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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第三章:僕も見たいな、『邪悪な魔術士に虐められるお姫様』の姿
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(1)

 こうして、クアナのランサーでの日々が始まった。

 それはほぼほぼ、コカトリス第三小隊の七人での共同生活と言えた。

 寮で寝起き(さすがに男女別棟で、クアナには一人部屋が与えられていた)し、ともに食事をして、ひっきりなしに呼ばれる魔物の討伐クエストをこなし、何もない時には広大な演習場で修練を行う。

 ずっと一緒にいるので、メンバーのだいたいの性格もおのずと分かってきた。

 隊長のエンティナス・コールは、あの通り、見た目は貴公子然としているのに、短気で怒りっぽく、頭に血が昇ると何をしでかすか分からない。

 でも、何を考えているのか分からない人よりは、分かりやすくていいかもしれない。

 理不尽な怒り方をするわけでもないし。

 演習場では、隊長なのに、部下の指導は副隊長のギランに任せて、椅子に座って術書を読んでいるばかりだった。

 本人いわく、公衆の面前で闇術を使うわけにはいかないからだそうだ。……ただサボっているだけにも見えるけど。

 副隊長のギラン・ロクシスは隊長とは対照的な人物で、燃えるような赤毛に赤い瞳、いかにも火炎系という見た目なのに、中身は冷静沈着、理性的で隙がない。隊長と人格が入れ替わったらお互いちょうどいいのではないかと思う。

 隊長に茶々を入れるのを生き甲斐にしている風術士のラマン・オーランドは、ケンと仲良し。この人達もとても対照的な二人なのだけど――一人は大貴族の御曹司(おんぞうし)、一人は農民から成り上がった術士。

 生まれも育ちも全く違う二人は、隊長の敵対勢力――敵の敵は味方と言うことで結託(けったく)しているそうだ。

 これは、お喋りなオーランドの表現。

 でも、オーランドは積極的に話し掛けてくれるけど、ケンとはほとんど言葉を交わしたことがない。女性が苦手なタイプなのかな。

 そして、そんな二人の子分のような存在、フリン・ミラー。

 表裏のない素直な男の子。年齢は二つ上だけど、かわいい弟のようだった。

 クアナの教官役は、エリンワルド・カイルだった。

 陽術士はオーランドとエリンワルドしかいないので、必然的にそうなる。

 エリンワルドは、いかにも術士といった風情の、神秘的な雰囲気をまとった人だった。

 お喋りに無駄な労力を裂きたくないとでも言うように、とことん無口で無愛想。

 でも、術の研究には熱心なようで、クアナの専門外である水術について、知らないことをたくさん教えてくれた。

「聖術について、俺が教えてやれることはないが、実戦的な術の使用法を教授するよう、隊長から言われている」

 滅多に口をきかないから口下手なのかと思いきや、まったくそんなことはなく、話し始めると(よど)みがない。

 教官として、最適な人物と言えた。

「まずは呪力コントロールを覚えることだ。クアナの術は、無駄が多すぎる。常に最大出力で術を使う必要はない。敵を倒すために、必要最小限の呪力の量がどのぐらいか、感覚で覚える必要がある」

 エリンワルドはクアナと距離を取って対峙すると、水球を作ってクアナへ投げつけた。

 クアナは意図を読み取り、聖術の防護術でそれを打ち消した。

 水球は手のひらに納まる小さな物から、豪雨の際の鉄砲水のような巨大な奔流まで、サイズを変えて矢継ぎ早に飛んでくる。

「ち、ちょっと待って……追い付けない……っ」

 鬼かこの人は……

「大丈夫だ。殺傷能力はない。ただの水鉄砲だから、当たっても水浸しになるだけだ」

「当たり前だろう!人を殺す気か……っ」

「お前の実力を考えれば、このぐらいでないと訓練にならないだろう」

 エリンワルドはその後も容赦(ようしゃ)なくクアナを攻め続け、しかし、小一時間もする頃には、クアナはこのゲームをマスターしていた。

「さすがだな、並の術士なら一週間は掛かるところだ」

「エ、エリンワルドも……、物凄いスタミナだな」

 これだけ術を使い続ければ、ヘトヘトになっていてもおかしくないのに、彼は顔色一つ変えず、ケロっとしている。

「ふむ……、呪力コントロールは不得意ではないわけだ。……つまり、戦闘において、クアナは魔物への恐怖心が強すぎるんだろう。恐怖心から生まれる防衛本能で、反射的に全力を出してしまう、と言ったところか」

「そうかもしれない。魔物は苦手だ……。何度戦っても慣れない」

「クアナ、あそこで寝てるヤツを起こそう」

 エリンワルドが突然言うので、クアナは「へ?」と間抜けな声を出してしまった。

 エリンワルドの示す先で寝ている人物、と言えば、隊長のエンティナス・コールしか居ない。

 我らが隊長は、演習場の端におかれたベンチに寝そべって、術書を開いたまま居眠りしていた。

 演習場の外周に植えられたプラタナスの木漏れ日がちらちらと当たって、そこだけ見れば一幅(いっぷく)の絵画のようだ。

「また寝てる……」

「たまにはきちんとご指導していただかないとな」

「と、言うと……まさか……」

「隊長に呼び出してもらえばよかろう?()てるほど悪魔を飼ってるんだから」

「そ、それはイヤだ!絶対に……っ!」

 あんな恐ろしいもの、わざわざ呼び出されたくない。クアナは配属初日に見たおぞましい光景を思い出した。

「イヤだーーーーっ、やめてー!」

 この人はもしやサディストなのだろうか。

 クアナが涙目になって全力で拒否しているというのに、エリンワルドはすたすたと隊長のもとへ向かい、術書を取り上げて頭を小突いた。

「起きてください」

「……っいってーな、瞑想(めいそう)中に話し掛けるなといつも言っているだろうが、殺されたいのか……」

 コールはいつもの調子で声を荒げようとして、目を開けてそこに立っていたのがエリンワルドだと認めると、急に態度を改めた。

「……悪い、オーランドかケンかと思ったんだ、エリンか」

 エリンワルドなら許されるのか。そう言えばコールはエリンワルドには悪態を付かない。

 この凄腕(すごうで)の水術士は、コールにも一目置かれる存在のようだ。

「それで、なんでとなりのお嬢さんは涙目なんだ?」

「クアナに、呪力コントロールを覚えさせようと思うんだが、俺の水術で相手するよりも、本物のモンスターに出てきてもらった方が効果的ではないかと思ってな。クアナは魔物を恐れすぎるところがあるから……」

「ふむ……」

 コールは寝起きでまだ頭がよく働かないのか、眠たげな様子でしばらく目を閉じて考え込んでいたが、ふと顔を上げて言った。

「悪くない考えだが、ここに魔物は呼び出せないぞ。当たり前のことだが、結界があるだろう」

「一時的に解除します」

エリンワルドはきっぱりと言う。

「そこまでするか……?」

 コールは呆れたように言いながらも、ふと悪巧(わるだく)みを思い付いたような凶悪な顔をして言った。

「……お前がそこまでしてくれると言うなら、一肌脱いでやってもいいだろう」

コールは俄然(がぜん)やる気を出して、腕まくりしながら言った。

「――特別授業だ」

「……そこまでしてくれなくていいです!」

 クアナは叫ぶように言った。


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