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運命を紡ぐ想い  作者: 蓮見庸
第一章 海の見える丘の上の街で
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遠雷

 その日も朝から日差しが強かった。

 学校までの道はツクツクボウシの蝉時雨せみしぐれに変わっていた。

 午前中の部活を終え、制服に着替えて体育館前の給水器で水を飲む。みんなが入れ替わり飲むからぜんぜん冷たくなくて、生ぬるい水を無理やりのどに流し込んだ。

 そして髪の毛も濡れるくらい水道で思いっきり顔を洗って、部活のみんなで日陰で休んでいると、ざあっと少し強めの風が吹き、やっと気分もすっきりしてきた。

 お盆前の、練習試合を入れ込んだ最後の部活はけっこうハードで、こうして休憩をしないと帰る気力も湧いてこない。

「はらへったー!」

「おれもー!」

 空腹に耐えかねた誰かのうめき声にも似た悲痛な叫びが伝播でんぱし、みんなそれぞれ家へと帰っていった。

 僕もひとり校門へ向かっていると、ちょうどよしのが坂道を上がってくるところだった。

「あ、皆実みなみくん。今帰り?」

「そう。よしのはこれから部活?」

 僕たちは太陽の強い日差しと人の目を避けるように道路脇の木陰に入った。

「うん。部活は午後からなんだけど、家にいても暑いし、ちょっと早めに来ちゃった。それにしても…」

 そう言いながら僕を見る目が笑っていた。

「髪の毛もシャツもびしょびしょだよ」

「あ……」

 僕は自分のだらしない格好に気付くと恥ずかしくなった。鏡を見たらひどい顔をしてるのかもしれない。

「さっき顔を洗ったんだけど、ほんとだ、まだ濡れてた。ははは…。体育館暑かったから。午後はもっと暑くなりそうだし、気を付けたほうがいいよ」

「うん。ほんと暑いよね。今日は練習短いし、先生がけっこう休憩を取ってくれるから大丈夫だと思うけど、気を付けるね。ありがとう」

 久しぶりに会って、話したいことはあるはずなのに、何も頭に浮かんでこない。

 何を話そうかと考えていると、よしののほうから先に切り出した。

「…ところで、皆実くん、最近けいちゃんに会った?」

「ううん。夏休みに入ってから会ってないかも」

「そうだよね」

「なにかあった?」

「なにかあったっていうわけじゃないけど、けいちゃん、なんだか部活でうまくいってないんだって」

「そうなんだ…。七夕の時は頑張っていろいろやってたみたいだけどね」

「うん。夏休みに向けて『読書感想文におすすめの本』っていう企画もやってたんだけど、別にあんなの見なくていいよとか言って、なんだか変なのよね」

「体調が悪いとか? ひょっとして夏バテとか?」

「そういうのじゃないと思うんだけど……あ、ごめん、もう帰るよね」

「うん、そろそろ帰ろうかな。お腹空いてもうすぐ動けなくなりそうだし」

「大丈夫? 食べるものなにも持ってないんだけど…」

「いいよ、いいよ、冗談。それじゃ、部活がんばって」

「うん、ありがとう。またね、皆実くん」


 そう言ってよしのと別れると、入れ替わるようにしてバスケ部の本川ほんかわさんに後ろから声を掛けられた。

「皆実くん、お疲れさま!」

「あ、本川さん。お疲れさま」

「あー疲れたー! 今日の練習ほんときつかったー! あの先生、休みに入るからって気合入れるのやめてほしいんよね」

「それわかる。先生っていつもは練習の途中から来たりしてるのにね」

「そうそう。ほんとよね。男子もそうなん? それでもっと気合入れろとか、みんなもうへとへとよ」

「女子っていっつも気合入っててすごいなと思ってるんだけど、やっぱりきついんだ」

「あたりまえよ。うちら人数少ないでしょ? シュート練習とかもすぐに順番が回ってきて、いろいろけっこうきついんよね」

「さっきはルーズボール取りに行くのもたいそうだったよね」

「そうなんよ。夏休みは体育館が全部使えてうれしいけど、ずっと走りっぱなしよ」

「いつもはハーフコートだもんね」

「男子と練習する時しか全面使えないもんね。あっ、ねえねえ、夏の大会、男子はどうなん?」

「夏の大会? うーん、今回も2勝できたらいい方かな」

「2勝かあ…うちらはせめて1勝はしたいなあ」

「え、1勝はいけるんじゃない?」

「こないだはまぐれみたいなもんだったし」

「そう? でも先生から男子はちょっとは女子を見習え!って言われてるんだよ」

「そうなんだ……ところで皆実くん、ちょっといい?」

「うん?」

「あのさ、可愛川えのかわさんと知り合いなんだよね? ほら、前に図書館で会った」

「あ、うん」

 僕はまたこの話をされるのかと、ちょっと身構えてしまう。

「なんかね、あんまりよくないうわさがあるんよ」

「よくないうわさ?」

「そう、横川よこがわさんが同じ図書部でしょ? なんか感じ悪いっていうか…評判よくないっていうか」

 けいが部活でうまくいっていないと、ついさっきよしのが言っていたことが気にかかる。

 けれども僕にこんなことを言ってきてどうしようというんだろう。

「こんなこと言いにくいんだけど…言ってもいい?」

「そう言われるとすごく気になるんだけど…」

「うん、同じ部活だし、わたし隠し事できないタイプだから、じゃあ、言っちゃうね。あの…可愛川さんね、なんだか、皆実くんのことを、その…悪く言ってるんだって…」

「悪く言ってる…?」

「そう。見た目と中身とぜんぜん違うからやめたほうがいい、とか、ほんとうは性格がよくない、とか…」

 けいにそんな風に思われていたなんて正直ショックだった。

 海に3人で行ったのは、あれは何だったのか…? 仕方なく…? 一緒にいる間もほんとうはそんなことを思っていたのか…? ひょっとしてよしのも…? いやそんなことはない…はず…。だったらなぜ?

 疑念が頭の中で渦巻いた。

芽依めいちゃん…あ、横川さんね、可愛川さんが皆実くんと友達だって言ってたから、どんな人なのかって聞いたら、そう言われたって」

「………」

「あ、ごめん…。やっぱり言わんほうがよかったよね」

「ううん。嘘じゃないんでしょ? でも、横川さんは同じクラスなのになんでわざわざ可愛川さんに僕のことを…?」

「それは……。あのさ、芽依ちゃんね、皆実くんのことがちょっと気になるみたいで、それで可愛川さんに……あ、やっぱり今の忘れて」

「………」

「変なこと言っちゃってごめんね。今の聞かんかったことにしといて。それじゃまた部活で! 試合がんばろうね!」

「う、うん…」

「じゃね!」

「うん、じゃまた」


 帰り道、この日も白く大きな入道雲が湧き立ち、街に覆いかぶさるように腕を伸ばしていた。

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