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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第二章:ランサー帝国でも指折りの名家エンティナス家の長男という、誰もが羨むような華々しい出自にありながら、エンティナス・コールの幼少期は悲惨なものだった
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「近頃、図書室にこもっていると聞いたが、術の訓練だと……!?そんな暇があったら、修練場に顔を出さんか……っ!」

 当然、コールのしていることを知った父ジークムンドは、かんかんに怒った。

「貴様はそれでも、エンティナスの嫡男か!?術などと、卑賎(ひせん)な者どもの技を身に付けようとするなど……情けないにもほどがあるぞ……!」

 コールは父に思い切り突き飛ばされ、床に倒れ込んで激しく咳き込んだ。

「……貴方の気持ちは分かります。俺だって、できれば剣の腕を磨き、騎士として活躍したかった……!」

 辛うじて起き上がったコールの目には、燃え上がるような強い光があった。

 ジークムンドは面食らっていた。

 病弱で、生気がなく、父がいくら怒鳴りつけても、歯向かってくることすらなかったコールとは、まるで別人のようだった。

「でも、俺にそれは出来ない。貴方だって、ほんとは気付いてるでしょう……?俺の身体じゃ、武器を取って力で相手を圧倒することなんて出来ない。そんな俺が、やっと、やっと手に入れた力なんだ。俺はもう、絶対にこの力を手放さない」

 コールは父親にまっすぐ顔を向けて言った。

「俺は、帝都に行きます。術士養成学院に行って、術士になります」

「なっ……何をバカな。エンティナス家の嫡子が術士養成学院だと……?そんなことは絶対に許さん……っ!一族の笑い者になるぞ」

 父と子、二人は互いに肩をいからせて、(にら)み合った。

 そんな二人の間に割って入ったのは、二人の怒鳴り合う声を聞いて駆け付けたコールの母、メーベルだった。

「ジーク、皇帝陛下からの通達を、知らないわけではないでしょう?」

 メーベルはため息をついて、怒り狂う夫を(さと)すように言った。

「陛下は、たとえ騎士の家に生まれた人間であったとしても、術の才能のあるものは、帝都の学院に入り、術の技を磨くようにと要請しています。今の時代、騎士の家から術士が出ることなど当たり前にあることです。ランサー軍には、圧倒的に術士が足りていない。帝国は術士の養成に力を入れているから、むしろ歓迎されているほどです。あなたが、対面を守るためにコールを家に縛り付けるなら、貴方は陛下の意向に反することになりますよ」

 コールは驚いた。母がまさか、自分の肩を持ってくれるとは思いもよらなかったからだ。母は常に父に従順で、父に逆らうような発言をするような人ではなかった。

 父もそれは同じだったようで、絶句して反論が見つからないようだった。

「し、しかし、どれだけの才能があるかも分からないんだぞ、帝立学院に入ったところで、目が出ずに人生を棒に降ることになるかもしれん……それこそ、一族の恥さらしではないか!」

「もし、そうなったとしても、それはコール本人の責任です。自分で決めたことであれば、挑戦して失敗したとしても納得するでしょう。ねえ、コール……?」

 母はにこりと笑ってそう言った。

「母親である私には分かるわ。貴方にはきっと、術士としての才能が溢れてる。ここのところの貴方のキラキラとした顔を見ていれば分かるもの。自分の居場所を見つけることができたんだって」

「お母様……」

 母の言葉に、潮が引くように、逆立っていた心が鎮まっていった。

「私は、許さんぞ、そんなこと。我が一族から、術士など……」

 父は、まだ怒りを納められないように荒々しくその場を去った。


「……あなたたちって、ほんとにそっくり。頑固で意地っ張りで、怒り出すと手が付けられなくなるところも。貴方は小さい頃から身体が弱かったから、気も小さいんじゃないかと思われがちだけど、中身は火の玉みたいね」

 メーベルは、息子の頭を撫でながら言った。

「お父様には秘密だけどね、私の母方のおばあさんの一族は、たまに術士を出す家系だったそうなの。あなたはその血を引いたのね。お父様はああ言ってるけど、皇帝陛下には絶対忠実な人だから、陛下の要請を盾にすれば、折れてくれると思うわよ」

 そして、母は真面目な顔をして付け加えた。

「ただし、今の帝国の法律では、術士は騎士にはなれない。術士を目指すなら、エンティナスの家督は諦めなさい。そして、もう一つ。ギランから聞いたわ。貴方は漆黒の呪力の持ち主だって。もしも、闇の力が魅力的だとしても、闇術に手を出すのだけは止めなさい」

 コールは意外な言葉に目を丸くした。コールは当然、希少性のある闇術のスキルを(みが)いて名を成そうと思っていたからだ。

「なぜですか?」

「闇術は忌み嫌われた『禁術』だからよ。闇の力は巨大だけど、巨大ゆえに、その術に魅入られた術士は身を滅ぼすと言われてる。使役しようとした魔の力に、逆に飲み込まれて魔物と化してしまうという言い伝えがあるの。漆黒の呪力の持ち主は存在しても、闇術士がいないのは、そのためなのよ」


 こうしてコールは、幼なじみのギラン・ロクシスとともに帝都の術士養成学院へ入った。

 ギランもさることながら、コールは死に物狂いで鍛練(たんれん)()み、卒業する頃には、首席の実力を身につけていた。

 ただ、母の言葉通り、養成学院に入っても、闇術士は一人もおらず、当たり前のことだが、『禁術』である闇術を教えてくれるような教官もいなかったため、闇術は書物を読み(あさ)ったりしながら、独学で身に付けていくしかなかった。

 母の忠告に反して、コールは闇術にのめり込んでいった。

 生きているか死んでいるか分からないような幼少期を過ごしたコールに取って、生きていく力を与えてくれるのは、やっぱりあの時手にした闇の魔術だったからだ。 

 あの時手にした全能感を、手放すことはとてもできなかった。

 それは、焰術や地術を使っていても、けして得ることのできない感覚だった。

 たとえ悪魔に魂を売ることになろうとも、それが自分の人生に似合っている、とさえ思っていた。


 そして、エンティナス・コールは、学院卒業後、ランサー軍でも多くの活躍を納め、二十五歳という異例の若さで一小隊の隊長となる。

 クアナ・リオンと出会ったのは、その更に、三年後のことだ。


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