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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第一章 海の見える丘の上の街で
7/29

川の流れとともに

 6月も終わろうかという土曜日。

 今日はよしのとけいと約束していた海へ行く日だ。

 今年は梅雨入りが遅く、すでに夏のような日になることもあった。ひょっとして梅雨がないまま夏へ突入するのではないかと、そんな感じもしていた。

 今日もそんな日和で、天気予報は暑さに注意してくださいと言っていた。


 海へはバスと路面電車を乗り継いで行くことになった。

 僕はどこに行くにもいつも自転車で、バスは乗り慣れていないし、路面電車も乗ったことがないので、念のために小銭をたくさん持った。

 どんな海なのかわからないけれど、少しは海に入ることもあるかもしれないと、海パンをズボンの下に履いておいた。

 そしてバッグの中にはタオルと水筒とお菓子を少し詰め、帽子をかぶって玄関を出た。

 まるで遠足だった。いや、遠足みたいなものだろう。


 外はほとんど快晴、これ以上ない遠足日和だった。

 日差しがとても強く、セミも何匹か鳴いている。ほんとうにもう夏だった。

 ふたりとはお互いの家が離れているようだったので、学校の近くのバス停で待ち合わせることになっている。

 そういえば、ふたりがどのあたりに住んでいるのかすらぜんぜん知らなかった。

 まともに話をしたこともないのに、一緒に海に行くことになって、こうやって出掛けようとしている自分が信じられない。

 ひとりだったら海に行くというこんな小旅行を思いつくことすらなかっただろう。もし途中でなにかが起こっても、けいがいてくれれば、いろいろとなんとかなるのではないかという、漠然とした安心感もあった。


 朝の8時。ほぼ学校に行くのと同じ時間。

 バス停に向かって坂を下っていくと、ちょうど向こうからもふたりが歩いてきた。

「おはよー!」

 けいが元気に手を振ってきた。

 僕も「おはよう」と返したものの、週末の朝のまだ目覚めきっていない街中に声が響くようで、ちょっと恥ずかしかった。

 よしのは、

「おはようございます」

と丁寧にあいさつをしてくれた。

 それで僕も、

「おはようございます」

とあらたまってあいさつを返した。


 ふたりは当然のことながら、制服ではなく私服だった。もちろん私服姿を見るのは初めてだった。

 よしのは菜の花のように明るい黄色のブラウスに、淡いベージュ色の長いスカート。

 けいは白い丸えりのブラウスに、緑がかった明るい青色のジャンパースカートで、胸のあたりには白いマーガレットのワッペンを付けていた。

 学校で見る姿とはぜんぜん違うイメージだった。

「よっちゃんは、明るい色とか暖かい色が好きなんよね。この服もふたりで選んだんよ。かわいいでしょ」

 こう聞かれた場合、どう答えたらいいのか。女子の服の感想なんて考えたこともなかったし、素直に感想を言うのがやっぱり恥ずかしいので、「う、うん」とあいまいに答えた。

「うちの服、これきれいな色だと思わん? 水浅葱みずあさぎっていうんだって。これもふたりで選んだんよ」

「ふーん」と答えたら、けいはそれで満足したのか、それとも僕に感想を聞いたのが間違っていたとあきらめたのか、この話題は終わったようで、昨日何時に寝たのか?とか、朝ご飯は何を食べてきたのか?などと聞いてきた。

「バスが来るまであと10分くらいみたい」

 左手首の時計と時刻表を見比べていたよしのが教えてくれた。


 バスには誰も乗っていなかった。土曜の朝はこんなものなんだろうか。

 けいを先頭に、乗車券を取って一番後ろの席に並んで座った。

「まずは、駅で降ります」

 手元のメモを見ながらよしのが言った。なにやらたくさん書き込みがしてある。

「なにが書いてあるの?」

 僕が聞くと、よしのは恥ずかしそうに、

「今日の予定…」

と答えた。

「へー、すごいね」

「そうなんよ。よっちゃんはしっかりものなんよ。それで、駅まではどのくらいかかるん?」

 けいはメモを覗き込むようにして聞いた。

「20分くらい」

 よしのはメモを見てそう答えた。

 土曜日だからなのか、信号にもあまり引っかかることなく駅に着いた。道路は空いているような気がしたけれど、それでも20分ちょうどかかった。


 バスが着いた駅の南口は路面電車の発着駅になっていて、電車が何両も止まっていた。

 番号の書かれた停留所がたくさんあり、停まっている車両の先頭にもいろいろな行先が書いてある。

「よっちゃん、どの電車?」

「うーんとね…ちょっと待ってね……」

 よしのはあっちを見たりこっちを見たりしながら、やっと目当ての電車を見付け出した。

「あの電車みたい」

「ほんとだ、港って書いてある。いかにも海っぽいねぇ」

「じゃあ、とりあえず乗ろっか」

「そうね」

「うん」

 僕たちはベージュとモスグリーンの色で塗られた古めかしい路面電車に乗り、木の床を鳴らしながら車両の両側にある長い座席の右側に座った。よしのとけいが並んで座り、僕はけいの隣だった。

「よっちゃん、海までどのくらい?」

「えーとね、30分くらい」

「そんなに近いん? もっと遠いんかと思っとった」

 僕もけいと同じく1時間以上はかかるのだと思っていた。

 そんな話をしているとすぐにドアが閉まり、ガタンという軽い衝撃とともに電車は動き始めた。

 駅を出ると橋を渡り、しばらく街なかを走るが、ふたたび川沿いへと出た。

「ねえ見て、川だよ」

 よしのの声に体をよじって窓の外を見ようとすると、同じように外を見ているふたりの横顔が目に入ってきた。

 こんなに近くでふたりの顔を見たのは初めてだった。こうして見てみるとやっぱりよく似ている。

「ふーん、川なんか見えるんじゃね」

 そう言ってけいは振り向いて僕を見た。

 ふたりに見とれていた僕はすぐ近くでけいと目が合うと、あわてて、

「そ、そうだね」

と答えた。

「ん? なんかあったん?」

「ううん、なんにも」

 ふたりでこんなやりとりをしていると、よしのもこちらを見たが、けいがふたたび窓の外を眺め始めると、よしのもまた同じように外を見た。

「よっちゃん、この川ってひょっとして海まで続いとるん?」

「うん、そうだよ」

「へー、すごいねー」

「このあたりの川はぜんぶ海まで続いてるよ。小学校の授業でもやったよ」

「小学校のことなんて覚えとらんよー」

 ふたりは屈託のない笑顔をみせた。

 彼女らの瞳は、その見つめる先の川の水面に立つさざなみが太陽の光を反射するように、透明できらきらと輝いていた。

 路面電車の窓の隙間から、アブラゼミの声が入ってくる。

 青空の下で葉を揺らす、川沿いの並木の緑がきれいだった。

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