(4)
すごくイヤな予感がした……と言うことは、話さないで置くことにした。コールの思い過ごしかもしれないし、この小さな少女を、無駄に怖がらせるのもかわいそうだ。
城の右翼と左翼の中心部分に、外へ出られるバルコニーがあった。
二人は話しながら、城の前方へ向けて開かれたバルコニーに続くガラス扉を開けて、外へ出た。
眼下に、眠れるアガルトの街が広がっている。ほとんどの灯りは消えているが、ところどころちらちらと、灯りが灯っているのが見え、幻想的な眺めだった。
「きれい……」
クアナは、バルコニーの石造りの手すり壁に手を当てて、街の灯りを見ていた。
「ミングルの女王が言ったことが、とても気になって、眠れずにいたんだ。女王陛下の言った『アヴァロン』とは、死んだ私の父の名なんだ……」
「なに……?」
これにはコールも、鳥肌が立った。なぜ地底世界の女王が、数年前に亡くなったクアナの父親の名を知っているんだ……?
「私たちは、仕組まれて結ばれたのかな……」
「仕組まれて、結ばれただろう、どこからどう見ても……」
なぜ、何のためにそうされたのかは明らかになっていないが、仕組まれたことだけは紛れもない事実だ。
「コールは、本当に私のことが好きなのか……?」
「何をいまさら……そんなことは、分かりきったことだろう?」
「でも、明らかに、ちぐはぐな気がしているんだ。不安で堪らなくなるんだよ。これは、本当なのかって。本当に、私は貴方と結婚してシノン公夫人になれるのか、何かの間違いではないのか」
「クアナ……!この指に、収まっている指環を見ればいい。俺の両親も、シエナ陛下も、きちんと認めてくれただろう?」
シエナ陛下……?コールは自分が口にした言葉に、ふと思い出す。そう言えば、リオンの女王である彼女も何か、言っていたな……。不吉な予感がする……と?
『奇妙な取り合わせ』と言ったゲートキーパーのワーム。ミングルの女王の嘲笑。絶対に結ばれるはずのない二人。不吉な夢……。
だが、そんな二人を結び付けたのは、他ならぬ『稀代の賢君』オーギュスト二世だ。あの方が、ただの酔狂でこんな手の込んだことをするはずがない。
「皇帝陛下の為すことには、必ず何か意味があるはずだ」
リオンの女王は、こうも言っていた。
何があろうと貴方達が、お互いにお互いを慈しむ心さえ忘れなければ、きっと、乗り越えられることと思います──と。
「クアナ、不安になると言うのなら、俺は何度でも約束しよう」
コールはクアナに向き合い、きっぱりと言った。
「何があっても俺は、クアナを守る。この先、何があってもだ。俺の婚約者はクアナ・リオン、お前だ。お前以外には考えられない」
クアナは、驚いた顔をしてこちらを見た。
コールはもう一度、確かめるようにクアナの小さな身体を抱き締めた。
クアナの心音が心地好い。
小さな小さな聖術士だ。まだ二十歳にもなっていない。こんなに小さな身体の、どこにあれほどの呪力が秘められているのか、分からないぐらいだ。
「……ありがとう、コール。貴方の愛に報いるために、私も、約束をさせてもらおうと思います」
クアナの、魔を祓うような涼やかな声がコールに告げる。
「私は貴方の『足枷』になろうと思います。この先、何があったとしても、貴方の傍を離れず、貴方の扱うありとあらゆるすべての闇術に対する、対抗呪文を考案します。そして、それを書物にしたため、世界で初めての、闇術の研究書を作り上げます。最強の闇術士の、攻略本です。それを、私の生涯の仕事としましょう」
コールは驚いて、自分を見上げる小さな聖女の、静かな光を宿した空色の眼差しを見返した。
「驚いたな……。お前は……そんなことを考えていたのか?」
クアナは頷く。
「この世でただ一人、私にしか出来ないことでしょう?」
クアナは優しく微笑んで、鈴を転がすように笑った。クアナの心地好い声が、コールの心に差した不安を祓っていく。
コールは若干十八歳の少女の辿り着いた結論に舌を巻いていた。
それこそが、クアナ・リオンが帝国最強の闇術士と、結ばれた理由かもしれない。




