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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第一章 海の見える丘の上の街で
9/29

夏のざわめき

 本格的な夏がやってきた。

 梅雨の終わりを告げる雷雨はそれはとても激しいものだったが、夜が明けると一転、まぶしいくらいの朝日が部屋の中まで差し込んできた。

 気温も上がっているようで、部屋の中はすでに蒸し暑くなっていた。


 通学路の赤紫のあじさいの花から雨のしずくがしたたっていた。

 アブラゼミがうるさいほどに鳴き、空はどこまでも濃い青一色だった。


 もうすぐ夏休み。

 授業は午前中で終わり、クラスのだれもが浮き足立っているようだった。

 そんなやがてくる開放感も手伝ってか、授業が終わると江波えばみなとがめずらしく僕の机にやってきて話しかけてきた。

「皆実、お前やるじゃん」

 湊は唐突にそんなことを言った。

「え? なんのこと?」

「とぼけるなって。うわさになってるの知らんの?」

「うわさって?」

「あのふたりのこと。可愛川えのかわよしのと可愛川けい」

 湊はふたりの名前を強調するように言った。

「あ…」

「こないだ一緒に電車に乗って帰ってきてるのを見たやつがいるって」

「ちょっ、とね…」

「否定しないってことは、やっぱそうなんか。ずいぶん仲良さそうだったって聞いたけど、うわさじゃなくって、ほんとだったんか」

「たまたま、ね…。ていうか、前に湊も誘ったけど塾があるって帰っただろ」

「そんなことあったっけ?」

 ほんとうに覚えていないらしい。

「それだけ。まあ、うまくやれよ。じゃね」

「今日も生徒会?」

「そう」

「もうすぐ夏休みだっていうのに、たいへんだな」

「まあ、いろいろあるのよ」

 そう言って湊は教室を出ていった。


 教室には人影はまばらになり、僕も日直の仕事を終え帰ろうと立ち上がると、バスケ部の本川ほんかわ陽菜はるなとその幼なじみの横川よこがわ芽依めいが近付いてきた。

「皆実くん、今日部活あるん?」

「え? 夏休みまでずっとないよ。女子も休みでしょ?」

「男子は自主練とかするんかなーと思って。それじゃ、ちょっと一緒に図書室に来てもらえん?」

「図書室に? なんで?」

「あの、図書部の仕事を手伝ってもらいたいな…って」

 横川さんが本川さんの顔をチラチラと伺うように見ながら言った。

「部活ないんだったらひまなんでしょ?」

「暇といえば暇だけど…」

「じゃ、お願い。図書室にいるから」

「日誌を置いてきてから、図書室に行けばいい?」

「うん、それでいいよ。待っとるけんね」


 僕は職員室へ日誌を持っていき、それから図書室へ向かった。

 図書部の用事ならけいもいるのだろうかと思いながら、人のいない静かな階段を上がっていく。

 開け放たれた踊り場の窓がカタカタと鳴った。風が校舎の裏の木々を揺らし、セミの声をさえぎるようにざわめいた。


 図書室の引き戸を開けると、室内はどことなく薄暗かった。

 カウンターの奥の小部屋にいる図書室の先生の姿が見えた。

「あ、来た来た」

 図書室にいたのは本川さんと横川さんだけで、けいはいないようだった。

「あれ? 他の人はいないの?」

「う、うん、そうなんよ。仕事はもういいって。せっかく来てもらったのにわるいねえ」

「じゃあ、もう手伝わなくていいの?」

「そうなんだけど、ちょっとここ座って」

 僕は本川さんに勧められるがままに椅子に座った。

 彼女は僕が座るのを見届けてから真剣な顔をして聞いてきた。

「皆実くん、こないだ女子と遊びに行ってたってほんと?」

 まったく予想もしていないことを聞かれて、どきりとした。湊からうわさになっていると聞いたばかりだったけれど、こんなところで直接聞かれるなんて思ってもいなかった。なんだか警察に尋問をされている気分だった。

「だれ?」

「え?」

「だれと行ったん?」

「だれって、えーと、友達、かな…」

「ふーん、友達ね…。皆実くん、女子の友達なんておったんじゃね」

「ま、まあね…」

「友達だって、芽依ちゃん?」

 横川さんは尋問されている僕の顔を見ていたが、僕と本川さんに同時に見られると下を向いた。

「皆実くん、横川さんね…」

 しばらく横川さんの様子を見ていた本川さんがしびれを切らしてそう言いかけた時、図書室の扉がカラカラと音を立てて開いた。

「あれ、皆実くん? それに横川さんも?」

「あ、可愛川さん…」

「横川さん、今日部活ないのになんか用事あったん?」

「う、うん。可愛川さんは?」

「ちょっと忘れものして取りに来たんよ」

「そうなんだ」

 けいは僕をちらっと見ただけで声を掛けず、そのままカウンターへと向かうと、横川さんも立ち上がりけいの近くへ寄っていった。

「可愛川さん、皆実くんと知り合いなの?」

「うん、そうよ」

「ずっと知ってるの?」

「ずっとっていうか、ちょっと前からかな。あ、なにかやってたら邪魔してごめんね。うちすぐ帰るけん」

「そ、そんなことないけど…」

 けいは棚の奥にあった手帳をカバンにしまうと、「じゃあね」と言ってあっさり帰っていったが、帰り際に本川さんのことをちらっと見たような気がした。

「皆実くん、友達って、ひょっとして彼女…?」

 本川さんがそう聞いてきた。

「ま、まあね…。あ、そうだ。僕も家の用事…ねこの世話をしないといけないからもう帰るね」

 僕はこの機を逃してはならないと、適当な言い訳をでっちあげていそいそと席を立った。

「あ、ああ、うん。今日はありがとね」

「それじゃ、また明日」

「うん、また明日」

「さようなら」


 下駄箱で靴を履き替えていると、校門を出ようとしているけいの後ろ姿を見付けて、足早に追いかけた。

「今帰り?」

「あ、皆実くん。うちは忘れもの取りに行っただけじゃけん。もう用事は終わったん?」

「特に用事じゃなかったんだけどね」

「ん? そうなん? じゃあなにやっとったん?」

「なんだか、こないだ海に行ったのが誰かに見られてうわさになってて、本川さんにね…あ、横川さんと一緒にいたバスケ部の女子に、だれと遊びに行ったのかって聞かれてた」

「ふーん、そうなん。やっぱ気になるんかね…」

「うわさのことは知ってた?」

「知っとるよ。それがどうかしたん?」

「どうかしたって…」

「だって、別になにも悪いことしよらんし、見られたものは仕方ないけん」

「そうだけど…。よしのさんもそう?」

「よっちゃんは周りに聞かれてちょっと気にしてるみたいよ。気にせんように言っとるんじゃけどね……あ、あれよっちゃんじゃない? よっちゃん! おーい、よっちゃーん!」

 先を歩いていたよしのは振り返って立ち止まり、こっちに向かって手を振ってきた。その後ろには真っ青な空が広がり、白いブラウスが輝いて見えた。

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