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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第二章 空を見ていた
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どんな世界が

 3人は晴れて同じ高校に進んだ。

 新しい制服に身を包むと、気持ちも少し大人に近付いてきたような気がした。


 俺たちの通う高校は中学校よりさらに高台にあり、瀬戸内海とそこに浮かぶ島々がより遠くまで見渡せた。ひょっとしたら海の向こう側にある四国の陸地が見えるのではないかと思うほどに。

 けれど、すべての教室から海が見えるわけではなかった。移動先の教室で海が見えると嬉しかったが、周りに気付かれるのがなぜだか気恥ずかしく、それとなく眺めるのが常だった。


 そして俺たちは、それぞれ中学の時と同じ部活を選んだ。よしのはバドミントン部、けいは図書部、そして俺はバスケ部…だったのだが、早々に辞めて天文部に入った。


 *


 俺がちょうどバスケ部を辞め天文部に入るまでのどこの部活にも所属していないとき、放課後図書室に寄ると、机の上に広げたままの本を置いて、ぼんやりと窓の外を眺めているけいがいた。

 高校に入り、同じクラスでさえまだ知らない人が多いなか、知った顔に会うとなんだかホッとする。

 けれども今日の彼女はずいぶんとさえない表情をしていた。

「はあ…」

「どうしたんだよ、ため息なんてついて」

「あ、皆実くん。今日部活は? 休みなん?」

「辞めたよ。言ってなかったっけ?」

「え、うそ、もう辞めたん? もったいない…」

 彼女は本を閉じようとする手を止めた。

「まあいろいろあってね。それより、なんだか考え込んでなかったか?」

「ああ、まあね…。今日のホームルーム、こないだ高校受験が終わったばかりだと思っとったのに、また受験の話よ。それを考えとったら、ちょっと憂鬱ゆううつになってきて。皆実くんのクラスも話あった?」

「あったよ。でもこの高校を選んだんだから、仕方ないだろ」

「そうじゃけど、こんなとは思わんかったよ…」

「そんなに嫌なのか?」

「好きな人なんておらんじゃろ?」

「まあ、そうかもしれないけど…。けいは将来どうするか考えてるのか?」

「将来ねぇ…。うち、本が好きじゃけん、なんか、それに関係したことができんかね」

「図書館で働くとか? それとも本屋とか?」

「あ、それどっちもいいねー。図書室の先生とかもいいかもしれんね」

「それだったらちゃんと勉強しないとだめなんじゃないのか?」

「やっぱ勉強せんといけんかね…。でも目標があるとちょっとはやる気になるかもしれんね。あとで先生にどうやってなったんか聞いてみよ。そういう皆実くんはどうなん? もうどうするか決めとるん?」

「いや、まだなんとなくだけど、大学には行きたいと思ってる」

「ふーん。よっちゃんと一緒じゃね。じゃあ、あんたらもちゃんと勉強せんとね」

「ん? なんだか上から目線なんだけど…」

「まあまあ、気にせんの。お互いがんばらんとね」

 けいはそう言うと、急に思い出したように続けた。

「皆実くん、なんか用事があって来たんよね? 邪魔しちゃったね」

「いや、俺から話しかけたんだし、それに用事ってわけでもないから」

「そうなんじゃね」

「部活やめたら急に手持ち無沙汰ぶさたになって、本でも読んでみようかと思ったんだ」

「ほんと? それならちょうどおすすめの本があるんよ。読んでみん? ちょっと待っとってね」

 けいはそう言うと立ち上がり、新刊コーナーに置いてあったという1冊の本を手に戻ってきた。

「これ読んでみて。今、うちの一番のおすすめ」

「何の本?」

「うーんとね、ジャンルでいうとSFかな。そこにロマンティックな恋愛要素も含まれとるんよね。とにかく読んでみてよ」

「わかった。ありがと。中学の時に貸してもらった本も面白かったから、けいのおすすめの本は安心して読めるよ」

「そんなこともあったね。うち、目利きじゃけんね」

 けいは腰に手を当て、えっへんと言いながら笑った。


 それから後も、俺はけいに本を紹介してもらい読んだ。

 本の中には知らない世界がいくつもあった。

 異国の現実の話から空想の世界、しあわせな世界、悲しい世界、心踊る世界、狂気に満ちた世界、やさしい世界、数え上げるときりがない。

 けいのおかげでそんないろいろな世界を知り、それがその後の俺の人生を形づくり、そしていろどっていったのではないかと思う。まあ、そんなことが本当かどうかを確かめるには、すべてが終わった後、それはすなわち俺が死んだ後に振り返ってみて初めてわかることかもしれないが、わかりやすい例をひとつあげれば、俺が天文部に入ったきっかけが、こんな本の中の世界に触れたからだったというのは間違いのない事実だった。


 *


 高校の校舎は山を切り開いたような場所に建っていたので、夕方になると日が沈むのが早かった。特に秋から冬はあっという間に薄暗くなり、早く帰れという教師の声をよく聞くようになった。

 ただし、天文部だけは特例があり、もちろん顧問が同伴だが、年に何度かは暗くなっても学校に残り、天体観測をすることができた。


 この日は、オリオン座やおうし座をなす星々、すばるのような星団や星雲、そして木星や土星など、ひときわ夜空がにぎやかだった。

 天体望遠鏡を先輩たちが設置する。三脚をえ、赤道儀せきどうぎで天の北を合わせ、観察する天体を望遠鏡の中心にとらえていく。

 その間、俺たちには双眼鏡が渡された。適当に空を覗いてみると、視野の中にたくさんのぼやけた点が見えた。ピントをゆっくり合わせていくと、数え切れないほどの星になり、じっくり見るとそれらは大きさも色も違い、一瞬でその世界のとりこになった。我ながら驚くほどだった。

 部活で宇宙のいろいろなことを知り、前より少しは詳しくなり、興味が深まったからというのももちろんあるが、それに加えて、けいに勧められて読んだ本の影響もある。

 空の輝きひとつひとつが太陽と同じ恒星で、ひょっとしたらその周りを地球のような惑星が回っているかもしれない。そしてその惑星にはさまざまな世界があり、たくさんの生命があり、それぞれの生命にはそれぞれの一生がある。そんな世界が双眼鏡で覗いた丸の中だけでも数えられないほどあり、それが夜空には無数に存在している。

 人間の短い一生ではそれらの世界の一部さえ空想することすらあたわず、漠然ばくぜんとした無力さを感じ、けれどそれと同時にこの地球上から失われてしまった懐かしい世界がどこかに広がっているのではないかというような憧憬しょうけいの念を抱き、俺はただただ小さな輝きたちを見つめ続けるだけだった。

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