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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第一章 海の見える丘の上の街で
15/29

大都会の片隅で

 枯れ葉を舞い散らす木枯らしは秋を連れ去り、めずらしく降ったぼた雪は雨となって冬が過ぎ、そして、また春がやってきた。


 クラス替えで担任が替わったが、あとはほぼ代わり映えのしないメンツで中学生最後の一年が始まった。

 クラスによってはずいぶん生徒が入れ替わったところもあったが、大人の事情というやつでそういうこともあるんだろう。

 結局よしのやけいと同じクラスになることはなかった。もちろん彼女らが転校するようなこともなかった。


 3年生になるとすぐ、中学で一番大きな行事である修学旅行の話になった。

 場所は東京。

 クラスの男女でグループになって行動する決まりで、計画もグループごとに立て担任に確認してもらう。

 山手線内とその近辺の学校が指定した場所ならどこに行ってもいい。

 ただ、出発時間と帰りの集合時間が決まっているので、実際はそんなに遠くには行けず、また交通費や入場料などのお金のこともあり、どのグループもだいたい同じような場所になる。

 僕たちのグループは5人。本川ほんかわさんと同じグループで、彼女がリーダーになった。

 1日目は東京駅と上野動物園。2日目は浅草と、ちょっと遠いけれど新宿都庁の展望台、3日目にはクラス全員で東京タワーに行くことになった。新宿に行くグループは僕たちだけだった。


 ある日、よしのと下校が一緒になり、当然のことながら修学旅行の話になった。

 彼女のグループの行く場所は他のみんなと同じような場所で、新宿に行くグループはないということだった。

「へえ、展望台なんてあるんだ」

「うん、親から聞いたんだ。晴れてれば富士山も見えるんだって」

「そうなんだ。いいなー、ちょっと面白そう。写真撮ってきてね。あと帰ってきたら話聞かせてね」

「うん、いいよ」

 そして理由はちゃんと聞かなかったが、けいは修学旅行には行かないそうだ。


 *


 東京へは朝早くの新幹線で移動する。途中富士山が見えて、遠くまで来たことを実感した。

 東京駅の丸の内口。ここで解散となった。ほとんどのグループがこのレンガ造りの駅舎を見学してから次の目的地へ移動する。

 グループ同士で写真を撮っていると、旅行カバンを持って駅の前を行き交う人も多いが、それ以上にサラリーマンが多く、いかにも都会に来た感じがした。

「やっぱ都会は違うねー」

 グループリーダーの本川さんが言うと、みんなうなづいていた。


 上野駅では他のグループもたくさん見かけた。ここで降りて博物館に行くグループもあるようだった。

 平日でも動物園はとても混雑していた。動物園がこんなに混んでいるとは思いもしなかったので、そんなことでもやっぱり都会を感じた。

 僕たちの一番のお目当てはパンダだった。入口からパンダのいるところまでは少し離れているが、本川さんの提案でとりあえず一番最初にパンダを見に行くことにした。

 パンダ舎の前にはすでに長い行列ができていた。それは、中に入るまで何時間並ぶのか不安になるほどだった。

「ねえ、どうする? 並ぶ?」

 僕が他のみんなを代表するように本川さんに聞くと、

「せっかく来たんじゃし、並ぶに決まっとるよ」

 と何のためらいもなく言った。

 列に並びはじめた頃には、いったいどれだけ並ぶのかと不安でしかなかったが、少しずつ列が進んでいくと、案外順番は早く回ってきて、笹を食べるパンダを近くで見ることができた。本川さんがリーダーでよかったとみんなが思った。

 園内のベンチに座り、駅のコンビニエンスストアで買っておいたおにぎりを食べ、広い動物園をひと通り回り終えると、ちょうど他のグループとも一緒になり、今日の集合場所のホテル前へ向かった。


 東京での2日目。

 浅草へ行くグループはたくさんあった。

 電車の乗り換えがよくわからなかったので、僕たちのグループは地下鉄の駅まで歩いて向かった。

 今日も朝からたくさんのサラリーマンを見た。

 駅までは少し距離があったが、電車に乗るとすぐに目的の駅に着いた。

 入口の門の前には他のグループの人たちがいて、順番に写真を撮っているようだった。そのなかによしのの姿を見付け、向こうも僕の姿に気が付いて、あっ、というような表情をしたが、言葉を交わすことはなかった。

 門の巨大な提灯には雷門と書いてあり、絵や写真で見たものと同じだと思うと、なんだかちょっとおかしかった。

 門をくぐると両脇にお店がずらりと並んでいる。朝早いためか、まだ閉まっているお店もあった。

「あ、あれ知っとる!」

 本川さんが前方に何かを見付けて走っていき、僕らもそれに続いた。

「テレビで見たことある」

「お線香の煙を体の悪いところに付けるやつじゃろ?」

「わ、けむっ」

 そんなことを言いながら、僕たちのグループはみんな煙を頭にかけていた。


 浅草を後に、次に電車をどうにか乗り継いで、新宿駅へやってきた。

 駅の中はすごく人が多く、みんなせわしなく行き交っている。

 ホームや通路は複雑だったけれど、どうにか都庁のある西口へ出ることができた。

 都庁方面という案内を見ながら地下通路を歩いていく。

 動く歩道がもの珍しく乗ってみたりしたが、その先で突然都庁方面の案内がなくなり、僕たちはこれからどっちへ行けばいいのかとその場に立ち尽くした。

「ちょっとあっち見てくるね。みんなはここにいて」

 本川さんはそう言うと、地下通路の脇の階段を駆け上がっていった。

 それからどれくらい待っただろう。

 本川さんがなかなか帰ってこないので、僕ともうひとりで様子を見に行くことになった。

 階段を上がってみると、そこにも道路があった。道路脇の街路樹が青々と茂り、にょきにょきと高い建物が立ち並んでいるが、どこを見ても本川さんの姿はなかった。

 僕たちは戻って話し合ったが、本川さんとはぐれてしまったと、そう結論付けた。


 まさかグループのひとりだけがはぐれるとは思わず、もしあるとすればグループ全員が迷子になるのだろうと思っていたので、こんなもしものことは考えていなかった。まだスマートフォンが普及していない時代、連絡を取り合うことすら困難だった。

「とりあえず都庁方面へ行ってみよう」

 さいわい全員が地図を持っていたので、本川さんもそのうち来るだろうと、誰からともなくそういう結論になった。

 僕らは案内表示を探し、また、たまたま歩いていた女の人に訪ねて、やっとたどり着いた。

 それはふたつの塔がそびえ立っているような、圧倒される建物だった。人の存在を感じさせないような無機質な塔だった。

「あれ、本川さんじゃない?」

 誰かが指差す方を見ると、ベンチでうなだれている本川さんがいた。

「本川さーん!」

 彼女は頭を上げ駆け寄ってきた。

「ああ、よかったー! どうしようかと思った!」

 よっぽど安心したのか、目を涙ぐませて、顔を真っ赤にして言った。

 彼女によると、階段を上ってみたものの道路があって都庁の方向もよくわからず、すぐ近くにあった階段を下りてみたら、まったく違う所に出てしまい、また同じ階段を上がったつもりだったけれど、今度はビルの中に出てしまったということだった。人に道を聞きながらやっとのことでここまで来たそうだ。

「どうする? ちょっと遅くなったけど展望台行く?」

 僕はみんなに聞いてみた。計画していた時間はとうに過ぎてしまって、これから時間通りに帰れるかわからないけれど、それでも行く?という意味を含んでいることを、みんなは汲んでくれただろうか。

「せっかくだし、行こうよ!」

 誰も答えないなか、本川さんが答えた。

 僕たちはリーダーのその言葉を待っていたんだと思う。けれど心の奥底には、これからもし何かあってもリーダーが責任を取ってくれる、そんな無責任な思惑がないといったら嘘だったかもしれない。


 大都会の片隅で、僕たちにとってはひとつの事件だといっていいこんな出来事だったけれど、都会の人たちはこんなことは誰も気にもとめないんだろうなと、満員電車の中で大きな魚たちに囲まれた小魚の気分で立ちすくみながら、そんなことを思っていた。


 最後の日はクラス全員で東京タワーへ向かう。

 赤いペンキで厚く塗られた鉄骨がコンクリートの土台から伸び、曲線を描いてすらりと空へ向かっていく姿は、テレビなどで見るものとは違い、とても大きく、そして無骨で、けれど美しく見えたのが印象的だった。


 帰りの新幹線ではしゃぐ人は数人しかなく、みんな疲れていたのか、もしくは都会に行って少しおとなになったような気分でいたのではないかと思った。僕も黙って次々に移り変わる景色を見ていた。

 やがてトンネルに入ると、黒くなった窓に自分とそして反対側に座っている生徒たちが映った。

 僕はふと、けいはいまごろどうしているのだろうと、そんなことが気になった。

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