分と同い年、二十二歳の褐色の友人と、九歳年上の黒の魔王を比べてみた。
「うっ……か、格が違います……」
フリンも、認めざるを得なかった。
まさかこの人達、冗談じゃなくて、本気で議論しているのか……?
「クアナ姫が、コール隊長を誰かに奪われたりしたら、それこそ、神罰が下されてしまいます……っ。リオンの術士を敵に回すだけで済むとは思いません。ランサー帝国は滅亡ですよ……!」
キリエの語るバッドエンドのルートが、なにやら信憑性を帯びてきた。
「せっかく皇帝陛下が苦労してクアナとコールをくっ付けようとしたことが、全部水の泡になるね……。やっぱり僕は、功労者じゃないか……!」
「そうよ。バッドエンドのルートを辿った場合、たぶんクアナ姫はコール隊長の最大のライバルである副隊長と結ばれていたでしょうから、私は、貴方と結婚することはなかったでしょうね……それはそれで、私もそれなりに幸せになってたに違いないですけど……」
「何だって……!?今のは聞き捨てならないな……。まだ懲りずにそんなことを言うのか……?」
「でも、貴方は『略奪愛』に興味がなかっただけなんでしょう?略奪する必要もなく、失恋で泣いてるクアナ姫なんて、目の前にしたら貴方、どうなるか分かったものじゃないわ……」
はあ……。フリンは盛大なため息をついた。
また始まったよ。『生きる伝説』だと思ってたのに……。下らない戯れ言を延々と繰り広げることができる……信じられないぐらい子どもっぽい人達だ……。
「あなたたち……勘違いしてるみたいですけど、本当の恐怖は、これからですよ。運命の悪戯か何か知りませんが、まさかリッカと、アリシア・メイが同じチームになるなんて……修羅場以外の何物でもないですよ……」




