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夜空の向こう

―――――

あれから僕たちは、何かを信じて来れたかなぁ…夜空の向こうには、明日がもう待っている

―――――


雨がしとしとと降り続ける中、古びた田舎町の小さな寺の門前に、スーツ姿の男たちが集まっていた。佐藤、田中、鈴木。彼らは高校時代、同じバスケットボール部で青春を共に過ごした仲間だった。今日、彼らを再会させたのは、共通の友人であり、リーダーだった萩原優作の葬儀だった。


佐藤は、久しぶりに会った二人の顔に軽く微笑みを浮かべながらも、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。かつてエースだった彼は、現在は平凡な会社員として働いているが、過去の栄光にすがりつき、現実とのギャップに苦しんでいた。


田中は、柔らかい表情を浮かべていたが、その目には深い悲しみが宿っていた。彼は現在、家庭を持ち、二人の子供に恵まれているが、過去の出来事が彼の心に深い傷を残していた。父親のDVが原因で両親が離婚し、精神的にも不安定だった時期に、萩原に誘われてバスケットボールを始めたことを思い出していた。


鈴木は、成功したビジネスマンとしての風貌を保ちながらも、内心は満たされていなかった。彼は、誰にでも愛想のよかった萩原に対して初めは良い感情を持っていなかったが、彼の行動を見て次第に尊敬の念を抱くようになった。だが、萩原がいじめられているクラスメイトを庇い、イジメの主犯格を殴って怪我をさせた事件が、彼の心に重くのしかかっていた。


葬儀が終わり、三人は近くの居酒屋に足を運んだ。古びた暖簾をくぐり、昔と変わらぬ店内に一歩足を踏み入れると、懐かしさがこみ上げてきた。静かに席に着くと、佐藤が口を開いた。


「久しぶりだな、こんな形で再会するなんて思ってもみなかったけど」


田中は静かに頷き、鈴木は黙ってグラスに視線を落とした。


「萩原のこと、みんな覚えてるか?」と佐藤が続ける。


「もちろんだよ」と田中が言った。「あいつがいなければ、俺たちはこんな仲良くならなかったかもしれない。それにインターハイにだって…」


鈴木はグラスを持ち上げ、一口飲んだ後、低い声で呟いた。「萩原は、俺たちにとって特別な存在だったな」


三人はそれぞれの思い出を胸に、しばし沈黙を保った。その夜、彼らは萩原との思い出を語り合い、過去の出来事を一つ一つ紐解いていった。



高校時代、彼らは毎日のようにバスケットボール部の練習に励んでいた。萩原は部のキャプテンとして、チームをまとめ上げる存在だった。練習後、いつも彼らは帰り道の公園で星を眺めながら将来の夢を語り合っていた。


―――――

誰かの声に気づき僕らは身を潜めた

公園のフェンス越しに夜の風が吹いた

君が何か伝えようと握り返したその手は僕の心のやらかい場所を今でもまだしめつける

―――――


ある夏の日の夜、佐藤と萩原は公園で近い将来の夢を話していた。


「俺たち、絶対にインターハイに出ような」と萩原が言った。


「そうだな、俺も絶対に諦めたくない」と佐藤が答えた。だが、その時の彼は心の中で不安を抱えていた。1年生からチームの中心で、県内有数のポイントガードとして活躍していた佐藤だったが、冬に足首を痛めて、試合はおろか練習にも参加できていなかった。


「佐藤、お前ならできるよ」と萩原が励ました。「俺たちはお前を信じてる」


その言葉に励まされ、佐藤は懸命にリハビリとトレーニングに打ち込んだ。そして、最後の県大会でエースとして復活し、遂にはインターハイ出場を果たすことができた。



田中にとって、バスケットボールは父との思い出であり、因縁でもあった。父は小さい頃によくバスケを教えてくれた。とても厳しかったが、シュートが上手くできると褒めてくれるのが嬉しかった。

両親の離婚後、彼は萩原の家に頻繁に遊びに行くようになった。母子家庭であった萩原の母親は、いつも田中を暖かく迎え入れてくれた。


「田中、お前もバスケやってたんだろ?一緒にやろうぜ」と萩原が言ったのは、ある夏の日のことだった。


「俺、そんなにうまくないよ」と田中は躊躇したが、萩原の熱意に押されてミニバスのチームに入ることにした。それ以来、田中は練習に励み、精神的な不安から少しずつ解放されていった。しかし、家庭内暴力のトラウマは彼の心に付きまとっていた。


ある日、荻原の家に田中の父が急に現れた。「息子に謝りたい」と言って、面会を求める父に荻原は言い放った。

「田中さ、アンタがいなくなってからずっと悲しい顔してた。でもバスケしてる時はすっげえ楽しそうでさ。だけど、アンタが来たらまたあの悲しい顔してる。だから、もう来ないでよ」



鈴木は、初めは萩原に対して距離を置いていた。プライドが高く、他人を信じない鈴木にとって、誰にでも愛想のいい萩原のような人間が一番信用ならないと思っていた。

だが、ある時、萩原がいじめられていたクラスメイトを庇って、いじめの主犯格を殴ってしまった事件が彼の考えを変えた。


バスケ部の副部長だった鈴木は、部が活動停止に追い込まれる可能性もある中で苛立ちを隠せなかった。

「萩原、お前、何でそんなことしたんだ?」と鈴木は尋ねた。


「俺はあいつが苦しんでいるのを見ていられなかっただけだ。迷惑かけてすまない、鈴木」と萩原は静かに答えた。

言い訳はせず、ただ詫びるだけだった。


その言葉に、鈴木は萩原の本当の強さと優しさを知った。

この事件は、主犯格が地元の有力者の息子であったことから表沙汰にはならなかった。しかし、荻原は謹慎処分を受け、夢だったインターハイに出場することができなかった。

鈴木は、事の次第を知っていながら、地元の有力者に睨まれては、大学の推薦に影響するかも知れないと思い、誰にも打ち明ける事が出来ずにいた。



―――――

歩き出すことさえも いちいちためらうくせに

つまらない常識などつぶせると思ってた

君に話した言葉は どれだけ残っているの?

ぼくの心のいちばん奥でから回りしつづける

―――――



佐藤は現在、東京の中小企業で営業マンとして働いている。彼のデスクには、高校時代のバスケットボール部の写真が飾られている。毎日仕事に追われる中、ふとした瞬間に過去の栄光が頭をよぎる。


「昔はよかったな」とつぶやきながら、現実の厳しさに直面する日々。仕事での失敗や上司からの叱責に耐えながらも、彼は過去にすがりつくことで何とか自分を保っていた。


田中は、二人の子供を育てる父親として、忙しい日々を送っている。家族との時間は彼にとって何よりも大切だが、ふとした瞬間に過去のトラウマが甦ることがある。


「パパ、バスケ教えてよ」と息子に頼まれるたびに、彼は過去の記憶がフラッシュバックする。それでも、家族のために強くあろうと努力していた。


鈴木は、成功したビジネスマンとしての表向きの姿を保ちながらも、内心は満たされない日々を送っていた。高層ビルのオフィスで働く彼は、毎日がルーティンのように過ぎていく中で、萩原との思い出が彼の心に重くのしかかっていた。


「何のためにこんなに働いているのか」と疑問を抱きながらも、彼は自分に問い続けるしかなかった。


―――――

あの頃の未来に ぼくらは立っているのかなぁ…全てが思うほどうまくはいかないみたいだ

このままどこまでも 日々は続いていくのかなぁ…雲のない星空がマドのむこうにつづいてる

―――――



居酒屋で再会した三人は、萩原に対する思いを語り合う中で、次第にあの事件の話題にたどり着いた。


「鈴木、お前、あの時のこと覚えてるか?」と佐藤が切り出す。


鈴木は重い口を開き、「覚えてるさ。萩原がイジメをしてた奴を殴った時のことだろ?」


「俺たち、あいつを助けることができなかった」と田中が言った。


鈴木はグラスを握りしめ、低い声で語り始めた。

「あの時、俺は真実を知っていたんだ。でも、イジメの主犯は政治家の息子だった。あの時の俺には、あいつのために立ち上がる勇気がなかった」


三人はそれぞれの視点からその時の出来事を回想し、なぜ萩原に向き合えなかったのかを考えた。後悔と罪悪感が彼らの心を締め付けた。


「萩原は、俺たちにとって本当に大切な友人だった。それなのに、俺たちはあいつを裏切ってしまった」と佐藤が呟いた。


「でも、もう一度やり直せるとしたら、俺たちはどうする?」と田中が問いかけた。


三人はしばし沈黙を保った後、それぞれの思いを胸に、過去の出来事を受け入れる決意を固めた。



―――――

悲しみっていつかは消えてしまうものなのかなぁ…ため息は少しだけ白く残ってすぐ消えた

―――――



その後、三人は再び集まり、萩原の家族と話す機会を持った。萩原の母親は、彼の夢や思い出を語りながら、彼らに感謝の意を伝えた。


「優作は、あなたたち三人が大好きでした。彼がこんなにも素晴らしい友人に恵まれたことを、私は誇りに思っています」と母親は涙を浮かべながら言った。

「優作は生前に『三人とは、どれだけ歳を取っても、住む世界が変わっても、ずっと仲間でいたい』と、それが夢なんだと言っていました。」


三人は萩原の思い出を胸に、新たな決意を固めた。過去の後悔を乗り越え、彼らは未来に向かって歩み始めた。


「俺たちは、もう一度やり直すことはできないけど、萩原のためにも、これからの人生を大切に生きよう」と佐藤が言った。


「そうだな、萩原が望んでいたことを俺たちも実現させよう」と田中が続けた。


鈴木も頷き、「萩原の夢を叶えるために、俺たちも一緒に頑張ろう」と決意を新たにした。


夜空を見上げると、星が輝いていた。萩原と共に過ごした日々が、彼らの心に温かい光を灯していた。


―――――

あれから僕たちは何かを信じてこれたかなぁ…夜空の向こうには、もう明日が待っている

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