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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第一章 海の見える丘の上の街で
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星に願いを

 僕とよしのは図書室の机にふたり並んで座り、棚から引っ張り出してきた、いつのものだかわからない参考書を開いて、数学の問題を解いていた。

「ここは、この公式を使ったらいいんじゃない?」

「あ、そっか」

 そんなふたりの反対側に座るけいは、さっきから黙って本を読んでいる。

「けいは、受験勉強は大丈夫なの?」

 僕は隣のよしのに聞いたつもりだったが、それを耳ざとく聞きつけたけいが本に目を落としたまま答えた。

「たまには息抜きも必要なんよ」

「あ、そうなんだ」

 その言葉を聞いた僕は、けいはよっぽど勉強しているのだと思った。

「けいちゃん、またそんなこと言ってる」

「え?」

「本番に強いタイプだからとか言って、あんまり勉強してないのよ」

「そうなの?」

「よっちゃん、それ言わんといてよ。うちもちゃんと勉強しとるよ」

「だったら、あの模試の結果は?」

「ああ、あれね…。ま、うち本番に強いタイプじゃけん…」

「ほら、またそう言う。ちゃんと勉強しないと、もうすぐ受験始まるよ」


 秋もずいぶんと深まり、上着が手放せない季節になっていた。図書室にはストーブが置かれ、それを目当てに集まってくる生徒もちらほらいた。僕らは勉強に集中したかったから、入口から一番遠い窓際の机にいた。

 窓のすき間風の音にふと外を見ると、葉の落ちた木の枝が大きく揺れていた。

「よっちゃんこそ、そんなにこんめて勉強せんでも大丈夫よ。皆実くん、よっちゃん最近勉強しすぎなんよ。なんとか言ってあげてよ」

「そうなんだ。僕も、よしのなら大丈夫だと思うよ。模試だって悪くなかったんでしょ?」

「うん、ありがとう…。でも後悔したくないから、やれることはやっておこうと思って…」

「それにしてもやりすぎよ。こないだなんて、ご飯に呼んでもぜんぜん来んで親にしかられとったもんね」

「でも勉強するのって、悪いことじゃないでしょ」

「まあ、そうなんじゃけどね」

「じゃあ、ちょっと気晴らしに、また星を見に行かない?」

「星? 前に見たやつ?」

「ううん。今度は流星群」

「流れ星のやつ?」

「いいね、それ。うちも見たい」

「今年はちょうど金曜日の夜がよく見えるみたいだから、見に行ってみようと思ってたんだ」

「いつの金曜? ………それなら期末試験も終わっとるよね。よっちゃん行こ?」

「え、でも…」

「ひと晩くらい大丈夫よ。気分転換よ、気分転換」

「ひと晩なんていなくても、1時間も空を眺めていればけっこう見れるみたいだよ。またあの高台の公園で見ようと思ってるんだけど」

「へえ、気軽に見れていいね。その流星群って、こないだの何とか彗星みたいに名前とかあるん?」

「あるよ。ふたご座流星群っていうんだ」

「ふたごってうちらみたいじゃね」

「ふたご座って男の兄弟みたいだけどね」

「そんな細かいことはいいんよ。いいね、決まり! よっちゃん、いいよね?」

「う、うん…」

「じゃあ、晴れたら行ってみようか」

「そっか、晴れんとだめよね。今から晴れるようにお祈りせんとね」

 そう言いながらけいは椅子から立ち上がった。

「けいちゃんどこ行くの?」

「たしか星の本があったけん探してくる。うちのことは気にせんでいいけん、ふたりでしっかり勉強しんさい」


 *


「ねえ、皆実くん。ほんとに見えるん?」

「そのはずなんだけど…」

 僕らはすでに暗くなった坂道を並んで歩いていた。ときおり空を見上げてみるが、流れ星らしきものはひとつも見えなかった。

 夜空には薄雲が出ていたが、星もよく見えていたので、予定通りバス通りで待ち合わせをし、流星群を見に高台の公園へ向かっていた。

「それにしても寒いね」

 よしのはマフラーを巻いて首をすくめていた。

 12月ももうなかば、夜は厚いコートを着るくらいでちょうどよかった。


「流れ星、ないね」

「もうちょっと晴れると思ったんだけどなぁ…」

 公園で30分ほど眺めていたが、空は厚い雲に覆われだし、たまに現れる雲の切れ間から星の光が見える程度になってしまった。

「今年はだめかなぁ…」

「もうちょっと待ってみようよ」

 僕が諦めかけていたとき、そう言ったのはよしのだった。

「そうよね。せっかく来たんだし、もうちょっと待ってみん?」

「うん…」

 僕らは空を見上げつつ話をした。話の内容は主に受験のことだった。

「受験やじゃねー」

 けいがぼやいた。

「本番に強いんじゃなかった?」

「まあ、そうじゃけど、いやなものはいやなんよ」

「ひょっとしてけいちゃんも気分転換したかったの?」

「そうかもしれんね」

「その前に勉強しないと」

「あ、皆実くんまでそんなこと言うとは思わんかった」

「けいちゃんのためだよ」

「わかっとるって。でもほんとにちょっとは勉強しよるんよ」

 ふたりはこんなやり取りを家でもやっているんだろうか。前にも思ったけれど、ふたりのやり取りを見ていると、とても微笑ましく、うらやましくなってくる。それで僕も会話に参加してみたくなった。

「けど、受験が終わったら、うちらももう卒業じゃね」

「ちょっと気が早くない?」

「だって受験のこと考えたくないんじゃもん」

「やっぱりそれ? けいちゃん、嫌なこともちゃんとやらないと、あとで困るよ」

「はーい。……ねえ、皆実くん、よっちゃんってお母さんみたいじゃろ?」

 けいが小声で僕に話しかけてきた。

「ちょっと、けいちゃん…」

「ごめんなさーい」

 けいはいたずらっぽく返事をした。

「もう…」

 僕はちょっと怒ったよしのを見てかわいいと思った。

「あっ! ……流れ星? …違うかな」

 よしのが口に出した。

 僕も小さな流れ星が流れた気がしたが、見間違いだったかもしれない。

「皆実くん、流れ星はどのあたりから流れるん?」

「北東だから、あっちの方らしいけど、空全体を眺めてるのがいいんだって」

「空全体? 空全体ね…わかった。けど、こっち見よるときに別の方で流れたらどうしようとか気になるよね……あ、あった! ねえねえ、見た?」

「見てない、どこ?」

「あのあたりにあったよ…ほら、また!」

「ほんとだ!」


 流れ星は数分おきに流れた。暗く光ってすぐ消えるものから、強く輝く軌跡の長いものまでさまざまだった。

「願いごとせんとね」

「これだけ流れ星があったら、いくらでもお願いできそう」

「じゃあ、次に来たら3人一緒にお願いせん?」

「うん、いいよ」

「わかった」

「みんなお願い決めた? いい?」

 3人は固唾をのんで空を見上げていた。

 この頃にはもう雲は流れ去り、すっかり晴れ渡った高い空に、数え切れないほどの星が瞬いていた。

 次の瞬間、いくつもの流れ星が降るように流れ落ちてきた。

 ひとつひとつの軌跡は短いけれど、次々に現れる流れ星の軌跡は、願い事をするには十分すぎるほど長かった。

 3人ともあっけにとられたように空を見上げていた。

 永遠にも思えた時間だったが、それが急にぱたりとやみ、しばらく待っても流れ星はひとつも流れなくなった。

「すごかったね…」

「うん。あんなの初めて見たよ」

「なんだったんじゃろうね……あ、お願いするの忘れとった!」

「あ、僕も」

「わたしも忘れてた…。でも、こんなのが見れるなんて、来てよかった。皆実くん、ありがと」

「気晴らしになった?」

「うん。とっても」

「うちも受験勉強がんばらんとね」

「けいちゃんもやっとやる気になったみたいだし」

「それじゃあ、明日公民館でも行って勉強の続きやろうか」

「うん、そうしよ」

「えっと、来週からじゃだめなん?」

「だーめ」

 よしのは子供をたしなめるように言った。

 流れ星が流れきった澄んだ夜空には、オリオン座そして冬の大三角がひときわ強く明るく輝いていた。

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