表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第五章:地底世界(アガルト)の女王ナセル
103/165

(3)

「隊長、クアナ姫と同じ部屋じゃなくて良かったんですか?」

 フリンがコールに問う。

 女王陛下が、はじめ客人のために準備した部屋は三室だった。キリエとリッカ、クアナとコール、残る男三人……。

 それなのに、コールはわざわざお願いして、キリエとリッカの部屋にクアナ、男四人の二部屋となるように配置を変えてもらっていた。

「バカ……あの酔っ払いと一緒に寝てみろ、俺が襲われるに決まってるだろうが……!」

「それなら、僕がキリエと二人部屋を使わせてもらえば良かっただけなんだ……!勝手に決めて……!何が楽しくてこんな、男四人で雑魚寝なんてしないといけないんだ!」

 オーランドは本気で怒っている。

「まあまあ、俺は固まって寝る方が得策だと思うぞ。地底世界は奇妙すぎる。……何があるか分からん」

 ギランが冷静な一言を告げる。

「女王陛下も、意味深なことを言い残すしな。闇の眷属が紛れ込んでいるかもしれないから、気を付けろ、だと……」

 コールも、寝室に案内させる直前に、女王が忠告するように言い残した言葉が気になっていた。

 とっととこんな、おかしな世界とはおさらばして、早く帝都に帰りたいものだ……。


「なんだか、旅行気分で、楽しいですわね……」

 女性三人は、城の浴室を借りて、久しぶりの入浴を楽しんでいた。

 リッカはご機嫌だった。この人は、イメージ通りの酒豪らしく、いくら飲んでも顔色一つ変わっていなかった。

「私は、オーランドと一緒に寝たかった!」

 ほろ酔いのキリエは、真面目な顔をして怒ったように言う。奇しくもオーランドと同じ反応である。

「きゃっ……やだ、キリエったら、何を言っているの……遊びに来たわけじゃないでしょう?」

 完全に酔っ払いのクアナは、キリエを思い切りどつきながら言う。すっかりキャラが変わっている。

どうやらクアナの本性は、とことん陽気らしい。笑い上戸と言うヤツだ。

「お好きなようにしてくださいませ、二人とも。私は止めませんから」

 一番大人なのは実はアークライト・リッカだったりするのかもしれない。

「なあに、これ、いい匂い……」

「クチナシですよ。全身に使える石鹸です」

 侯爵令嬢のリッカは、ランサーでも指折りの老舗薬局の超高級品を持参していた。

 酔っ払いのクアナの髪を丁寧に洗ってやっている。

「私も私も……っ!何これ、いい!でも、めちゃくちゃ高いんでしょうね、これ……」

 キリエも集まってきて、三人できゃあきゃあ言いながら、身体を洗いあっている。

「貴方、思った通りの貧弱な身体付きですわね……」

 リッカがキリエに憐れみの声を掛ける。

「うるさいっ!浴室に沈めるぞ!」

 キリエも酔った勢いに任せて、力任せに指を立ててリッカの頭をごしごしする。

 ついでにキリエの身体に古い折檻(せっかん)の跡がたくさんあるのを見つけ、リッカはぎょっとしたが、敢えて見なかった振りをした。クアナは酔っ払いまくっているので目に入っていないようだが、どうやらキリエがカイル家で(しいた)げられて育ったと言うのは、本当のようだ。

「リッカは大人の身体だ……。胸も大きいし、背も高いし、羨ましいよ……」

 クアナは、リッカの美脚を惚れ惚れと見つめながらそんなことを言っている。

「あら、あなただって負けてませんわよ……まだ十代だとは思えない。末恐ろしい少女ですわね」

「そうかなあ……リッカには到底敵わないよー」

 三人は仲良く並んで湯船に入っている。

 小人サイズじゃなくて良かった。城の浴室はとても広かった。

「お風呂さいこー!」

 酔っ払いの三人の、楽しそうな声が、いつまでも響いていた。




 そして夜は更け──コールは一人、眠れない夜を過ごしていた。

 周りでは、三人の人間の安らかな寝息が聞こえている。こんな状況で、ぐっすり眠れる無神経な男たちの図太さが羨ましかった。

 酔っ払いのクアナも、狂ったように笑いころげる女王も、悪夢のように恐ろしかった。

 地底世界に来てからと言うもの、奇妙なことが有りすぎる。

 いま眠ったら、悪い夢にうなされそうだ。

 幼い頃、熱に浮かされながら悪夢を見ていたことを思い出した。高熱が出ると、決まって奇妙な悪夢を見るのだ。小さい頃は、脳と身体がきちんと噛み合って居なかったのか、金縛りに遭うことも多かった。

 怖い夢を見て、無理に目を覚まそうとすると、脳だけが覚醒し、眼は見えているのに、身体が動かない状態になるのだ。声を出すことも出来ず、ただ悪夢から覚めたい一心で、水の中のようにもがき続ける……。

 そんな時、遠くから人の声が聞こえてくることもあった。

──かわいそうに……呪われているのよ。

 あれは、母の声だったのだろうか……。

──『紡ぎ車の呪い』に掛けられると、定められて産まれた子だよ……。

 誰かが、幼い子どもの髪を撫でている。

──まだ、たった五歳なのに……。幼い子どもには、あまりにもむごい仕打ちだ。


 コールははっとして、身を起こす。

 なんだ、今の記憶は?

 ベッドに身を横たえて眠っていたのは、自分ではなく、金髪の、年の頃は五歳ぐらいの、人形のように可愛らしい娘だった。

 クアナにそっくりだ。

 夢でも見ていたのか……?

 耳元で囁くように、人の声が聞こえてくる。

 今度は夢ではない。はっきりとした声だった。

──愚かね……人間がわざわざ、こんなところに来るなんて……正気の沙汰じゃないわ。……美味しそうな乙女たち。赤……青……白……?どれにしようかしら……?絶対に、『純白』よね。神聖な『純白』が、一番美味しいにきまってる……!

 うっすらとした小さな呟きなのに、脳裏に響くようにはっきりと聞こえた。

 赤……青……白……だと?

 コールは弾けるように立ち上がり、眠れる男たちを置いて、部屋を飛び出した。

 胸騒ぎがする……。

 まどろみの中で、『かわいそうに……呪われているのよ』と言われていたのは、クアナにそっくりの少女だった。

 狙われているのは、クアナに違いない。

 コールは走る。

 女性三人が寝ているのは、左翼の門部屋だった。コールたちの部屋からは、少しだけ距離がある。

 コールは、部屋の前で一息付き、扉をノックした。

 返事はない。自分の、思い過ごしだろうか……。

 女性三人が眠る部屋の扉を不躾(ぶしつけ)に開けるのは躊躇われた。ただの、思い過ごしかもしれない。

「コール……?」

 部屋の中から、小さな声が囁いた。

「クアナ……起きてるのか?」

 ゆっくりと、扉が開く。

 小さな聖術士が、ひょこりと姿を現した。

 コールは、心底安堵する。

「よく俺だと分かったな」

 クアナはにこりと笑った。

「そうだといいなと思っただけだ」

 コールは思わず赤面して苦笑する。

「二人は、寝てるのか……?」

「うん、ぐっすりだ」

 コールはほっとした。酔いは醒めているらしく、いつも通りのクアナだった。

「何か、変わったことはないか?」

 クアナは首を横に降った。

 ふわりと、クチナシの香りがした。

 コールは次の瞬間、はしっ……としっかり、クアナの身体を抱き締めていた。

「おっと、すまん、条件反射だった……」

「なんでいちいち謝るのさ……!いいじゃない、公認の仲なんだから……貴方ったらもう……っ!」

 クアナは小声で抗議する。

「こう見えて俺は、心配性なんだ」

「知ってるよ」

 クアナがランサーで悪漢に襲われた時も、エンティナス領が侵攻された時も、クアナがコールへの恋心を諦めようとした時も、いつもいつも心配ばかりしていたじゃないか。

「……いい匂いだな」

 コールはクアナの身体を抱き締めたまま言う。

「うん、リッカに使わせてもらったんだ。超高級品の石鹸なんだって。ランサーの有名な薬局の」 

「よし、買おう。もうすぐ誕生日だろう」

「ふふふ……未来のシノン公は、太っ腹だね!」

「ここでこうしてるのもなんだ、ちょっと……歩くか」

 コールはクアナから身体を離して、その手を取って歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ