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【2】

「ひとりで帰んの? 私は若松と約束してるけど」

 放課後の人気のない昇降口付近。

 今日は若松が部活のミーティングで、すぐに終わるというので図書室に寄って時間調整していたのだ。

 靴箱を目指して廊下を歩いていた杏美は、正面から、……つまり靴箱方面から(・・・・・・)やって来た玖里子と行き会った瞬間、彼女を見ることもせずに呟く。

 聞き咎めてキッと鋭い目を向けて来たクラスメイトに、杏美はスクールバッグを故意にゆっくりと肩に掛け直した。焦らすかのように。


「私、あんな奴別にどうでもいいの。あんたが好きな男だっていうから、告白されてちょっと付き合ってやってもいいか、ってだけ。まあ優しいし、一緒にいて気分悪いわけじゃないから向こうが別れたいって言わなきゃこのままでいいわ」

 薄笑いを浮かべて歌うような調子で語る杏美に、言質を取ったとでも勘違いしたのだろうか。


「あ、あんたがそんな女だって若松にバレたら──」

 玖里子が引き攣った醜い顔で口にした「切り札」を一蹴する。


「知ってるに決まってるでしょ。若松はそういうの全部わかった上で私が(・・)好きなんだって〜。どんなに媚びてへつらっても相手にもされない、……愛想笑いするのも面倒がられるあんたとは違うのよ」

 いくら不遜な玖里子でも、常に彼から不快そうな顔を向けられていた事実は認めざるを得ないだろう。

 それでも諦めずに愚直なアタックを繰り返す能のなさには失笑しかなかったが。


「影で私にコソコソくだらないことしてんのも、若松は知ってるよ? 私が止めて『あげてる』だけ。『余計なこと言ってもっとヒドイことされたら面倒だから』って」

 そのまま数歩先の靴箱の前に立ち、自分の靴の上に置かれたものを摘まみ出した。


「あ、あたしがやった証拠なんかないわ! 変な言い掛かりつけないでよ!」

 この言葉を待っていた、と自然口角が上がるのがわかる。


「あるよ、証拠。あんたが私の靴箱にすっごい卑しい顔でゴミ突っ込んでるところ、宗が動画撮ってたんだけど気づかなかった? 今の、っていうかあいつのスマホのカメラ高性能で、遠目でもズームでバッチリあんただってわかるやつ」

 杏美が放った銃弾に、玖里子は面白いほどに動揺を表した。


「全然おとなしくもないし、可愛げあるわけでもない私がショック受けてる、って若松すごい怒ってたよ。ねえ、それこそ私が『もう無理、なんとかして』って言ったら、あんたどうなると思う?」

 必死で笑いを噛み殺しながら、目の前を飛ぶ羽虫の如き邪魔な女をじわじわと追い詰める。


「あたし、そんなつもりじゃなくて、……杏美、ホントに」

「私が『虐められて辛い、玖里子の顔見たくない』って言えば、あいつらあの動画の上映会するんじゃない? あんたが学校やめるまでずっと、ずっと、あちこちで何度でも! 全部あんたがやったことの結果だからどうしようもないよね。まあさすがにネットには、──うーん、宗ならどうかなあ?」

 この場に至っても口先だけの謝罪さえする気のない、自分の立場を理解できていないらしい女にもわかるように、と微に入り細を穿った説明をした。


「なんであんたなのよ! それにあたしは別にそこまで悪いことなんてしてない! ちょっとしたイタズラじゃない!」

 突然開き直ったかのような玖里子を、どうすれば完膚なきまでに叩きのめすことができるだろうか。


「だったら別に構わなくない? 『ちょっとした悪戯』で全然悪いことでもないんならさ、全世界に公開されたって困ることないよねえ!?」

「そん、……それ、は」

 言うまでもなく、事実だとしても何の問題もないでは通らない。しかし、その程度は承知の上で杏美は白々しく言葉を繋いだ。


「第一さ、なんで私が、って言うけど『好き』ってそういうことなんじゃないの? 若松は、『あたしカワイイ』って調子に乗ってるあんたより私の方がいいんだってさ。そもそもあんたは若松にすっごい嫌われてるんだけど、それもわかってないとか言わないよね?」

 むしろあれだけぞんざいに「近寄るな、話し掛けるな」と言わんばかりの応対をされて、何も感じない頭の悪さと無神経さは称賛に値する。当然嫌味だ。


「私のことバラしたければどうぞ好きにして。なんなら校内放送で全校に暴露でもすれば? 『今更何言ってんだ?』って笑いものになること請け合いだね。私はもうずっとこういう(・・・・)性格なの。小学校や中学校から一緒の子たちは全員知ってるわ。『玖里子(あいつ)やっぱりバカなんだ』って大人気になれるよ。学校来るの楽しそう〜」

 もう言葉も出ないらしく、目に涙を溜めながら悔しそうに顔を歪めるクラスメイトに向かい、唇の端を吊り上げて蔑みが露わになるような表情を作る。


「でもさあ、あんたそこまで頭も性格も最低で、よく生きてて恥ずかしくないよね〜。ああ、『恥』なんて難しいこと知らない?」

 楽しくて堪らない。ずっとこの女が目障りだった。


「じゃあね。私、若松と帰る約束してるからさ。……ねえ、知ってた? 彼、私には(・・・)どこ行きたいか、何したいか必ず訊いてくれるの。そういうキャラに見えないからびっくりしたわ。まあ、あんたには絶対に見せない顔だよね」

 虚勢を張る気力もなくしたらしく、泣き出した女の返答を聞く気は最初からない。

 靴箱の中の、玖里子の手で押し込まれたものを集めて傍のごみ箱に投げ込み、上靴から履き替えた。

 曲げていた背を伸ばした視線の先の、ガラス張りの出入り口の向こう。校舎の外の屋根のある部分に若松が立っている。

 彼が二人のやり取りを最初から注視していたのにも気づいていた。

 ただし、声は聞こえていないだろう。杏美はすべて聞かれていたとしても一向に構わないのだが。

 若松に「玖里子の執拗な悪意」を見せつけるのが目的なのだから、杏美が単なる被害者かどうかは本題ではなかった。


 玖里子が杏美に食って掛かるのも、それに杏美が特に激しい反応を返さなかったことも彼には一目瞭然だったのではないか。

 立ち位置的に、外に背を向けて立つ杏美の表情が若松の目に入ることはない。逆にこの女の「杏美を責め立てる」形相は明確にわかったはずだ。

 玖里子が勝手に墓穴を掘って堕ちて行く一部始終が。

 労るような目でじっと見つめて来る彼の姿に、改めて考える。

 好きな男が自分より確実に劣ると見做していた相手を好きだったことが、この女にとって如何に屈辱か。

 そしてもうひとつ。

 どうでもいい男と「付き合う」ことを、杏美は特に苦痛には感じていなかった。時間を無駄にしたとしても、それだけのリターンがある。


 ──今も別に好きじゃないけどそこまで嫌でもなくなったし、何より玖里子を苦しめられるなら若松と一緒に過ごすのもむしろ楽しいかも。こんな発見があるなんてね。


 ~END~


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