(1)
果たして、地底世界にも集落は存在した。
ゲートを抜けた先は、地底世界の街だった。
見渡す限り、木材で作られたらしき、黒い屋根、窓もない小さな家々が雑然と建ち並び、そこかしこに、住人たち――小さな小人……姿は人に似ているが、背丈は人間の半分ほどしかない生き物たちが、世話しなく往来し、活動していた。
子どもの頃読み聞かせられたハロウィーンの世界の挿し絵のように、色彩は黒と茶と赤で、まさしくそれは、陰術の呪力の三原色だった。
「地底にこんな『陰術』の世界があるとしたら、天上には、白と青と緑の、『陽術』の世界が存在するんだろうか……」
オーランドが呟く。
一同は、他にどうすることも出来ず、メインストリートらしき道を真っ直ぐに進んだ。
小人たちに混じった人間七人は、ハロウィーンの世界に間違えて混ざり込んでしまった聖人祭の飾りのように、明らかに浮いているにも関わらず、彼らは一切こちらを気に掛ける素振りもなかった。
恐る恐る歩みを進める七人には、見向きもせず、忙しくて堪らないとでも言うように、一心不乱に自分達の営みを、全うしようとしているかのようだった。
彼らの仕事と言えば、得体の知れない根菜類のようなもの満載した荷車を押していたり、ゴブリンのようなオークのような醜悪な姿の家畜を引っ張っていたり、路肩で宝石を売っている怪しげな商人がいたり……種々こもごもだった。
耳に入ってくる言語は、人間のそれとは明らかに違う。何かが言い交っていることだけは分かるが、人間にとってはまったく意味をなさない音声だった。
「ひとまず、王の住む場所を探すしかないな……」
コールも、あまりの異様な光景に圧倒されていた。
「なんだか、悪い夢でも見ているみたいだよ……」
隣でクアナは、心細げな声を出してコールの手を取る。
たしかに、あまりにも現実感が薄い。洞窟に入ってからこれまで、ずっと悪夢の中の出来事のようだ。
「でも、取りあえずここには、魔物がいないようだから安心した」
「たしかに、そうらしいな」
クアナの言葉に、コールも頷く。
集落には魔物の気配がなかった。彼ら小人族は、人間に害をなすつもりはないようだし、そもそも人間に、全く興味を持っていないようだった。
王を探すのは、それほど難しい話ではなかった。
コール達が歩く通りの先に、明らかにそれと分かる、古風な城のようなものが見えてきたからだ。
通りは少しずつ登りの傾斜になっていたようで、城の目の前に辿り着くころには、小高い丘の上のようになっていた。振り返ると、ドワーフの集落の全貌が見渡せる。見渡す限り、秩序なく混沌とした小人の世界が、延々と続いているだけだった。どこが果てかも分からない。
城の周りには立派な城壁が取り囲んでいたが、城門は開いていた。門番が二人並んでこちらを睨んでいる。
コールたちは改めてまじまじとドワーフの姿を見た。きちんと衛兵らしく軍服のようなものを身に付けている。
日に当たらないからか、ドワーフの肌は白く、ついでに髪も瞳も、白いペンキで塗られたようにのっぺりとした質感の純白だった。美しいと言えば美しいと言えなくもないが、人間に似ているだけに、なんとも奇妙な姿だ。目はつり上がっていて、耳は少しだけ尖っている。
「*****、*****」
ドワーフの衛兵は、コールたちに何かを告げる。
どうぞ、通れと言われているようだった。
七人は、顔を見合わせながら、城門を潜り抜けた。
待ち構えていたもう一人の衛兵が、先導してコールたちを案内していく。
なぜか分からないが、歓迎はしてくれているらしい。
ぞろぞろと……城の中へ足を踏み入れる一行。
城は人間の半分の背丈のドワーフ向けに作られているので、全てが一回り小さかったが、なかなか立派なものだった。
入ったところは吹き抜けの大ホールで、優雅なカーブを描く階段が、左右対称に二階へと続いている。右翼と左翼のある、左右対称のコの字の形をした城のようだった。
魔女の城のように、色彩はやはり黒と赤と茶だったが、そこかしこに蝋燭の光が揺らめき、不気味な美しさを醸している。
地底世界はずっと薄暗いので、時間の感覚が良く分からないが、どうやら今は、夕方から夜のようだ。
そのまま、正面の廊下を真っ直ぐに進み続ける。コの字の中央部分に、いわゆる謁見の間が存在した。王はすでに玉座に座り、こちらを静かに見据えていた。
玉座の肘掛けに片肘をついて頬杖を突き、静かにこちらを見据える姿は、畏怖を感じさせる王そのものだった。真っ白な髪は長く、人間の淑女と同じように、細かく編み込まれて纏められていた。その上に、美しい装飾のある金の冠を戴いていて、耳許と胸元にも同じく金の装飾。やはり耳は尖っていて目尻は吊り上がっているが、目鼻立ちの整った、美しい女王だった。
「『アガルト』へようこそ、人間の術士たちよ」
人語だった。コールたちはほっとする。悪夢のような世界で、ようやく理解の取っ掛かりを見付けた思いだった。
「人間の術士は礼儀がなっておらんな。私はこの国の王であるぞ。平伏して謁見しろ」
コールは、躊躇わずその場に跪いた。
他の七人もそれに続く。
皇帝陛下の命令が、この王を味方に付けることだと言うのだから、怒らせるわけにもいかない。
「宜しい。我が名は【地底世界の女王ナセル】、褐色のプレイヤーだ。先頭の男、お前が『漆黒の手先』というわけか。面をあげよ」
平伏しろと言ったり顔を上げろと言ったり、どっちなんだ、と思いながら、コールは跪いたまま顔を上げた。女王の純白の瞳と目が合う。
「なるほど。なかなかの面構えだ。しかし……我々は闇の眷属とは言え、そなたの配下に下るつもりはないぞ、人間」
コールは戸惑っていた。先ほどから、『漆黒の手先』だの配下だの、何の話をしているのだろうか、この女王は……。地底世界流の言い回しなのか?話がまったく読めない。
「『褐色』の呪力が一人、いるな。その方も、面を見せてみよ」
女王の言葉に、フリンはギクリとして顔を上げる。突然自分にお鉢が回ってこようとは……完全に油断していた。
女王は玉座から降りて、すたすたとフリンの目の前まで歩み寄ってきた。
「名は何と言う?人間の男……」
やはり人間の半分の身の丈しかない女王は、跪くフリンの顎に手をやり、上向かせて自分と目線を合わせさせた。
フリンはびくりとする。女王の手はヒヤリとしていた。人間のものではない、白い虹彩が見透かすように、フリンを凝視している。
「フ、フリン・ミラーです、陛下」
フリンは、この錚々たる七人の中でよりによって、なぜ自分がこんな目に遭っているか、理解が及ばず震えていた。
「……いい呪力だ、気に入った。我々、褐色の『ミングル』は、真面目で勤勉。漆黒の呪力を持つ種族のように、享楽的でも、破滅的でも、利己的でもないのだよ。漆黒の配下として働く趣味はないが、褐色の呪力を持つお前のためになら、力を貸してやらんでもない。地上世界の、『バランス』のために、な」
女王はにこりと優雅に微笑んだ。
「怖がる必要はない。そなたは、真面目で勤勉。他者――その他大勢の利益を優先するために、自己を犠牲にできるタイプであろう……?」
女王は一瞬で、フリンのことを見抜いていた。
「褐色の呪力を持つ種族は、みなそうだ……さて!」
女王は身を起こし、ピシリと指を鳴らした。
「久しぶりの客人だ。食事を用意してある。地底世界を大いに堪能してもらおうではないか……!」
訳が分からなかった。女王は愉しげだった。
これで、任務完了なのか……?




