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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第六章:断然、女の子……!
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(2)

 ヴァンパイアの少女は、再び姿を現して、キリエの背後に迫った。

 キリエは身を屈めて少女の攻撃を避け、身を翻して刃を振るう。

 ヴァンパイアも素早い動きで後ろへ飛び退いてキリエの刃を(かわ)した。

 キリエは舌打ちする。

「ちょこまかと逃げ回って……!」

 

 その時だった。

 キリエたちの部屋の扉が、激しく叩かれた。

「キリエ……!開けてくれ……っ!」

 オーランドの声。

 キリエは、安堵に崩れ落ちそうになった。

 キリエは急いで扉を開けようとするが、鍵も掛かっていないのに、扉はびくともしない。

「開かない……オーランド、開かないの……っ!」

「キリエ、扉から少し離れていろ……!」

 ギランの声がする。

 キリエは慌てて扉から離れる。

 爆発的な衝撃が走り、一瞬で焔が扉を焼き尽くす。

「あら、なかなか無粋なことをなさる。これだから男子はイヤなのよ……」

 破られた扉から入ってきたのは、ギラン、フリン、オーランドの三人だった。

 そして、キリエの足元で死に瀕しているリッカの姿を認め、三人は色めき立つ。

「キリエ、これはいったい、どんな状況だ……?」

 オーランドは緊迫した声でキリエに問いかける。

「ヴァンパイアよ……!信じられないかもしれないけど、この少女は、人間の呪力を『ドレイン』する怪物なのよ……!」

「怪物だなんて、酷いわ……闇の眷属と言ってちょうだい」

 長い金髪をなびかせる少女は、余裕の表情でこちらを見ている。獲物である人間が何人増えようが、なんとも思っていないのだ。

「早く何とかしなくちゃ、このままじゃ、リッカが死んでしまう……!」

「だいたい掴めたよ、キリエ。安心しなよ。僕たちが来たからには、もう、大丈夫だ……!」

 オーランドの言葉は、実力に裏打ちされたものであるがゆえに、大きな安心感があった。

 まず、フリンがリッカに、帝国軍仕込みの止血と応急処置を施す。フリンは眉を潜めていた。

「副隊長……失血が多すぎます。とても危険な状態です」

 オーランドは頷く。

「地底世界にも、名医がいることを願うしかないね……時間が惜しい。『怪物』は、さっさと倒してしまおう。ギラン、火炎だ。吸血鬼の倒し方と言えば昔から、心臓に杭を打ち込むか、炎で焼き尽くすかの、どちらかと相場が決まってるだろう……!」

 言われたギランは、フ……っと、鼻で笑ってから言った。

「俺がお前に副隊長ヅラされるのは、なんとも癪に触るがな。そんなことを言っている場合でもなさそうだ」

 胸が熱くなってくる。……どうして、この人たちは、こんなにも頼もしいのだろう。

「〝業火〟」

 ギランは、延焼しないよう、小規模な焔術を放つ。ところが、目の前に居たはずのヴァンパイアの少女は、焔が当たる直前に、霧散して姿を消した。

「霧散した……?」

「相手は細かい粒子に変化する能力を持っているの。攻撃が、まったく当たらないのよ……!」

「なるほどね……『(ちり)』か……」

 オーランドは、周囲に広がった気配に目を遣りながら、思考する。

「だが、その状態では僕たちに攻撃できないよね……。ギラン、相手は攻撃する瞬間、必ず人型に戻るはずだ。そこを狙って攻撃を当てるしかない」

 ギランは頷く。

「言われなくてもそんなことは承知済みだよ、オーランド副隊長」

――ふふん、乙女の窮地(ピンチ)に駆け付ける王子様……貴方は翠緑ね。翠緑の呪力も、なかなか美味しそうだわ……。

 虚空から、少女の妖艶な声だけが聞こえてくる。

 オーランドは、風術の刃を造り出し、勘で背後の虚空を払った。

「あら貴方、人間の割りに速い……」

 激しい刃音がして、オーランドの刃がはね除けられる。

「せっかく、貴方の呪力も、堪能させてもらおうと思ったのに……」

 再び姿を現したヴァンパイアの少女は、無邪気に笑って言った。

「ところで君、めちゃくちゃ可愛いよね」

 オーランドが不敵に笑いながら、緊迫した場面にそぐわぬ台詞を吐く。

「あら、ありがとう、王子さま……!」

 ヴァンパイアの少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「こんな時に、何を……」

 キリエは思わず目くじらを立てて呟く。

 すかさず、ギランの火炎が爆発したが、やはり少女は塵となって姿をくらました。

「やりづらいな……」

 ギランが呟く。

 オーランドもギランも、完全に翻弄されていた。

「キリエ、僕から一つアドバイスだ。……相手がどれだけ恐ろしく、圧倒的な強さを持っていたとしても、怯んだ姿は絶対に見せないこと。戦場で主導権を握る上での、鉄則だよ」

 オーランドは虚空を見据えながらキリエに告げる。

「こ、怖いこと言わないでよ、副隊長……貴方たちでも敵わないような恐ろしい相手だと、認めているみたいじゃない……!」

 キリエは急に不安になった。先ほどのオーランドの緊張感のない台詞が、相手に怯んでしまった自分への戒めなのだとしたら……。

「それから、フリン……君は、ここでは役立たずだ。誰でもいいから、今すぐ、リッカを助けてくれる者を呼んできてくれ……!」

 副隊長は、淡々と仲間に指示を与えた。

「分かりました……!副隊長……っ!」

 フリンは敬礼して、逃げ去るように部屋から飛び出す。

――まあ、土色の呪力なんて、一番要らない人だから、いいわ。漆黒も、褐色も、深紅も、地底世界(ここ)にはいくらでもいるんだもの。

「それにしても、コールとクアナはいったいどこをほっつき歩いてるんだよ……!」

 オーランドがぼやく。

「この大変な時に、二人はどこかでよろしくやってるってこと……?随分じゃないか……っ!」

 オーランドは、すでにこの厄介なヴァンパイアの攻略法を見出だしていた。

 コールさえ居れば、こんなやつ、瞬殺なのに……!


「呼んだか?副隊長……」

その場に居た全員が、部屋の入り口を振り返った。

「コール……!」

 オーランドは思わず歓声を挙げた。

「遅いんだよ……っ!『ヒーローは遅れてやってくる』じゃ、ないんだから!」

「すまん……クアナとよろしくやっていた」

「『よろしく』ってどういう意味ですか、隊長……?」

 クアナが隣で律儀に質問する。

「コール、手短に言うから、三十秒で理解してよね……!」

 オーランドは虚空を睨んだままコールに状況を説明する。

「相手は、呪力ドレインを使うヴァンパイアだ。厄介なのは、細かな(ちり)に変化でき、どこでも好きな場所に現れたり、消えたりできること。いまも、この部屋のどこかで、僕たちの会話を聞いているはずだ。ヴァンパイアは漆黒の呪力を持つ闇の眷族だ。……僕の言いたいこと、コールなら分かるよね?」


――残念だわ。もう少し、紺碧の女の子の呪力を堪能したかったけど……『漆黒』に、『純白』も来ちゃったんじゃ、私も勝ち目がないわ。大人しく、おうちに帰らせてもらうわね……。

「おいおい、待て、漆黒のヴァンパイアとやら。せっかく逢えたのに、いきなりお別れはさすがに淋しいんじゃないか……?」

 闇術士は、塵になって隠れている少女の姿が見えているかのようにこちらを見据えて言った。

 じわじわと、何か正体の分からない寒気のようなものがヴァンパイアの少女の全身を支配し始める。

「貴方……本当に人間なの……?」

 そんなはずはないわ……。この邪悪な呪力、どう考えても人間の呪力のそれではない。

 悪魔……いや、それも、ただの悪魔どころではない、崇高な、『漆黒の王』の呪力だ……。

 闇の眷属である自分には、この方にだけは絶対に逆らうことが出来ない。

 少女は人型に戻り、崇高な呪力を宿す闇術士の前にひれ伏した。怖い……ガタガタと震える身体をどうにもできない。

 人間の闇術士は、見た目は十二、三歳の可憐な少女そのもののヴァンパイアが、恐れおののき、ひれ伏し震えているにも関わらず、無慈悲に言った。

「お前は漆黒の呪力を宿す魔物(モンスター)……それも、『不死者アンデッド』だな……?」

 人間の闇術士は、全身に最上級の闇色の呪力をまとわせて、ヴァンパイアの少女を見下ろす。

「もともとアンデッドなら、殺す手間が省けたというものだ。『深淵』へ堕ちるがいい」

「そっ……それだけはどうか、お許しを……!深い闇の淵が、どれだけ恐ろしい場所か、ご存じでないのですか……?」

 少女はひれ伏したまま、悲鳴をあげて許しを請う。


 これではどっちが悪役か、分からんな……。

 ギランは少女が憐れに思えた。

 そう言えばコイツは、漆黒の呪力を持つ闇属性の魔物に目がないんだった。

 ギランは、コールがコレクターのように闇属性の魔物を集めていた昔のことを、思い出していた。

「いや……っ!やめて……お願いです……っ」  

 輝くような黄金色の髪の、朱色の瞳、朱色の唇の美しい少女は、髪を引きむしるようにして、恐慌をきたした。

「俺の部下を傷付けた報いは、受けねばなるまいよ」

 闇術士は憐れみの籠った声でそっと告げる。

「どうか、お許しを……!」

「〝深淵への追放〟」

 断末魔のような叫びを残して、少女は深淵へと引きずりこまれた。

 しん……と沈黙が降り、後には何も残らなかった。

「こんなもんか?オーランド、お前のお望み通りの展開だっただろう?」

 コールはいつも通り、涼しい顔をして言った。

「う、うん……。僕が想像したより、だいぶ恐ろしくておぞましい光景だったけど、大丈夫、悪い怪物を倒してくれて、助かったよ……」

 さすがのオーランドも、魂を抜かれたような顔をしている。

「なんで貴方は、いちいちそんなに怖いんだ……っ!敵を倒すぐらい、普通に出来ないのか……っ?」

 クアナはもはや、かんかんに怒っている。

「何を言っている。俺のやっていることはいつも、『勧善懲悪』だぞ」

 コールは偉そうだ。

「お前ら、そんなことを言っている場合ではないだろう……!」

 ギランは怒ったように言う。

 仰向けに倒れるリッカの身体を、黙って支えていたのはキリエだった。

「意識がないの……浅い呼吸はしてるけど、それに、すごい汗……」

 キリエは、祈るように、リッカの手を握り続けていた。


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