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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───終章:キリエには、目の前の世界がキラキラと光って見えた
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(4)

「……そろそろ、目的地に着くぞ。もう少ししおらしくしてた方がいいんじゃないか?」

 メインストリートを抜けていくと、高級ブティックが建ち並ぶ区画との境目あたりに、その老舗薬局は威容を誇っていた。

 一見すると寺院のようにも見える薄い黄色の三角屋根のファサードには、大きなレースのような薔薇窓が壁面を飾っていて、その後ろに、丸い薄水色のドーム屋根が顔を覗かせている。

「すごい……」

「この店舗だけでも、一大観光地になってるぐらいだからな……」

 平日なので、人気はあまりなく、静かな雰囲気だった。

「俺も入るのは初めてだ」

 なんか、緊張してきたかも……。

 花柄の装飾の彫られた磨りガラスのはまった木製の扉を開けると、目の前にカウンターのある、広々としたエントランスだった。先ほど見えていたドームの下に当たるのだろう、天井は丸くなっていて、全体が白と薄イエロー基調の壁と建具、カウンターと床は白亜の大理石だ。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

 カウンターの向こうから、看護師のような清廉な制服を纏った女性が声を掛けてくれる。

 リッカに魔法を掛けもらってて良かった。取りあえずおしゃれ番長のお眼鏡に敵っているというだけでも、安心してこの場に立っていられるというものだ。 

「クチナシの香りの、全身石鹸が欲しいんだ」

 コールが保護者のように、店員とのやり取りをしてくれる。

「当店の、看板商品ですね……香りはいろいろあります。クチナシがお好みでしたら……」

 彼女は背後の棚にずらりと並んだ香水の瓶から、何種類かの香りを選んで、テスターの紙に浸して渡してくれる。

 彼女の背後にならんだ色とりどりの香水瓶は、宝石店のようなラグジュアリーさをこの空間に与えている。

「これがクチナシ、スズラン、ローズももちろんのこと……男性には白檀がおすすめですね」

 クアナは次々と渡される香りに、何がなんだか分からなくなってくる。

「ついでに香水も買うか。彼女の誕生日なんだ。少し過ぎてしまったけど」

「まあ……!優しい旦那様ですね!」

 店員は顔を綻ばせる。

 クアナは反論も出来ず赤くなっていた。指輪をしているから、夫婦だと思われたのだ。

「申し訳ないよ、こんな高価なもの……」

「いいんだよ。ランサーの経済のためと思えばいい。取りあえずクチナシと、もう一つ、好きな香りを選びなさい」

「うーん……たくさんありすぎてよく分からない……。コールの好きな匂いにしたらいいんじゃないかな」

 店員は仲睦まじい二人を、にこにこしながら見守っている。

「それなら、お二人にぴったりの香りがありますよ」

 店員はもう一つ、新たな香りをテスターに浸して二人に渡す。

 甘い香りだ。

「可愛らしい甘い香りですが、どこかにナチュラルな素朴さもある……スイカズラの香りです。スイカズラの花言葉は『愛の絆』そして、『無償の愛』です」

 愛の絆……。

「どうする、クアナ?お前に任せるぞ。お前が気に入ったのならこれでもいい」

 コールは、『スイカズラ』に『愛の絆』という字面に、どこか不吉さを感じないでもなかったが、敢えて何も言わずにクアナの反応を待った。

「これにする。『絆』が、私たちを守ってくれるかもしれない」

 静かな決意の籠った表情でそう口にするクアナと、目が合った。

 お互い、同じことを考えている。

 二人の間には、あまりにも、不安を煽る暗示が多すぎる。

「分かった。俺も、同じものを頂こう」

「あら、素敵ですね。では、旦那様の分は、男性向けに調合させましょう」

「あ、待って……リッカに、何かお土産を買おうと思ってたんだ……」

「リッカに?」

コールは意外な顔をして言う。

「うん。リッカには、魔法を掛けてもらったからね」

 クアナは笑顔になって言った。

「リッカ……?もしや、アークライト侯爵家のご令嬢ですか?」

「知っているんですか?」

 クアナは驚いて聞き返した。

「ええ。リッカお嬢様は、大得意様ですから……。そうですか、リッカ様のお知り合いとは、なるほど、どおりで気品のある方々だとお見受けしました」

「アークライト家どころではないぞ、我が婚約者はこう見えて、正真正銘の王女様だからな」

 コールがからかうように言った。

「あらまあ……!それは、ご無礼をいたしました」

 店員は驚いて言う。

「いえいえ、田舎の小さな国ですから、財力だけで言えばランサーの侯爵家に負けているかもしれません……」

 クアナが照れながら、真面目に恐縮している。

「先ほどから、まさかとは思っておりましたが、『コール』に『クアナ』とは……まさか、ランサー帝国軍の、エンティナス・コール様とクアナ姫では……?この国に、他国のお姫様なんて、クアナ姫しかいらっしゃいませんわ……っ」

 店員は卒倒しそうになっている。

「やっぱり私たちって、有名人なんだね。ランサーの人たちって、ミーハーなんだから……」

「迷惑な話だな」

 クアナとコールは囁き合う。

「そんなことより、リッカにプレゼントするなら、何がいいだろうか。もちろん、これは私のお財布から出すよ、コール!」

「それはどちらでも構わないが……」

「そ、そうですね……流行に敏感な方ですから、爪用のオイルなどはいかがでしょうか?最近帝都でも流行りはじめたんです」

「うん、それにしよう!」

 クアナは目を輝かせて言った。

「香りもいろいろありますよ……」

 また、悩ませるのか……とコールがうんざりしていると、クアナは、

「絶対にローズだ!リッカと言えば、大輪のバラの花だ」

 と、きっぱりと言う。

「たしかに、リッカ様のイメージにぴったりですね。では、バラの香りのネイルオイルにいたしましょう」

 紙袋だけでもプレゼントになりそうな、高貴な純白の紙袋を二つ抱えて、クアナは嬉しそうな顔で店を出た。

「幸せだ……」

 コールはクアナの持つ紙袋を持ってやる。

「なんか疲れたな……そろそろ城へ帰るか」

「何言ってるんだっ!絶対にダメだ!今日オーダーしておかないと、叙勲式に間に合わないぞ……!」

 クアナは、自分のこととなるととことん無頓着なコールにすごい剣幕で迫った。

「分かった分かった。分かったからそう怒るな」

 皇帝陛下は、約束通りコールに爵位を与えると言っている。叙勲式と言えば、最上級の正装、モーニングに決まっている。

「モーニングコートにシャツにタイ、カフス、手袋……選ばないといけないものがいっぱいあるよ……!」

 クアナは今日イチ幸せそうな顔で言うのだった。正装姿のコールなんて、クアナは初めてなのだ。想像するだけで顔がにやけてしまう。

「あれ……?ねえ、なんかいま、すごく見慣れた人たちが目の前を通りすぎたような気がするんだけど、気のせいかな?」

「いや、気のせいじゃないだろう。あんな特徴的な二人を、見間違えるわけがない」

「だよねえ……!」

 メインストリートを颯爽と歩いていくオーランドに手を引かれて、黒髪の、物凄い可憐な令嬢が通り過ぎて行く。

「キリエーーーっ待ってーーーっ!」

 クアナはすかさず手を振って呼び掛けたのだが、二人はとても急いでいる様子で、全く気が付かずに行ってしまった。

「もうちょっとよく見たかったのにー!ドレス姿のキリエ、信じられないぐらいの令嬢っぷりだったよね……!」

 クアナが大興奮で言う。

「『馬子にも衣装』というヤツだな……」

「コール、その言い方は失礼だよ、キリエはあんなに可愛いのに……っ」

「しかし、キリエも難儀だな……あんな厄介ヤツに気に入られてしまうとは……」

 コールはこの件に関しては全面的にキリエに同情していた。

「そうだよね。執着されると大変そうだしね……」

 クアナもコールに同調する。クアナもコールも、オーランドに執着された被害者同士だった。

「根っからの悪人じゃないことは分かってるんだけどね……基本的には優しい人だし」

「いいや。根っからの悪人の方がまだマシだ。ばっさり切り捨てればいいだけだからな。根が善人なだけに厄介なんだろう、アイツは……」

「なんか、やたらと可愛いしね……」

「可愛らしさに気を抜いてると、術中にハメられてるんだ……」

「今まで出会った中で、一番怖いひとだよ」

「皇帝陛下とどっこいどっこいと言ったところだな」

「でも、キリエとは相性はいいかもよ。キリエは曲がったところがなくて、真面目一貫だから、彼女が傍にいれば、オーランドの毒気も抜けるかも……」

「そう上手くいけばいいがなあ……」

「キリエには、誰よりも幸せになってもらいたいよ」

 クアナは、先ほどのキリエの、蕾だった女の子が花開いたような可憐な姿を思い出しながら呟いた。

「忙しくなるよー!これから。キリエの結婚式もあるんだから。また着るもの考えなきゃいけない」

「それよりお前、自分のことを心配したらどうなんだ……俺は今から心が重いぞ……」

 コールはますます疲れた顔をして言う。

「キャっ……やだっ……どうしよう、緊張してきちゃう……」

 クアナは急に顔を赤らめて頬に手を当てた。


 コールがシノンの領主となり、二人が結ばれるのは、まだもう少し先のことである。


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