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「近頃、図書室にこもっていると聞いたが、術の訓練だと……!?そんな暇があったら、修練場に顔を出さんか……っ!」
当然、コールのしていることを知った父ジークムンドは、かんかんに怒った。
「貴様はそれでも、エンティナスの嫡男か!?術などと、卑賎な者どもの技を身に付けようとするなど……情けないにもほどがあるぞ……!」
コールは父に思い切り突き飛ばされ、床に倒れ込んで激しく咳き込んだ。
「……貴方の気持ちは分かります。俺だって、できれば剣の腕を磨き、騎士として活躍したかった……!」
辛うじて起き上がったコールの目には、燃え上がるような強い光があった。
ジークムンドは面食らっていた。
病弱で、生気がなく、父がいくら怒鳴りつけても、歯向かってくることすらなかったコールとは、まるで別人のようだった。
「でも、俺にそれは出来ない。貴方だって、ほんとは気付いてるでしょう……?俺の身体じゃ、武器を取って力で相手を圧倒することなんて出来ない。そんな俺が、やっと、やっと手に入れた力なんだ。俺はもう、絶対にこの力を手放さない」
コールは父親にまっすぐ顔を向けて言った。
「俺は、帝都に行きます。術士養成学院に行って、術士になります」
「なっ……何をバカな。エンティナス家の嫡子が術士養成学院だと……?そんなことは絶対に許さん……っ!一族の笑い者になるぞ」
父と子、二人は互いに肩をいからせて、睨み合った。
そんな二人の間に割って入ったのは、二人の怒鳴り合う声を聞いて駆け付けたコールの母、メーベルだった。
「ジーク、皇帝陛下からの通達を、知らないわけではないでしょう?」
メーベルはため息をついて、怒り狂う夫を諭すように言った。
「陛下は、たとえ騎士の家に生まれた人間であったとしても、術の才能のあるものは、帝都の学院に入り、術の技を磨くようにと要請しています。今の時代、騎士の家から術士が出ることなど当たり前にあることです。ランサー軍には、圧倒的に術士が足りていない。帝国は術士の養成に力を入れているから、むしろ歓迎されているほどです。あなたが、対面を守るためにコールを家に縛り付けるなら、貴方は陛下の意向に反することになりますよ」
コールは驚いた。母がまさか、自分の肩を持ってくれるとは思いもよらなかったからだ。母は常に父に従順で、父に逆らうような発言をするような人ではなかった。
父もそれは同じだったようで、絶句して反論が見つからないようだった。
「し、しかし、どれだけの才能があるかも分からないんだぞ、帝立学院に入ったところで、目が出ずに人生を棒に降ることになるかもしれん……それこそ、一族の恥さらしではないか!」
「もし、そうなったとしても、それはコール本人の責任です。自分で決めたことであれば、挑戦して失敗したとしても納得するでしょう。ねえ、コール……?」
母はにこりと笑ってそう言った。
「母親である私には分かるわ。貴方にはきっと、術士としての才能が溢れてる。ここのところの貴方のキラキラとした顔を見ていれば分かるもの。自分の居場所を見つけることができたんだって」
「お母様……」
母の言葉に、潮が引くように、逆立っていた心が鎮まっていった。
「私は、許さんぞ、そんなこと。我が一族から、術士など……」
父は、まだ怒りを納められないように荒々しくその場を去った。
「……あなたたちって、ほんとにそっくり。頑固で意地っ張りで、怒り出すと手が付けられなくなるところも。貴方は小さい頃から身体が弱かったから、気も小さいんじゃないかと思われがちだけど、中身は火の玉みたいね」
メーベルは、息子の頭を撫でながら言った。
「お父様には秘密だけどね、私の母方のおばあさんの一族は、たまに術士を出す家系だったそうなの。あなたはその血を引いたのね。お父様はああ言ってるけど、皇帝陛下には絶対忠実な人だから、陛下の要請を盾にすれば、折れてくれると思うわよ」
そして、母は真面目な顔をして付け加えた。
「ただし、今の帝国の法律では、術士は騎士にはなれない。術士を目指すなら、エンティナスの家督は諦めなさい。そして、もう一つ。ギランから聞いたわ。貴方は漆黒の呪力の持ち主だって。もしも、闇の力が魅力的だとしても、闇術に手を出すのだけは止めなさい」
コールは意外な言葉に目を丸くした。コールは当然、希少性のある闇術のスキルを磨いて名を成そうと思っていたからだ。
「なぜですか?」
「闇術は忌み嫌われた『禁術』だからよ。闇の力は巨大だけど、巨大ゆえに、その術に魅入られた術士は身を滅ぼすと言われてる。使役しようとした魔の力に、逆に飲み込まれて魔物と化してしまうという言い伝えがあるの。漆黒の呪力の持ち主は存在しても、闇術士がいないのは、そのためなのよ」
こうしてコールは、幼なじみのギラン・ロクシスとともに帝都の術士養成学院へ入った。
ギランもさることながら、コールは死に物狂いで鍛練を積み、卒業する頃には、首席の実力を身につけていた。
ただ、母の言葉通り、養成学院に入っても、闇術士は一人もおらず、当たり前のことだが、『禁術』である闇術を教えてくれるような教官もいなかったため、闇術は書物を読み漁ったりしながら、独学で身に付けていくしかなかった。
母の忠告に反して、コールは闇術にのめり込んでいった。
生きているか死んでいるか分からないような幼少期を過ごしたコールに取って、生きていく力を与えてくれるのは、やっぱりあの時手にした闇の魔術だったからだ。
あの時手にした全能感を、手放すことはとてもできなかった。
それは、焰術や地術を使っていても、けして得ることのできない感覚だった。
たとえ悪魔に魂を売ることになろうとも、それが自分の人生に似合っている、とさえ思っていた。
そして、エンティナス・コールは、学院卒業後、ランサー軍でも多くの活躍を納め、二十五歳という異例の若さで一小隊の隊長となる。
クアナ・リオンと出会ったのは、その更に、三年後のことだ。




