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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第一章 海の見える丘の上の街で
18/29

島の影は淡い空色に染まり

 除夜の鐘の響きとともに年が明けた。

 僕らの住む街から下ったところには、いくつかお寺や神社があるが、初詣はつもうでとなると、だいたい行くところは決まってくる。

 今年はいつもと違いひとりで神社に初詣に来ていたが、お参りをすませ、おみくじをひこうとお守り授与と書かれた看板のある建物へ向かう。棚に並べられた合格祈願のお守りなどがいやに目につき、意識していないつもりでも、受験生であることを実感させられる。

 おみくじは中吉だった。学業については…いいとも取れるし悪いとも取れるとても曖昧あいまいな内容だった。丸太の支柱に渡されたロープへ結び付けようと思ったとき、けいとよしのに逢った。

「あけましておめでとう」

 お互いに同じ言葉を交わした。

「ふたりはもうお参りはすませたの?」

「うん。皆実くんは?」

「僕ももうすんだよ」

「皆実くんは何をお願いしたん? うちはね、よっちゃんと同じ高校に合格できますようにってお願いしてきた」

「僕も同じようなもんかな。あ、お願いごとってひとに言ってもいいんだっけ?」

「知らんけど、いいんじゃない? ね、よっちゃん?」

「うーん、どうなんだろう…」

 そう聞かれたよしのは小首をかしげて考えた。

「よっちゃんは何お願いしたん?」

「ないしょ」

「えー、内緒なん? まあいいや。ところで、皆実みなみくんはどこの高校に行くか決めたん?」

「滑り止めに私立も受けるけど、たぶん公立だと思う」

「そうなん? じゃ、うちらが目指しとるのと一緒じゃね。ね、よっちゃん」

「う、うん…」

 よしのは少し恥ずかしそうに僕を見た。

「うち図書部頑張ったけん、たぶん内申点は高いけえ、いけると思うんよね」

「それを言ったら、僕もよしのも部活頑張ったよね?」

「うん、ちゃんと休まないで行ってたしね」

「じゃあ、みんな合格じゃね」

「試験もがんばらないと、内申だけじゃ行けないよ」

 けいはすぐよしのにさとされた。

「あ、そうよね…。あーあ、試験かー…」

「…ま、まあ、みんな受かるといいね。ふたりはお正月はどこか行ったりするの?」

「ううん。ずっと家におる予定。テレビも見んといけんし」

「けいちゃん、英語と数学の復習やるって言ったでしょ」

「え、今日も勉強やるん?」

「当たり前じゃない。だって受験生なんだよ」

「そうじゃけど、テレビは?」

「勉強が終わったらね」

「あはは。なんだか邪魔したら悪いから、そろそろ帰ろうかな」

「そう? じゃ、皆実くん、また学校でね」

「うん。勉強がんばって。よしのも」

「ありがとう。皆実くんもね」

 そう言って別れたが、少し歩くと、

「お餅食べすぎんようにしんさいよー!」

 僕の後ろからけいが声を掛けてきて、その横ではよしのが笑いながら手を振っていた。


 家へと向かう道すがら、大きな家の玄関脇に咲くあかく大きな椿つばきの花が目に入り、僕はその前で立ち止まった。

『そうか、ふたりと別々の高校に行くことになったら、もう会えないんだ』

 急にそんなことが頭に浮かんできた。

 こんな考えなくても分かるような当然のことなのに、受験のことで頭がいっぱいで、まったく思いも及ばなかった。

 ただ漠然と、今の生活がずっと続くのだと思ってた。

 紅い椿の花が黄色い花芯かしんとともにどさりと音を立てて落ちた。

 僕は急いで神社へ引き返し、他の参拝者にまぎれ、ふたりの合格を祈った。


 *


 僕らは無事に卒業式を迎え、そして今日は高校の合格発表の日だった。

 僕はひとり高校への急な坂道を登っていく。

 校門をくぐると左手に広い運動場が見えてきた。

 その先、玄関脇の広場には、すでにいろいろな中学の制服を着た人とその保護者らしき人たちが集まっていた。合格発表はここで行われることになっている。

「皆実くーん!」

 後ろから声を掛けられ振り返ると、けいとよしのが走ってきた。

「ひとりなん?」

「そう。そっちもふたりだけ?」

「うん。自分たちだけで見てこいって、ね、よっちゃん?」

「うん…。あー、緊張してきた。落ちてたらどうしよう…」

「ちゃんと勉強してたんだから大丈夫だって、先生もそう言ってたんでしょ?」

「そうだけど、やっぱり心配になるよ。皆実くんは緊張してないん?」

「そりゃ、緊張してるよ。でも滑り止めは受かったし、やることはやったし、落ちてたら仕方ないかなって」

「わたしもそうだけど、受かったら皆実くんと同じ高校に行けるし…」

 よしのは途中から小声になる。

「それでもやっぱり緊張するよ」

「よっちゃんが落ちたらうちも落ちとるから、安心しんさい」

 横からけいが口を挟んだ。

「安心できないよ、そんなの…」

「そういえば、けいは試験どうだったの?」

「うち? うちは、まあまあってとこ。あとは内申がどうなったかじゃね」

「けいちゃん、あれからちょっと勉強がんばったもんね」

「あれからって? ああ、流星群を見に行ってから?」

「そうよ。うちもがんばったんよ! 皆実くんの知らないところでね。それより早く見に行かん?」

「ええー、どうしようかな…」

「じゃ、皆実くん行こう」

「うん」

「あ、待ってよー」


 そして壁に張り出された合格者の番号を見る3人。

「あった!」

 最初に声を上げたのはけいだった。

「僕も!」

 思わず声を出してしまった。

 よしのを見ると、手元の受験番号と壁の番号を何度も見比べるようにして、まだ一生懸命探していた。

 その緊張した面持ちにこちらもどきどきしてくる。

「…あ、あった。あった!」

 僕は少し心配になっていたが、その声を聞いて心から安堵あんどした。

「けいちゃん、あったよ!」

 けいとよしのは抱き合って喜んだ。


 ふたりに降り注ぐ春の穏やかな陽射し。

 彼女たちといられる時間がこの先も続くのだと思うと、僕はそれだけでうれしくなった。

 屈託くったくのないふたりの笑顔がまぶしくて、僕はずっと目を奪われていたが、気が付くとふたりの周りには、同じように喜び合っている人たちがたくさんいた。


 3人で歩く高校からの帰り道、遠くに瀬戸内海が見えた。

「うちらも、もう高校生じゃね」

 水面はきらきらと白く光り、連なる島の影は淡い空色をしていた。

 桜並木の下を歩いているとき、やわらかな薄紅色の花びらがはらりと舞い、ふたりの制服の肩に乗った。


 ふたりと出逢い、僕らはいつほころんでもおかしくないまだ危なげな人生を互いに交差させ、また重ね合わせながらゆっくりと歩んできた。

 そしてこれからもそれは続いていくのだろう。

 この海の見える丘の上の街で。

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