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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───終章:キリエには、目の前の世界がキラキラと光って見えた
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第3部おまけ:ガートルード・カイルは、使用人に手渡されたカードの差出人を見て、衝撃を受けていた(1)

 ガートルード・カイルは、使用人のマリベルに手渡されたカードの差出人を見て、衝撃を受けていた。

「キリエ・カイル……」

 エリンワルドの妹の名前である。

「大奥様に渡すより先に、貴方にお見せした方がよろしいかと思いましたので」

「マリベル、貴方は、優秀な使用人だわ」

 ガートルードは、懸命な判断だと、感謝の意を伝えた。

「これは大変だわ……」

 早急に、夫に連絡をしなければ。伝書鳩を借りようかしら……。

「いったい、何のお知らせですか?」

 マリベルが不安そうな顔で言った。

「結婚式の招待状よ……!キリエさんが、結婚するんですって……!」

「ええ……っ?」

 マリベルも戸惑った顔をする。

「でも、カイル家には何の話も来ていませんよね……」

「大胆なことをするわよね……。まあ、あの人の妹だもの。それに、お相手は、ラマン侯爵家のご子息ときてる……」

 連名で書かれた「ラマン・オーランド」の名も衝撃的だった。

 侯爵家出身の術士など、それだけで注目の的だったから、ランサー帝国軍所属の水術士であるガートルードも、もちろんその名は知っていた。

 華やかな貴族の御曹司といった風情の男と、地味で幸の薄そうなエリンワルドの妹が、結婚……?何かの間違いじゃないかしら。

「まるで、灰被り姫ね……」

 ガートルードは、なんだかワクワクしてくる気持ちで、マリベルに言った。

「いますぐ、エリンワルドにこのことを伝えてちょうだい!伝書鳩を使ってもいいから。一番早く伝わる方法でお願い……!」

 結婚式はちょうど一月後だった。早くしなければ、間に合わない。

「問題は、これを大旦那様と大奥様に、どうやって伝えるかよね……」

 ガートルードは、頭を悩ませた。

 ガートルードも、義理の妹であるキリエのことは少なからず心配に思っていた。エリンワルドと結婚してから、機会を見て何度か声は掛けたものの、明らかに自分達のことを避けられていて、まったく相手にしてくれなかったのだが、そうこうしているうちに、自分も子どもたちの世話が忙しくなり、彼女とは結局、没交渉のままだった。

「はあ……気が重いけど。こんな機会でもなけりゃ、修復できそうにないものね。彼女がきちんと招待してくれてるんだもの。私も一肌脱ぐ必要がありそうだわ……」


 毎日、非常に気の重い、家族揃っての食事の時間。朝・昼・夕のこの三回は、恐ろしい義父、義母とどうしても顔を付き合わせないではいられないのだった。しかも、エリンワルドが西部グリフォンに転属になってしまってからは、クッション剤になってくれる存在も居ないのである。

「ほらほら、あなたたち、早くしないとまたおばあさまに小言を言われるわよ……っ」

 長男と次男、年子の二人は、養成学院の寮に入ってくれたので助かっているのだが、九歳の三男、七歳の長女、三歳の次女の三人が、カイル家にはまだ残っていた。

「ウィルお願い、ヘザーとエリカを捕まえてきて……」

「術を使ってもかまいませんか……?お母さま」

「なんでもいいわ。とにかく早くして……っ」

 ガートルードは額に手を当てる。毎日毎日、同じことの繰り返しだ。義母に嫌味を言われぬよう、気を張ってばかりいる。

 三男のウィルは、五人の子どもたちの中でも、最も頼れる存在だった。長男のアーサーは、父親にそっくりの常識知らずの術マニアだし、次男のローウェンは親の言うことなど全然聞かない自由人タイプ。三男は、そんな二人の姿を見て育ったせいか、一番バランス感覚に優れた性格だった。

 ウィルは文句一つ言わず、捕縛の呪文を使って二人を引っ張ってきた。

「ひどーい、おにいさまー!まだエリカの髪、結ってる途中だったのにーかいじゅ!かいじゅ!かいじゅー!」

「解呪なんか、まだ使えないだろうお前……」

「ありがとう、ウィル」

 ガートルードは、結っている途中だ、という末娘の髪を手早く仕上げて、朝食の席へと向かった。

「相変わらずグズだねえ、お前たちは……朝食の時間も守れないのかい?」

 ガートルードはむすっとして席に着いた。

「あら、おばあさま、わたしたち、今朝もちゃんと朝のにっかをすませてから来ましたのよ……」

 怖い祖母にもまったく怯まない長女のヘザーだった。

「今朝の一番は誰だったんだい、ヘザー?」

「そんなの、わたしよ、きまっているでしょう」

 義母は意地悪そうな笑みを浮かべて言う。

「お前は優秀だねえ、ヘザー。それに比べてウィルは……来年学院へ入学だと言うのに、妹に負かされっぱなしでどうしようと言うんだい」

 ガートルードはイライラしていた。それぞれのレベルに合った朝の日課を与え、三人に、一番を競わせているのだ。

「やめてくださいお義母様。私達のやり方に、口を出さないでくださいといつも言っているでしょう……?」

「『私達』……?『お前の』の間違いだろう、ガートルード。お前なんかをエリンワルドと一括りにするんじゃない」

 義母はぴしゃりと言って、続ける。

「五人も子どもがいるんだ。競わせて潰し合いをさせて、一番優秀な人間を次期当主に選ぶのが当たり前だろう?」

 ガートルードはカトラリーを持つ手に思わず力を込めていた。会話をするだけで吐き気がしてくる。

「そうやって……娘を一人潰したと言うのに、反省をなさらないんですか貴方は?」

「キリエのことを言っているのかい?あの娘は潰れてなどいないだろう。あれでどうして、なかなか優秀な術士に育っているようだ。さすがはカイル家の血を引くだけのことはある」

 本気で言っているのか、このご仁は……。

 隣に座るカイル家当主は、我関せずと言う顔で、黙々と朝食を採っている。

 過干渉で厳しすぎる母親と、無関心な父親。『毒親』以外の何者でもない。エリンワルドがまともに育ったのが奇跡のようだ。

「あなたのやり方は古臭いんですよ。今時、厳しく追い詰めて、潰し合いをさせるだなんて……。厳しさももちろん大事だとは思いますが、人格を否定するようなやり方は、私が許しません」

 義母の顔が引きつる。……またやってしまった。キリエの結婚式について、切り出さないといけないと思っていたのに……。こんなんでは、とても話し合いをできるような状況にない。

 エリンワルドさえ、この場にいてくれれば……。でも、彼が帰ってくるのを待っている時間などはない。結婚式は一月後なのだから。


「また喧嘩をしてるのか、お前たちは……」

 溜め息混じりの冷静な口調……って、

「えっ……どう言うこと?なんで貴方がここにいるの!?」

「だから、お前は『ダメ』だって言ってるんだ。自分の夫の動向も把握していないとは……」

 義母が呆れたように言う。

「僕は、気付いてましたよ。お父様の呪力が帝都に入ったな、というあたりから」

「なっ……そう言うことは早く言いなさい、ウィル!!」

「いやいや、お母さまも当然知っているものと思ったんですよ」

 九歳のウィルにまでこんなことを言われる始末……。

「それにしても、なんで今……?私はついさっき、貴方に連絡を取るようマリベルに言付けたばかりだって言うのに……」

「キリエが結婚するんだろう?オーランドと俺は、同じチームで四年間過ごした仲だぞ。事前に話を聞いているに決まっているだろうが……」

 うっ……、それも、そうか。

「たまたま、まとまった休暇が採れたから、一端帰ってきただけだ。俺は自分でゲートを開けるから、隊長の特権で、自由に往き来できるしな。ただ、式までにはもう一度西部に戻らねばなるまい。俺も、これで隊長をやっている身だ」

「はあ……。何にせよ、貴方が帰ってきてくれて、良かったわ。招待状に、返事をしなければならないからね」

 ガートルードは、夫にオーランドとキリエから送られてきたカードを見せた。

 エリンワルドは、開いた席に腰掛けると、しげしげと招待状を見つめる。

 実家に結婚式の招待状を送りつけるなんて、なんとも奇妙な話だ。

「キリエが結婚するだと……?聞いていないぞ、そんな話は。いったい相手はどこの馬の骨だ……」

 義父がようやく口を開いた。

 いたのか、あんた。あれだけ放置していた娘の結婚相手に興味を持つとは……。

「帝国軍の風術士ですよ。キリエさんの所属する部隊の副隊長にあたる人です。しかも、実家は侯爵家。大貴族の御曹司ですよ……!」

 ガートルードは何も知らない義父に説明する。肩書きだけ並べると、いったいどんな人物だ、とのけ反りそうになる。

「しかし、まさかあのオーランドが、キリエと結婚とはな……アイツが義弟になるなんて、真っ平ご免だ」

 感情の起伏が乏しい我が夫は、仏頂面のままそんなことを言う。

「どんな人物なんですか、ラマン家の次男坊にして、最強の風術士と名高いラマン・オーランドとは?」

 ガートルードが聞くと、

「私はこの間、直接ご本人にお会いしたよ。紺碧ではないが、なかなかいい呪力だった。しかも、ラマン侯爵家と姻戚関係を結べるとは……グズの割には、なかなか役に立つじゃないか、あの娘も」

 義母が満足そうな顔でそんなことを呟く。

 相変わらず、人を物か何かのようにしか考えていないらしい。

「そう言う言い方をすると、またガートルードを怒らせるぞ、母よ」

 相変わらず落ち着いた声でエリンワルドが口を挟む。

「キリエさんも、それはそれは美しい呪力でしたよ。惚れ惚れするほどでした」

 ウィルが背筋を伸ばして言う。

 そう。あの()もそうなのだ。

 あんなに美しい紺碧の呪力を持ち、あんなに強いのに、ここでこんな扱いをされていることが、許せないのだ。

「それで、貴方たち、結婚式には参列するのですか?」

 カイル家当主とその夫人、そしてその跡継ぎは揃ってガートルードを見つめて、真面目くさった顔で言う。

「何を決まりきったことを。行くに決まっているだろう」

 何が決まりきったことなんだ……!?この人たちの頭の中は、どうなっているのかさっぱり分からない!


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